第5話 能力

都会とは思えないほど星が綺麗に見える。

こんな日もあるのだろうか。


でもここから見えるどの星よりも、美しいその刀身に心を奪われた。


吹いている風が強い。

風の勢いに負けないように必死に踏ん張る。


「座ったら?」

ハルはそう言うと、左手をソラに差し出した。


「…ありがとう」

その手を取って、ハルの横に座る。


「これどうやったの?魔法か何かなの?」

ハルが右手に握る刀を見ながら尋ねる。


近頃、刺激の強いことが多すぎたのか、本当はもっと驚くべきことが目の前で起こっているのに、不思議と心は落ち着いている。


少し感覚がおかしくなってきているのだろうか。


「これはおれの能力なんだ」

「罪を見る能力と、刀を出す能力」

「あとは、身体能力の上昇もそうかな」

ハルはまるで当たり前かのように話す。


「その能力はどうやって手に入れたの?」

「もしかして最初からできたの?」

気になることを、立て続けに質問した。


「いや、これは元々じゃない」

「それに、おれだけじゃなくてソラにもできる」


その一言に、思考が止まった。


私にもできる?

その人の罪を見たり、刀を出したり?

信じられない速度で走ったり、ビルを駆け上がったり?


「…できないよそんなの」

困惑した顔で否定した。


「いや、できるんだ」

「おれと同じ能力ではないだろうけど、ソラにもできる」


「能力を得るには、二つ条件があって…」

「一つは、能力を持つ者と接触すること」

「もう一つは、死ぬことに対して恐怖心が無いこと」


「能力者と接触するのは運任せかもしれないけど、恐怖心に関してはそうはいかない」

「死ぬことが怖くないやつなんて、そういないからな」

「口では怖くないといいながらも、実際その場面になると、ほとんどの奴は死にたくないって思うものなんだ」


「でもソラは違うかっただろ?」

「あの場でただ一人、死を怖がらなかった」

ハルは、右手の刀を見つめながら語りかけてくる。


「…でも本当にそんなことできたことないし」

自分の手を見つめながら言う。


「それはまだ能力が発現してないからな」

「能力は、ここぞってゆう土壇場になって初めて発現する」

「花火大会でおれの手を取った時、ソラの力はもう目覚めてるはずだ」

刀から目を離し、こちらを向いて微笑みながらハルは言った。


「私の能力…」

全く信じられない。

でも実際にハルは刀を何も無いところから出現させた。

本当にそうだとしたら、私のはどんな能力なんだろう。

でももし、ハルみたいな力があったら私も傍観するだけでなく、正しくない人間を裁くことができるのだろうか。


「…私、知りたい」

自分の手から目を離し、ハルに向けて呟いた。


「ここならすぐにソラの力を引き出せるよ」


「…どうやって?」


「…おれを信じれるか?」

ハルは立ち上がって、座るソラに対してまた手を差し出した。


信じる。

その言葉に、何度騙されて来ただろうか。

世の中は信頼で成り立つことも多いように見える。

でも実際はみんな上辺だけで、自分の立場が危うくなったら、大体のやつはすぐに裏切る。

信じる、その言葉は私にはとても重たく、遠い言葉に聞こえる。


でも、もうここで裏切られたなら最後でいい。

もうこれ以上この世界に未練はないし、生きたくもない。


でも最後に一つだけ、望みが叶うのなら、この地獄を変えてから死にたい。


そう思った。


「…私も、あなたと戦いたい」

「この世界を壊したい」

ハルの差し出す手を、勢いよく掴んで立ち上がった。


「絶対に弱くはならないし、どんな能力がいくつ手に入るかもわからない」

「…でも、ソラの望みに限りなく近づけるのは確かだよ」



「…じゃあ目を閉じて」


「…あと、あなたじゃなくてハルでいい」

ハルは笑顔で言った後、目を閉じた私の身体を両手で引き寄せて抱きしめた。


その直後、ビルの外に向かって体が傾いた。


落ちていく。


ハルに抱きしめられたまま、地上に頭から落ちている。


かなり高いビルではあるが、このスピードなら一瞬で地上に着く。


普通なら間違いなくこのまま落ちて終わりだろう。


でも今は、ハルがいる。


救いの無かったこの世界で、唯一最後に信じたいと思った人。


ハルと一緒に、世界を変えたい。


そう思った瞬間。


…何かがおかしい。

今の今まで、風を切りながらすごい速度でビルから落ちていたはずなのに、何も感じない。


何が起きているのだろう。

恐る恐る目を開けた。


さっき飛び降りたはずのビルの屋上が少し遠くにある。


綺麗な星空。

都会に立ち並ぶ高層ビルの群れ。

街の灯り。


さっきと変わらないはずなのに、何かがおかしい。


「…止まってる?」

何もかも動いていない。

ハルに抱きしめられたままビルから飛び降りて、空中で止まっている。


雲も動いていない。

風も吹いていない。

なにより、音が何も聞こえない。


まるでこの世界に1人取り残されたような気分。


その停止した世界を少し理解した時だった。


急に、また風が吹き出して音が聞こえるようになった。


また落ちている。


また少し目を閉じていると、ハルが抱きしめていた私の身体を少し離して、担ぐように抱えた。

するとビルの壁を蹴り、落ちていく向きを変えた。

足から地面に着地した。


「どうだった?」

「何か変わった感じはあるか?」

私を下ろして向かい合う形になった。

高いビルから飛び降りたにも関わらず、ハルは何事もなかったかのように問い掛けてくる。


「…時間が一瞬」

「…止まったように感じた」

自分でも信じられない事を言っているのはわかる。

ただ、あのビルから落ちる途中、何も聞こえなくなって自分しか動いていない、自分だけが動ける世界になった。

自分の身体で感じたそれはもう疑いようがない。


「…時間を、止めたのか?」

驚いた顔でハルは聞いてきた。


「でも、どうやったのかわからないの」

「ハルの言う通りに目を閉じて、なにか変だと思って目を開けたら私以外の、何もかもが止まってて」


「…すげえな」


「まあ、能力自体は発現したんだ」

「使い方は自ずとわかってくるさ」

ハルは優しい口調でそう告げた。


「じゃあ帰ろっか」

「おれたちの家に」


「え?」

「ハルのお家?」


「おれの家ってゆうか、アジトかな」

「もうソラも仲間なんだ、来るだろ?」


「…いっていいの?」


「もちろんさ、ソラの能力がおれたちには必要になる」


「…私が必要?」


「そうさ、他の誰でもないソラが必要なんだ」


お前が必要だと。

こんなにも真っ直ぐに、心から必要とされたことなんて初めてだったから、思わず涙が溢れた。

頬を伝う涙が、また地面を濡らす。

とめどなく流れる涙を、ハルが手で拭った。


「ソラはよく泣くなあ」

微笑みながらハルは言った。


「…嬉しくって」

心の底から、嬉しく感じた。

この人の力になりたい。

いつか私もハルと並んでこの世界と戦えるようになる。


絶対に。


私の涙を拭った後、またハルは私を抱きかかえて走り出した。


そういえば、子供を殺さない理由を聞きそびれたな。


まあこれからは一緒にいられるのだから、また聞けばいい。


街を走り抜けて、ビルからビルに飛び移る途中、たくさんの人間を見た。


この人たちも、罪を持つ人間なのだろうか。

それとも、毎日が苦しくて仕方ないのだろうか。


それを見分ける術は私にはない。


でもいつか、弱者が笑えるような世界にしてみせる。


ハルに抱きかかえられながら、そう固く心に誓った。



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