第6話 過去の鎖


 カートはフィーネをピアの元に送り届けると、急ぎヘイグの元へ。


 ジョナスも狙われていると知ったグリエルマは、息子を慌てて胸に抱いた。赤ん坊はすやすやと眠っている。


「命令をした雇い主は、もういないというのに何故」

「長い歴史のある暗殺団だ。評判が落ちたまま壊滅する訳にはいかないのだろうな」

「それにしても、変な命令ですよね」


 ヘイグはカートに椅子を勧めると自分も対面に座る。


「”ラザフォードの息子”で、本当に僕や陛下のご子息を指す事になるのでしょうか」

「それは俺も違和感がある」


 王子という地位がないから、女王の息子をそう指したのかもしれないが、出された命令の主語が曖昧になっているだけのようにも思えるのだ。


 リドリー三世が、ずっと殺したかったのはアメリアのはずである。


「もしかして……ラザフォードにいる息子という指示をリドリー三世は出したつもりだったのかもしれませんね」

「アメリア殿下に向けた殺害依頼だったのか」

「命令が出た時期がいつなのか不明ですが、アメリア殿下はずっと王女としてこちらに滞在されていました。王子であることを公表したのは出立の直前です。なので旅団からすると、アメリア殿下を彼の息子という風に担えられていないのでは」


 それを考えると腑に落ちる。でなければ、前女王の息子と公になっていないカートや彼らの幼い息子が暗殺団に狙われる理由にならない。


「勘違いで、ジョナスとおまえが狙われているという事なのか」

「あの人形とは因縁がありますから決着をつけたいと思います。僕は、人形と戦うコツが他の人よりわかると思います」


 人形の特徴や欠点も、カートはピアを見て熟知している。あの捨て身の素早さだけを何とかできれば。


「人形は何度倒しても、修理されて何度もきてしまいます。操っている魔導士をどうにかしないといけません」

「魔導士の事は魔導士に対処してもらおう」


 これが最後の仕事のつもりなら、烏羽根からすばねの旅団は総力を挙げて来るだろう。大多数の戦闘員はすでに逮捕済だが、残りの人数は不明。今まで逮捕してきた旅団員は、直接的な武力で訴えて来るようなタイプで、静かに忍び寄る侵入系ではなかった。


 残る敵こそ、強敵かもしれないのだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「フィーネは屋敷に帰っておけ」

「とっても嫌っ!」

「嫌っておまえなぁ」


 ピアは溜息をつきながら、説得を試みるが。


「あたしもジョナス様の傍にいるわ」


 あの人形と自分が似ている理由も知りたい。もう一度、会ってみたいという気持ちがあった。


 ピアは迷ったが、女王周辺は警備も手厚い。そこにいるなら何かあるという事もないだろうと諦め、「邪魔をするなよ」とだけ言った。



 フィーネは意気揚々と女王の元に向かう。


「またジョナス様を抱っこさせてもらおうっと。……あたしも早く赤ちゃんが欲しいなあ。子供は最低でも四人欲しいって言ったら、カートはどんな顔をするだろう」


 もう何人だって欲しい。


 考え事をしながら歩いていたフィーネは、ごつんとひどい音を立てて誰かとぶつかった。自分も相手も尻餅をつく。


「いたた……」


 お互いが相手を確認する。フィーネの前にいるのは金髪巻き毛のそばかすの少年。カートの親友というが、フィーネはこの男が嫌いだった。

 むっとしてしまう。


「気を付けなさいよ!」

「な、なんだと! おまえこそ」


 お互い立ち上がりながら睨み合う。


「なんでおまえみたいな野良猫が、カートと婚約なんてするんだ」

「あなたこそカートの親友面しないで! 彼をずっといじめてたって話、知ってるんだからっ」


 火花が見える勢い。

 だがこんなところで時間をつぶしている暇はない。


 フィーネはフンとアーノルドから顔を逸らして歩きだす。その隣をアーノルドが歩く。


「何よ! ついてこないでよ」

「俺はこっちに用があるんだ、おまえこそ!」


 意地になって二人はお互いを追い抜こうと早足になる。

 そして脇道から走り出て来た男達と勢いよくぶつかった。


「きゃん!」


 フィーネは尻餅を再びついた。


 相手の男達は抜き身の剣を持っていた。目線の先すぐそばだったので、少女は悲鳴をあげる。


「ひっ」

「チッ、なんだこのガキ共は! なんでこんなところに」


 事前に調べたルートで、兵の配置が少なく巡回時間の読みやすい回廊だったが、フィーネとアーノルドは仕事とは無関係にここを通りかかったのだ。

 男達は全身黒の装束で、四人。アーノルドは反射的に剣を抜いて、すぐにフィーネと賊の間に割って入っていた。


「おい野良猫、さっさと逃げて人を呼べ!」

「誰が野良猫よっ」


 悪態をつきながらも、自分は戦えるわけでもない。嫌いな男だがここは指示通りに動くのが正解だと、フィーネは反対側に走り出す。

 ここで人を呼ばれたら厄介だと、賊の一人が間髪を入れずにフィーネを追った。

 

「あ、くそ!」


 アーノルドは残る三人を大きく剣を振って牽制し、フィーネを追う一人を足止めしようとした。

 その男は振り向きざま、アーノルドに向かって短剣をなげつけた。手練れの暗殺者の投げる短剣はまさに吸い込まれるがごとく、アーノルドの体の中心を貫く。

 フィーネが悲鳴を上げた。


「キャァアアアア!」

「し、しまっ……」


 アーノルドは膝をつき、剣を取り落として前のめりに倒れ込む。


「キャーーーーーーーーキャーーーっ!!」


 短剣を投げて武器を失った賊は、大声を上げ続けるフィーネを止めるべく、素手で掴みかかろうとした。フィーネは声を出すのをやめて、キッと猫の瞳で賊を見据えると呪文を唱え、男に向かって手を突き出した。

 刹那、フィーネの掌から生まれた魔法の白い小鳥が賊の顔に向かって飛び立つ。


 フィーネが唯一使える、伝書の魔法。


 賊は一瞬だが視界を塞がれ、鳥を払いのけようとした。その隙をついて、少女は足をかけて賊を転倒させると、再び走り出す。


 フィーネを迎え入れるように対面から、悲鳴を聞いた兵たちが駆けつけて来てくれた。

 賊は舌打ちをして反対側に走り出すが、そちら側にも駆けつけた兵が到着し、乱戦がはじまる。


 フィーネは踵を返してアーノルドに駆け寄る。いけ好かない男だが、彼に庇われたのは確かで、腐ってもカートの親友である。無事を確認せずにはいられない


 しかし短剣を胸に受けてつっぷしたまま微動だにしない彼は、もう生きているとは思えなかった。そんなアーノルドの生死を確認しようとした少女の目の端に、もう一つの影が横切る。


――あ!


 兵たちは手練れの四人相手に苦戦し、増援を必要とするぐらい手一杯になっていた。

 フィーネは床に落ちたアーノルドの煌びやかな剣を拾い上げると、逃げる黒い影を追いかけた。


「待ちなさい! 逃げるな卑怯者!」


 小さな影。

 間違いなくあの少女人形だ。

 ここで逃がす訳にはいかないと、フィーネは必死に追い縋る。

 

 少女人形が途中の小部屋に飛び込んで行くのを見て、フィーネもそれに続くが入った瞬間、男に腕を掴み上げられた。

 強く手首を握られて、痛みから剣を手放してしまい、硬い音を立てて剣は床の石畳で跳ねる。


「アリッサ……!? いや、そんなはずない、フィーネちゃんか」


 男から狼狽の声が上がる。


「アリッサ?」


 フィーネは男の顔を見た。


 見覚えがある。


 あの屋敷で、牢に閉じ込められたフィーネに食事を持ってきた中年男。冴えない軟弱そうな薄い金髪、それに不似合いな黒い瞳の。


「あなた、エリオット?」


 男がそう呼ばれていたことを思い出し、フィーネはその名を口にした。


 そしてアリッサとは。

 ピアとフィーネの母の名である。


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