第7話 正義か悪か

先刻まで賑わっていた祭の場所で、転がる死体をみて男は悲しそうな顔をする。


「…すまない」


一目見れば分かる、息をしているはずのないその人間に向かって何故か謝罪する。


家族や恋人ではない。


転がる死体、全てに謝っている。


自分が殺した訳ではない。


何故か死体は全て外傷はなく、口や鼻から血を流して死んでいる。


「ハルの仲間か…」


男は唇を噛み締めて、立ち尽くしている。


ハル。

お前この世界をどうしたいんだ。

この国が終わったら違う国にも行くつもりなんだろう。

こんなやり方が正しいなんて本当は思ってないはずだ。



「ジンさん!」

突如現れた女は立ち尽くす男に向かって叫んだ。


「…間に合わなかった」

「仲間に賢いやつがいるな…動きが読めない」

「レイ、そっちはどうだった?」


「…こっちもダメです」

「着いたときには誰も」


「…そうか」

「この前の事件からハルの仕業だとすぐにわかった」

「これがあいつの言ってた粛清なのか…」


ジンは歯を食いしばって、握りしめた自分の拳を見つめている。


「こんな事を繰り返すなんて、ハルってゆうのはどんな奴なんですか」

「ジンさん知ってるんですよね」


レイは真剣な眼差しでジンを問い詰める。


「…ハルは、あいつに能力を目覚めさせたのはおれだ」


レイは驚いた顔で言葉が出ない。


「あいつは世界を誰より憎んでた」

「あいつを拾った時、憎むことを辞めさせて正しい方に導こうとした」

「だが成長するに連れてあいつの中の正義は道を逸れていった」

「世の中を正しい方に導こうとする気持ちはおれらと変わらないが、やり方が残酷過ぎる」

「何より、ハルは人間の未来は変わらないものだと信じ込んでる」


「ハルって奴は罪が見えているんでしょう?!」

レイが口を挟んだ。


「あいつは人間が犯す罪が、生き方によって変わることを既に知っている」


「じゃあなんで!!」


「可能性は根絶やしにということなんだろう」

「今の段階で平和を乱すような罪を犯す可能性が少しでもあるやつは生かしてはおかないつもりだろう」


「…そんな」

「そうだとしてもこのやり方は…」

「このままじゃ、どんどん人間が殺されていきますよ!」

レイは涙を流しながら、なんとか言葉にする。


「…わかってる」

「何としてもとめるさ、これはおれの責任でもあるんだ」


「…っ、ジンさんはなにも!」

言葉を言い切る前に、ジンはレイの頭に手をやって制した。


「ありがとう、レイ」

「とりあえずあいつらの情報を集める」

「協力してくれるか?」


「…勿論です!!」

レイは涙をシャツの袖で拭い、2人以外誰もいない場所で声が枯れるくらい叫んだ。


レイは、右腕を突き出して手を広げた。

黒い光が広がって、人間が入れるくらいの大きさになった。


お先にどうぞといわんばかりに手招きして、ジンにジェスチャーした。


ジンはありがとうと言って、黒いゲートの中に消えていった。








-眩しい。

朝だろうか。

いつの間に寝てしまったのだろうか。

早く起きてあの男を探さなければ。


「あぁっ!!」「いだっ!!」


勢いよく飛び起きたせいで何かにぶつかってしまった。

まだ目が覚めきってないせいで、寝ぼけているのだろうか。


家の布団の上にぶつかるようなものなんてあったかな。



「ってなあ!ソラ!」

「もうちょいゆっくり起きろよ!」


「…リンさん?」


「そうだよ他に誰に見えんだよ」

おでこを赤くするリンはぶっきらぼうに言い捨てる。


夢じゃなかった。

花火大会に走って、あの人にハルに出会って、色んなことを話して、みんなの仲間になったんだ。


「…良かった」

安心して涙が溢れた。


「ったく急に起きたと思ったら次は泣くのかよ」

リンは頭を掻きながら、やれやれといった感じだ。


「私いつ寝ちゃったんでしょうか…」


「急にだよ、みんなで肉まん食べながら話してたら急に倒れたんだ」


「ごめんなさい…リンさんが看病してくれてたんですか?」


「女はアタシしかいねえしな」


「ハルと、カイさんは?」


「買い出しに行ったよ」

「ハルはすげえ心配してたから大丈夫なんだったらちゃんと後でゆってやれよ」


「…そうですか」

「ご心配掛けしてごめんなさい」


「お前は謝ってばっかだな」

「もう仲間なんだ、迷惑かけられて当然だろ」


「…ありがとう」

拭っても拭っても、溢れる涙が止まらない。


いい加減泣きやめよとリンに諭されるが、嬉しくてどうしようもない。


起きた時にある今は、生きる為にと行きたくもない仕事に行く慌ただしい朝ではない。

起きて目の前にいるのは、顔が母親に似ていると暴力を振るう父でもない。


私の仲間。


どうしようもない気持ちになってリンに抱きついた。


「うわっ!なんだよおい」


「大好きですリンさん」

泣きながらリンにしがみつく。


「昨日会ったばっかじゃねーか!」

「…ったく」


リンさんは言葉ではそう言いながらも、わんわんと泣き続ける私の頭を撫でてくれた。




チン!

エレベーターの音が鳴った。


「帰ったでぇ、ソラちゃんは起きた?」

カイがそう言い終わる前に横のハルは、手に持つビニール袋を落として走っていった。

「そんな慌てんでもええがな」


「リン!ソラは?!」

走って瓦礫の裏に敷いてある布団のところまで行って叫んだ。


「…泣かすなよリン」

リンに抱きついて泣くソラをみて、安心したようにハルは言った。


「アタシじゃねぇよ!」


「…ハル」

泣きじゃくりながら名前を呼んだ。


「無事で良かった」

笑顔でソラの元に寄ってその場に座った。


「…ごめんなさい、私」

「急に倒れちゃったみたいで」

「心配かけてごめんなさい」


「いいんだ、ソラが無事でよかった」

「すごい熱だったんだ」

「1日であれが下がるのも不思議だけどな」

「本当に何ともないか?」


「うん!全然大丈夫!」


「いやぁよかったなあ」

ハルの後ろからゆっくりカイがやってきた。

両手に買い物だろうか、パンパンのビニール袋を持っている。


「ゆうたやろハル、そんな焦らんでも大丈夫やて」


「仲間になったばっかりなのに不安だろうが」


「そんなに心配してくれたの?ハル」


「みてみこれ、ハルが買うた薬」

ハルが先程エレベーターの前で落としたビニール袋をカイが拾って持ってきていた。

袋から溢れそうな程、薬やサプリなどが詰まっている。


「おお、わるいな」

「これ飲んで元気出せソラ」


「あ、ありがとう」

ハルの笑顔には申し訳ないので笑い返そうとしたが、少し引きつってしまったかもしれない。


「バカかハル、病み上がりなんだ」

「ちょっとそっとしといてやれ」

リンはまたやれやれといった感じだ。


「普通に食材も買ってきたんだろ?」


「ほんまにボクおらんかったらハル薬しか買ってけえへんかったで」

カイが買ってきたものをリンに渡した。


「じゃあ飯作るから」

「それ食ったら作戦会議にしようぜ」

リンが立ち上がって袖をまくった。


「じゃ、じゃあ私もお手伝いを」

立ち上がろうとしたときリンに頭を押されて制された。


「まだお前は寝てろって」


「…ありがとう」


「リンは料理だけはうまいんだ」

「きっとソラも気に入る」

ハルが嬉しそうにソラに言う。


「そうや、リンは男っぽいとこ直したらモテるで」


「だけって何だよ!」

リンは少しイラッとした様になりながら買い物の袋を持って奥の方へ行こうとする。


「…みんな、ありがとう」

「私、こんなに幸せなの初めてです」

泣き止んでいたのに、一粒だけまた涙が溢れてしまった。


ハルは笑顔で「いいって」と言って、カイも笑っていた。

リンは、少し笑って料理を作りに歩いていった。



-リンさんの料理は本当に美味しかった。

こんなに料理が美味しいと感じるのはいつぶりだろうか。


でも、何より誰かと食事をすることがこんなに幸せな事を初めて知った。


いつまでもこんな日が続けばいいのにと心から思った。


天井に空いた大きな穴から陽の光が刺している。


ハルが私の前に現れた時もこんなにいい天気だったな。


この人達と世界を変える。


粛清はその為に絶対に必要なこと。


ソラの中で、それはもう疑いようのないことになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

RESET @yu-rinrin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ