第5話 最後の命令
ヘイグはカートからの報告で、屋敷の監視者が旅団員であると知ったが、対応をしようとしたときにはもう遅く、以後屋敷の監視者からの連絡はない。
おそらく
精霊が問題ないとしていたのだから大丈夫だろうと、ずっと精査せずにいた自分を叱る。
あの闇賭場の屋敷も同じ理由で放置してきたが、きちんと内容を検めて今後の対応を変えた方がいいのかもしれない。
デルトモント公爵はどうやらイカサマに引っかかっていたようだし、同じようにまた借金を作り、情報を漏らすようなものが出ても困る。
闇賭場に関する命令書を書き終え、次の書類を手に取る。
「やっとドアナの問題が片付いたか」
国交について今後やり取りが増えそうだ。海の民との交渉も再開したという事で、今後は他国のものがこの国に流入するようになるはず。
人と物の行き来が増えれば問題も出て来るだろうが、国の中枢に関わるものとしてそれを醍醐味として楽しめるようにならなければなるまい。
宰相選挙は五年に一度行われると決めたところ、国の仕事に関わってみたい者たちに良い変化が見られた。選挙で選ばれるには村長や町長としてまずは人望を集め、評判を轟かせる必要がある事から、地方の長達の行動が目に見えて良くなったのだ。
自分達の地元からいつか宰相が出るかも? という期待からか、勉強ができる子供にはより勉強を、という感じで変わりつつある。
停滞していたラザフォードは大きく動き出しているのだ。
書類を次々に処理しながらヘイグは国の未来に思いを馳せ続ける。
女王は象徴として、今後も選ばれていく。ただ今までのように死亡をもって交代とするのではなく定年制となった。グリエルマは五十歳で引退だ。礼儀作法のしっかりしている娘なら、他国との交渉の場に出ても恥ずかしくないから、今後は希望者からくじ引きで選ばれる事になっている。
書類の束をとんとんと整えて脇に避けると、ぐーっと伸びをする。
そろそろ仕事は終わりだ。
ヘイグは現在、城の中でグリエルマと息子ジョナスと共に生活していて、王都内の家には戻っていない。常に騎士団長が城内に常駐する事は有事への備えにもなるので、もしかすると今後の騎士団長職は城内に住む事が定例化するかもしれない。それに関してはヘイグは申し訳なく思う。仕事と私事を分けたいタイプの人間には辛いだろうから。
扉がノックされ、許可を出すと日誌を抱えてカートが入って来た。
「夕刻の見回りは終わりました」
「ご苦労」
日誌を確認しサインをする。
「アーノルドと何かあったのか?」
「僕が醜態をさらしてしまったので、呆れられたのかもしれません……」
俯きがちにしょんぼりとカートは言う。
いつもカートのまわりをウロウロし、同じ仕事をやりたがったアーノルドが、外回りの仕事とカートのいない時間の勤務を希望してきたのだ。
なるべく勤務形態はそれぞれの騎士達の要望を聞く事にしていたので、ヘイグは希望通りしたのだが、問題が生じた。
カートが一人になってしまうのである。
アーノルドが傍にいれば、彼の取り巻きも傍に居る事になるので、カートのまわりにはいつも人がいる事になるのだが、アーノルドが彼から離れると二人の間に何かあった事を察して、取り巻きもアーノルドの方に行ってしまう。
カートは今日、昼食も一人だったようだ。
できれば一人にしておきたくはない。
「あ、寂しくはないですよ。今は行儀見習いでフィーネも……婚約者も城内にいますし。ピアさんもいます」
「そうかもしれないが、あまり無人の場所で一人にはならないように」
「はい、気を付けます」
ふわっと可愛らしい笑顔を見せた少年を見送り、ヘイグも帰り支度をし、妻子の部屋に戻る準備をはじめた。
「フィーネ、帰ろう」
フィーネは侍女の服を着て、礼儀作法を覚えるために城仕えの侍女見習いをしている。
片時もカートから離れたくないフィーネには渡りに船。肝心の礼儀作法はあまり身についていないが。
「今日、ジョナス様を抱っこさせてもらったの!」
「可愛かった?」
「うん、とっても!」
ジョナスは母親に似た若葉色の瞳に、父親譲りの茶色の髪だ。
フィーネはもじもじとする。
「あたしも欲しいな、赤ちゃん」
「え、あ、うん、僕も……」
二人は照れながら、ぎこちなく手をつなぎ合おうとしたとき。
カシャン。
「ん? 今の音なんだろ」
何処か少し離れた所からした。
カートは眉をひそめ、耳を澄ます。
フィーネを後ろに庇うようにして、剣の柄に手をかけた。
「カート?」
「しっ」
仕草でフィーネにはここにいるよう指示し、少年騎士は音のした方に向かう。
風がどこかから入ってきているように思えた。
カートが剣を抜いた。
同時に部屋から飛び出す黒い影、その奥に割れた窓。
「!」
カートは反射で相手の刃をはじき返す。
数歩の距離を飛びのいた。
「あっ!」
黒い少女人形だった。黒髪の隙間から見える黒い無機質な眼光。
捨て身でなければ勝てない相手に、カートは戦慄する。
今はフィーネもいる。彼女を危険な目に遭わせるわけにはいかない。
一合打ち交わすたびに距離を取り、お互いの隙を狙う。
カートは剣を両手で握り直し、腰を落とした。
「今度は何が目的だ」
「そうか、君も命令対象の可能性があるのだな」
人形が喋った。可愛らしい女の子の声で。
――という事は、今は魔導士の意識が入っているのか!
「可能性?」
「”ラザフォードの息子”を殺せ、これが最後の命令だ。こればかりは成功させなければならない」
「ラザフォードの息子?」
「君は前女王の息子だと聞いた。現女王にも息子がいる。この際どちらでもいいだろう。旅団の評判は地に落ちた。これ以上の失敗をするわけにはいかない。最後の命令は成功させてみせよう」
ラザフォードでのドアナからの依頼に、旅団はことごとく失敗している。王が死んでもなお、依頼を実行しようとしているのは、暗殺集団としての矜持だろうか。
「ラザフォードは世襲制ではない。僕や彼を殺しても何も変わらないぞ。リドリー三世は死んで依頼主はもういない。無駄な事はやめるんだ!」
カートは必死に説得を試みるが反応は芳しくない。
踏み込み、剣を振るうと人形は容易にかわす。少女人形にとって目前の少年騎士は強敵ではない。カートは素早い攻撃に翻弄され、ついに剣を大きくはじかれ体勢を崩してしまった。
「くっ」
少女人形は一気に片手剣を振り下ろす。
「やめてぇ!」
フィーネがカートの前に割って入り、両手を広げ少年を庇う。
カートがフィーネを庇い返そうとするが、その前に人形は振り下ろしかけた剣をフィーネに達するギリギリで止めた。
「?」
カートもフィーネも、人形が攻撃をためらった理由がわからず、一瞬静寂が周囲を支配する。
異変を察知した兵の駆け寄る気配がし、人形は目を細めると、割った窓の部屋に飛び込み窓の向こうに消えて行く。
駆けつけた兵が窓に寄るが、少女人形は高さをものともせず軽やかに壁と柵を乗り越えて姿を消した。
「団長に報告しなくちゃ!」
フィーネは考える時の癖を見せていた。
「フィーネどうしたの?」
「ん……あの黒髪の女の子、あたしに似てなかった?」
「え……?」
カートは相対した少女人形の顔を思い出す。前髪が長く、フードも目深にかぶっているのでわかりにくいが。
目が黒いせいでピンとこなかったけど、顔立ちだけを言うなら、フィーネを幼くすればあんな感じかもしれない。
フィーネへの攻撃を躊躇した理由と、関係があるのだろうか。
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