第7話 煌めく光の中で
「まさか、父様……?」
この男は二十年前からあの屋敷に勤めていると言った。
黒髪の人形は男の傍らで指示を待っている状態。
人形を作るには多くの魔力を必要とするという。
それこそ宮廷魔導士になれるレベルの。
人形を作り操れる魔力量。
母は、あの屋敷にいた最も魔力量の多い男と子を成したと言っており。明らかにジグという屋敷の主よりも、エリオットの方が魔力は上だ。という事は……この男が父親で間違いない。自分を母の名で呼んだ事も、その事実を後押しする。自分は母にそっくりなのだから。
身分ある奥様の火遊びの相手として、何故男は申し出を受けたのか。
人形はフィーネへの攻撃を明らかに躊躇していたから。
自分を傷つける事をためらった事実に、少女の迷いが深まる。
――もしやこの男は母様の事を。
二人はお互いを見つめ続けていたが、不意に男は我に返ったように少女の手を離すと、ばっと後ろに飛びずさった。短剣の銀色の軌跡が、男のいたところに残像として残る。
ストロベリーブロンドの三つ編みを揺らし、二刀流の少女人形がその軌跡を作っていた。
フィーネはよろりと壁に背をつける。
「兄様!」
目潰しで飛ばした魔法の小鳥の宛先は、ピアだった。フィーネの危機を察したピアは、すぐにこの場所を特定してみせたのである。
少女人形と、少女人形の戦いが始まった。お互いが独立稼働の今、完全に人形自体の性能差で勝負が決まる。
そして、ピアとエリオットも対峙する。
こちらは純粋に魔導士と魔導士の戦いだ。
ピアは動く相手への攻撃魔法は苦手だ。しかも走る事の出来ない足の不自由さの不利もある。
対してエリオットの能力は不明。貧相な体格だが、腕力があった事をフィーネは知っている。
先に動いたのはエリオット。
僅かな呪文と共に黒い瞳に赤い熾火が灯った瞬間、ピアに向けて鋭い風の刃が繰り出される。狭い部屋での風魔法、ピアは動いて避ける事は出来ない。ピアが選んだのは同じ魔法を使っての相殺だった。
風と風が絡み合い、魔法は消える。
その背後では少女人形たちが刃を交え続けている。
人形の能力は互角と見た。
更に相手の能力の探るように、次はピアから水の召喚からの氷結の魔法を重ねての氷の矢が、エリオットに向かう。
それを見たエリオットも、水の召喚からの氷結の魔法、そして構築された盾で矢を弾き、両方が砕けた。
「なるほど」
ピアは一言漏らす。
どうやら魔導士としての能力もほぼ互角のようだった。おそらくピアがエリオットの上を行くのは治癒魔法のみのようだ。戦闘でそれが活用できるであろうか。
攻撃魔法は乱発できない。読みを間違えればこちらがやられる。
ピアの頬に汗が一筋つたう。対するエリオットも緊張からか、額に汗がにじむ。フィーネの口から声が絞り出される。
「兄様、父様……」
どちらの味方も応援も出来かねて、少女は苦悩していた。何もできずに見守るしかない自分の無力さ。目的が曖昧な、こんな不毛な戦いはやめてほしかった。どちらが傷つくのも見たくはない。
剣戟の音に、ひと際高い音が混じった。
ストロベリーブロンドの少女の左手の短剣が弾き飛ばされたのだ。
短剣は回転しながら打ちあがり、その切っ先はフィーネに向かう。壁に背を付ける少女に逃げ場はない。
「「フィーネ!」」
二人の男の声が重なる。実戦経験の差でエリオットの方に分があったのか、金髪の男は即座に風の魔法を詠唱し終え、短剣の軌道を逸らす事に成功。剣は壁にぶつかり落ちた。
エリオットがほっと息を吐いたとき、ピアは男に向かって走っていた。走る事ができたのだ。諦めていた足が、思い通りに動いた……!
男と距離を詰めて手を伸ばし、触れると同時に無詠唱の眠りの魔法をかける。
一発勝負の覚えたての技。
まさかここで役立つとは。
男が眠ると同時に黒い少女人形が、糸が切れたようにくたりと地面に倒れ込み、ピアも気絶してストロベリーブロンドの少女人形も黒い少女人形に重なるように倒れ込んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
カートは剣を手に階段を駆け上がる。
賊が大挙して女王の居室に押し寄せ、ヘイグを筆頭とした騎士達の応戦となった。咄嗟に息子とグリエルマを秘密の通路から塔に逃がしたが、一人が彼女を追ってしまったのだ。
カートがその後を更に追いかける。
グリエルマは必死に子供を抱えて逃げるが、赤ん坊がこの争いの中、火が付いたように泣いてしまい、この泣き声で塔に逃げ込んだ事がバレてしまったのだ。
「はぁ、はぁ、坊や、ああっ」
見つかってしまうと塔に逃げ込んだのは失敗で、彼女はついに塔の屋上という逃げ場がない場所へ。
暗殺者がにじりよる。
「やめろ、陛下に近づくな!」
カートも屋上に飛び出して、息を整える間もなく賊に向かう。
男はもう、目的を達成する事だけを優先した。
目的は”ラザフォードの息子”を殺す事。
カートの剣が賊の背中を薙ぐ。
賊はもはや少年の攻撃を意に介さず、女王の傍に走り寄り赤ん坊を奪い取ると、幼い体を屋上の手すりの向こうに投げ落とした。
グリエルマが悲鳴を上げる。
下にいた兵も、赤ん坊の泣き声を聞いて塔を見上げて叫ぶ。
塔は
城壁よりも遥かに高さがある。
しかも下は水のある堀ではなく、地面。
落ちれば間違いなく助からない。
少年は剣を捨て、手すりに飛び乗り無我夢中で縁を蹴った。
手を伸ばし赤ん坊を捕まえ、腕の中にしっかり抱え込む。
自分の体を使って庇っても、ダメかもしれない。
でも、そうせざるを得なかった。他の選択肢が思いつかなかった。これでわずかでも幸運を引き寄せられるなら。
たくさんの人に守られ、支えられた自分の命は、この瞬間のためにあったのかもしれないと少年は思った。魔法は去ったが、それで訪れるはずの死の運命は変わらなかったのかもしれない。
――フィーネ、ピアさん、ごめんなさい。僕は。
自己犠牲は自己満足。それでも勝手に体は動いてしまった。
空は満天の星空。少年の視界は星屑の輝きに埋め尽くされたが、空はあっという間に遠のく。
少年は覚悟と共に目を閉じた。
下で一部始終を見ていた兵たちの悲鳴が、歓声に変わる。
暗闇に、
枝は大きくしなり、跳ね戻る時に光の粒を生成し、満天の星空に負けない煌めきをまき散らす。
光の粒は少年を包み込み、彼の体をまるで葉を落とすがごとく地面に下して行く。
ゆっくり、ゆっくりと。
人々はやがて声を出すのをやめ、静かにその光景を見守った。
カートがうっすらと目を開けると、空色の瞳にたくさんの光が映りこんだ。
――星が降って来る……。
腕の中の赤ん坊が小さく身を揉んで、あぶあぶと声を出した時、カートは天国のようなこの光景の中で自分が死んでいない事に気が付いた。
体を起こすと、降り積もった光の粒がぽろぽろと落ちる。
傍らの木を、見上げた。
透明な、美しい木を。
――お別れなんですね。
さよならを告げる精霊の心が、少年を優しく撫でて去って行く。
細い枝の先から光の粒子となって、まるで空気に溶けるように木は消える。かつて光になって消えた、アリグレイドの姿のように。
「
誰かが悲鳴のような声を上げた。
人々の、溜息のような声。
軽く吹いた風に散って、ラザフォードを長く見守った精霊の木は最後の力を使い切ってその姿を消した。
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