エピローグ


 多くの人々が喪失感を抱えて、木のあった場所を見る。

 大樹があった痕跡すらなく、城の中に不思議な広場があるだけになってしまった。


 遠からず失われるとすでに布告はされてはいたから、人々は哀しみながらもそれを受け入れた。

 そしてこれからは本格的に、自分達が国を守り育てていくのだと決意を新たにする。

 ひとつの時代が終わり新たな時代が幕を開ける。新しい時代は若い力が支えていくだろう。



 城壁の上で、金髪巻き毛の少年が糸のような細い目で風景を見ている。本当は見回りの時間なのだがまたサボってここに来た。


 首から下げた小さな巾着袋の中から透き通る美しい葉を取り出して、風景を透かして見る。

 あの日投げられた短剣は御守りにしていたこの水晶の葉が防ぎ、アーノルドは気絶するだけで済んだ。

 親友がくれた物。一生大切にしようと再び懐に仕舞う。


 自分の中に生まれた謎めいた気持ちに、ピアは愛や恋という名前はつかないと言ったけど。


「はぁ……何なんだろうなあこの気持ち。もっと大人になればわかるのだろうか」


――そういえば、アメリア殿下の妹ちゃん可愛かったなぁ。


 女の子に対する気持ちと、カートに対する気持ちは似てるようで違ってもいて。カートとは親友として、相棒として、これからもずっと望まれて傍にいられたらいいなと。

 そんな気持ちで勉強も鍛錬も以前以上に頑張っている。こんなふうに一生付き合っていきたいと感じる存在と出会えた事は、喜んでいい事ではなかろうか。


 父は引退して領地に戻り、家督を長男に譲る事を条件に、投獄は避けられたが、汚名はこれからもデルトモント公爵家についてまわる。アーノルドの前途は険しいが、騎士団なら自分の実力次第でいくらでも上を目指せるから。

 与えられる物ではなく、自分の努力で掴みとるのも悪くないと思った。




 捕らえられたエリオットに刑が言い渡される。

 兼ねてより魔法を使った犯罪に対し量刑が重いこの国で、他国人ではあるがラザフォード国内での犯罪であったため、彼はラザフォードの法で裁かれた。


 魔導士の最高刑は死刑ではない。

 懲役千年刑である。


 かつて魔導士が集い、魔法の研究に使われていた白い塔は、元々はその刑を言い渡された魔導士が、その罪を償うために世のためになる魔法を研究開発する場所であった。

 千年刑の判決が長らく出ていなかったので、いつからか普通の研究所の扱いになっていたが、そもそもの用途は犯罪を犯した魔導士の幽閉場所だったのだ。


 優秀な結果を残せば刑期は短くなる。


 千年分の刑期を失わせる程の功績を上げられた者がこれまでいたという話は残っていないが、優秀な頭脳と才能を、精霊を失ったこの国のために活用してもらわねば困るという判断でもあった。


 この後彼は、塔に囚人として送られる。その前の僅かな時間、フィーネは面会を許された。


 小さな部屋に椅子が二脚。エリオットはくたびれた中年らしい猫背で椅子に座っており、フィーネはその前の椅子にちょこんと腰を下ろす。

 先に口を開いたのはエリオット。


「君は本当にお母さんに似て、美しいね」

「そう?」


 ちょっと照れる。


「彼女が魔力の多い男を所望してると聞いて、思わず手を挙げてしまった。本当は目立ってはいけなかったのだけど」

「好きだった?」


「彼女の望みが子供だけだと知っていたから、苦しい恋だったね。彼女の心は夫の元にずっとあったし。子供が出来た途端、二度と姿を見る事がなくなったあの時の喪失感は、今も忘れられないよ」


「あたしのこと、どう思う?」


 少し哀し気な微笑みを男は少女に向けた。


「会えてうれしかったよ。他人のふりをせず、父だと告白したかった程にね。だが僕は犯罪者の自覚もあったから。何せ気づけば暗殺集団のリーダーなんかになってしまっていたからね。自ら望んだ地位ではないのだけど選ばれたからには、歴史を継がねばならなかった」

「父様……」

「父と呼んでくれるんだね、フィーネ。でももうダメだよ。僕の事は忘れて幸せになっておくれ」


 時間が来たと刑吏が告げる。


 エリオットは自主的に立ち上がると、促されるまま部屋を出て行く。最後に少しだけ振り向いて微笑んだ。


 フィーネはそれを見送るしかなかったけども。


――忘れたりしないよ。





 ピアの元に人形が増えている。

 エリオットの作った人形と、ピアの作った人形が仲良く並んでソファーに座っていた。


「人形って、作る時に好きな人を思い浮かべるんですか?」


 人形を覗き込むカートの問いに、ピアは目をそらす。


「うーんまぁ、好みは反映されるな」

「これがピアさんの好み……」


 カートは、ストロベリーブロンドの少女によく似た人と会った事がある。ふむふむと一人納得した様子を見せた。


 いつも通りに見える少年の空色の瞳に、時々哀し気な光が差し込むのがピアは心配だ。


「カート、辛いのか?」


 少年の前に立つと、俯きがちな顔に手を添えて上げさせる。


「僕のせいで、たくさんの命が散ってしまったな、って」

「カート」

「はい」


 ピアはカートとしっかり目線を合わせる。


「お前の言う、自分の”せい”というのは何なんだ、違うだろ」

「僕がいなければ、死ななかった人がいるから僕のせいでは。エリザ母さんも、僕を庇って死んだ父も、ダグラスも。精霊だって僕を助ける事で最後の力を……」

「違う」


 ピアは強く言い切った。


「お前のせいじゃない。彼らは、お前の”ため”に死んだのだ」

「同じじゃありませんか」


 少年は笑う。笑ってみせたというのが正しいが。


「そうじゃない。彼らは願ってくれたんだ、命を引き換えにして」

「願い?」

「彼らの願いはカートが幸せになる事だ。そして彼らの命を賭した願いを叶えられるのは、お前自身しかいない。カートはこれから彼らの願いに沿って、幸せになるようまっすぐに生きて行かねばならない。想いに応えてやらねばならぬのだ」


 少年は目を見開いて、金色の瞳を見つめ返す。


「人生は暗闇だ。道なんて見えやしないし、明日どうなるかなんてわかるものではない。分かれ道だってたくさんある。だが前に進まなければいけない。彼らが残してくれたものは、カートが方角を見失った時に迷宮を抜ける道しるべになってくれるだろう。思い悩む事で不幸になって、彼らの命を無駄にしては絶対にいけない」


 少年の瞳が揺れる。

 今、目の前にいるのはいつも欲しい言葉をくれる人。


「ボクもカートの幸せを願っている。ボクの願いも叶えてくれ」

「ピアさん!」


 カートは思わず、魔導士に抱き着いた。

 少年にとって、ピアこそが羅針盤。時々無茶苦茶だけど。そういう所も含めて大好き。


 ピアも少年を抱きしめ返す。

 昔みたいに抱き上げたかったけれど、少年はここ最近一気に育ってしまって、もう小さな子供のようには扱えなかった。

 まだまだ背も伸びそうで、今後はカートを女の子と見紛う者はいないだろう。



 これからも、どんな苦難が待っているかはわからない。

 再び心挫けるような出来事が訪れる事もあろう。


 絆を結べば、相手を縛る事だって。

 お互いの意図がすれ違う事も、糸が絡まる事もあるかもしれない。

 

 世界もいろんなが織合わされて出来ている。

 どんな横糸と縦糸かあるのか、全て知るのは難しい。


 しかし紐とけば、原点は常に一本の糸。


 その都度、本質を見つめるのだ。

 踊らされず、操られず。


 人が自由に生きていくのは難しくはあるけれど。

 それに挑む事だって自由のひとつ。


 明日の幸せに向けてまた一歩。




 ぼくたちは人間らしく、


 正しい”いと”を紡いでいく事を誓う。




(完)

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マリオネットインテグレーター3 MACK @cyocorune

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