第6話 仲間

あまりにも速く走るので気が付くと、都会の街並みではなくなっていた。


ハルが走る途中で、こっちのほうが走りやすいと背中に私をおぶる形に変更した。


ハルの背中にいると、暖かくて、安心して、少しうとうとしてしまった。


「…ハルの仲間はどんな人達なの?」

眠たそうな声で聞いた。


「そうだな…二人いて」

「一人は、作戦と情報担当で女だ」

「こいつは頭がよくてな」


女の人もいるのか。

少し胸がモヤモヤした気持ちになったのは、気のせいだと思いたい。


「もう一人は、おれと同じ粛清担当で」

「こっちは男なんだけど、こいつは少し…」

「まあそれは着いたら紹介するよ」


ハルは苦笑いしながら背中にいるソラに向けて言った。


「…仲良くなれるかな?」


「なれるさ」

「二人とも癖は強いけど、心底いいやつなんだ」

「世界をなんとかしたいって本気で思ってる」

「おれやソラと一緒でな」

「志は同じなんだ、仲良くなれるに決まってる」


ハルはまるで、仲間は自分の一部であると言わんばかりに、誇らしげに話していた。


「…たのしみ」

「じゃあ私は何担当なのかな」


「ソラは…」

「いまの段階では何とも言えないけど、粛清のサポートかな」

「でもソラが時間を止めている間、おれが動けないんじゃどうしようもないしな」

「…まあそれはまた考えるよ」

「みんなで考えればなんとかなる」


「…てゆうか、寝ててもいいよ?」

「アジトもう少しかかるし」


眠たいのがバレていた。

おぶって走ってもらってる上に、眠ってしまうだなんて甘えてばっかりで恥ずかしくなった。


「…眠たくないし」


「ほんとかよ」

ハルは少し笑いながら言って、すこしおぶっていた形が崩れたのか、私を少し上に揺さぶって形を整えた。




「着いたよ、ソラ」


飛び起きた。

まだハルの背中におぶられたままだが、完全に眠ってしまっていた。


「…ごめんなさい」


「全然いいって」

ハルはまた笑いながら言って、私を背中から降ろした。


眠ってしまっていたので、今どの辺にいるかは全くわからないけどビルの前に立っている。


「…このビル」


「ああ、もう潰れてるよ」

「いわゆる廃ビルだな」

「アジトはここの最上階なんだ」


入口のドアは無くなっていて、というより壊されているのだろうか。

中に入るとガラスなど、破片が散らばっていた。


進んでいくと至る所にランプのようなものが置かれていて、ところどころを照らしている。


ハルの後ろを歩いて奥の方まで来るとエレベーターがあった。

エレベーターは何故か、階数を示す数字が点灯している。


「これは動くの?」


「これだけは直したんだ」

「みんなおれみたいに走ってビル登ったり出来ないしな」


13階で止まっているエレベーターのボタンを押して、降りてくるのを待った。


エレベーターが降りてきてハルに続いて中に入る。


「13階がおれらのアジトなんだ」

「そこから下はなんにも触ってないからもとのままだ」


「…ちょっと緊張してきた」

顔が強ばっているのがわかる。


「なんにも心配することないよ」

「ちゃんと紹介するからさ」


「…うん」

これまでの人生でも初めてのことには緊張してきた。

中でも今回は、かなり特別な気がする。


13階に上がるまでの間にハルに尋ねた。


子供は何故殺さないのかと。


するとハルは私に背を向けたまま応えた。


「…みえないんだ」

「18歳以下の子供の罪はみえないから、裁きようがない」

「おれにみえる罪は確定している未来だから決して変わることは無い」

「…まあでも生まれてすぐさよならじゃ、あまりにも切ないからな」

「これはなるべくしてなった能力だと思ってるよ」



「…絶対に未来は、変わらないの?」



「…ああ、絶対だ」

「もうアジトに着くからこの話はまた今度な」


ハルの話を夢中で聞いていたので、ふと階数に目をやると12階から13階にあがるところだった。


チン!と音が鳴ってドアが開いた。

ハルの後に続いてドアの外に出る。


部屋は明るく電気が付いている。

ここも直したのだろうか。

フロアの壁を全て抜いてあるようで、やけに広い。

辺りは散らかっていて、瓦礫や紙などが散乱している。


「帰ったよ、いるか?」

「…おい、リン!カイ!」


「うるせぇなあ、大声出すなくても聞こえてるよ」

女の人の声が少し遠くから聞こえる。

少し低いが可愛らしい声だ。


「部屋の中ぐちゃぐちゃで呼ばないと見つからないんだから仕方ないだろ」


声のする方に歩いていく。

ハルからなるべく離れないように、ハルの服の袖を掴んだ。


まだ声の正体は見えていない。

瓦礫で隠れている。


「カイが屋上ぶち抜いて瓦礫まみれなんだから仕方ないだろ」

「ったく、雨の日どうすんだよ」

声がどんどん近くから聞こえるようになる。


「ここに居たか」

大きな瓦礫の裏に、元からこのビルのものだろうデスクがあって、その上にパソコンが椅子に座る女の人を囲むように何台も置かれている。

キーボードの横には、半端ではない数の煙草の吸殻が山になっている。


女の人の左半身が見えた。

腕を埋め尽くすようにタトゥーが入っている。

さらさらな髪は金髪で、肩まで垂れている。

首にあるオレンジのヘッドフォンがやけに似合っている。


ハルの仲間。

初めて会えた。

さっきまで緊張していたが何故か少し心が踊っている。


パソコンに向けていた顔をこちらに向けて女の人は話し掛けてきた。

とても綺麗な顔立ちで、外国の人なのだろうか。


「おかえり、ハル」

「あ?そいつは?」


「ソラってゆうんだ」

「おれたちの仲間になるから、よろしく頼むよ」

満面の笑みでハルは女の人に告げた。


「ソラ、こいつがさっき話した作戦とか情報とかやってる、リンだ」


「そ、ソラといいます」

「よ、よろしくお願いします」

挨拶と同時に頭を下げる。

少し詰まってしまったが、私にしては上手くできたのではないだろうか。


恐る恐る顔を上げて、女の人の顔を見た。


とてつもなく驚いたような顔をしていた。

「はあ?!」

「意味わかんねぇ、説明しろハル!」

「かわいいから仲間にしたとかだったら、ぶっと飛ばすからな」


-ハルが私と出会った事の経緯を細かく説明した。


「…なるほど」

「んで、力はもう発現してんのか?」

リンは状況を理解したようで、険しい顔で聞いてきた。


「ああ、さっき発現したとだ」

「能力は…」


「お前じゃねぇ、ハル」

「そいつに聞いてんだ」

リンは、ハルの言葉を遮って私を見ている。


「…一瞬ですけど、時間を止めました」

自信なさげにリンの問いに返した。


それを聞いてリンは目を丸くして口を開いた。


「まじか」

咥えていた煙草が床に落ちて、灰が散った。


「…よくわかった、能力が手に入ってる時点でこっち側の人間なのは間違いねぇ」

「お前もこの世界をどうにかしたいから、ハルが連れて来たんだろうしな」


リンは煙草を拾うと、山のようになっている吸殻のところに押し込んだ。


「しかも、お前の能力があれば…」

「まあいいや、とりあえずよろしくな」

「歓迎するよ、ソラ」


リンは立ち上がって笑顔で右手を差し出した。


「…はい!」

笑顔でリンの手を取り、返事した。


握手で挨拶が終わったところで、ハルが切り出した。

「カイは?」


「あいつはまだ粛清から帰ってきてない」

「チートみたいな能力のくせに何やってんだか」

リンは椅子に座り直して、頭の後ろで手を組んだ。


「…カイさん?」


「ああ、もう一人の仲間なんだ」

「粛清にいったまま帰ってきてないらしい」


その時、エレベーターの音がチンと鳴った。


「噂をすればだ」



「帰ったでぇ」

男の上品な声で関西弁が聞こえた。


「ここだ、カイ」

ハルが瓦礫越しに呼んだ。


「ほんまここの部屋はごちゃごちゃしてんなぁ」

「リン、ちょっとは片付けや」


「お前が天井ぶち抜いたせいだバカ野郎!」

リンの怒号がとぶ。


瓦礫の向こうから男は現れた。

綺麗な銀髪で、男とは思えないほど長い髪の毛を腰の辺りまで伸ばしている。


この人もまたとても綺麗な顔立ちで、一重の細い目付きで体型はすらっとしている。


手にビニール袋を持って、左手で肉まんを持っている。


「お前遅いと思ったら買い物してたのか」


「二人の分もあんで」

「あったかいうちに食べたらええわ」


「あれ、この子は?」

男は私をみて、少し首を傾げた。


「ソラってゆうんだ、おれが連れてきて今日から仲間になった」


「よ、よろしくお願いします!」


「へぇ、かわいいやん」

「カイいいます、よろしくね」


かわいい。

急に褒められたので顔が熱くなる。


「説明とか聞かねえのか?」

リンがカイに聞いた。


「そんなん聞かんでも、ここにおる時点でだいたい分かるわ」

「それに、ハルが連れてきたんや」

「ほなもう、認めるしかないゆうことくらいリンもわかってるんちゃうん」


「…ったく、頭が無駄に回るとこが余計に腹立つな」


「肉まん3つ買っといてよかったわ」

「ソラちゃんも食べ」

カイが三人に肉まんを配った。


「ありがとうございます…」



「よし、じゃあまあとりあえず今日はお疲れ様二人とも、ソラもな」

ハルが肉まんを食べながら仕切り直した。


「リンの作戦通りでこっちは上手く立ち回れた」

「カイの方はどうだった?」


「上々や、まあしくじったら終わりやしなぁ」

カイは笑いながら応えた。


「じゃあ今日の粛清も上手くいったな」

「ソラも仲間になったことだし」

「これからはもっと粛清の数を増やしていこう」


「でも今日帰り際に、あいつおったわ」

「もうちょいで鉢合わせるとこやったから危なかったわ」


「ジンか…」

ハルは神妙な顔付きで呟いた。


「まあそのことは後で考えよう」

「今日は上手くいったし、ソラも仲間になった」

「あらためてソラ、仲間になってくれてありがとう」

「これからよろしくな」

ハルがそう言うと、リンとカイも笑顔でよろしくといった。


「こ、こちらこそ」

「お役に立てるか分かりませんがお手伝いさせていただきます!」


「あぁ、期待してるよ」

「もう一人じゃないんだから、何かあったらおれらを頼れ」


「…はい!」


初めてできた友達ではない、仲間。

感じたことのない空気感。

必要とされる存在感。

あがいて生きるのではなく、世界を変えるために行う粛清。


みんなの会話もまだわからないことばっかりだけど、早く全部知りたいな。

みんなの力になりたい。


感じたことのないことばかりで、嬉しくて安心している反面少し疲れてしまったのだろうか。


目の前が揺れる。

足がふらつく。


「おい!ソラ?」

ハルの聞こえた声が最後で、目の前が真っ暗になった。



ああ、どうか今日のことが夢じゃありませんように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る