第4話 目的と理由

信じられない状況だ。

あれだけ会いたいと願った男に、抱えられながら走っているなんて。

男は人一人抱えてるにも関わらず、息も切らしていない。


男はあれ以降、話し掛けて来ない。

話し掛けてもいいのだろうか。

聞きたいことが山ほどある。


川沿いを走っていたところで、男は向こう岸に

私を抱えたまま跳躍した。

決して小さい川ではない。

男は、なんてことの無いというような顔付きで向こう岸に着地した。


また走り出すと、街に着いた。

男は止まらず、煌びやかな街の灯りの中を走り続ける。


そして、目の前にある一番大きなビルを目指して走り出し、そのまま駆け上がった。


怖くは無かったが、登りきるまでの間、少し目を瞑ってしまった。


頂上に着いた時、花火大会の会場を後にして走り出して以降、初めて男が口を開いた。


「着いたよ、立てる?」


男の体から離れて、自分の足で立とうとする。

少しふらついたが、なんとか立てた。

目を開けると街中の灯りを見降ろす場所にいた。


「…凄い」


まるで自分が、この世界ごとを見降ろしているような気分になった。


「高いところが好きなんだ」

「見えてる全部、思い通りにできるような気分になるから」

男は街を見降ろしながら、少し思い詰めたような顔で言った。


放った言葉から少し間があって、こちらに向き直った。


「おれ、ハルな」

「お前の名前は?」


「えっ?」


急な自己紹介に驚いて声が出てしまった。

ハル、男の名前。

やっと聞くことができた。

知りたくて仕方なかった男の名に、嬉しくて胸が熱くなる。


「えっ?じゃなくて名前は?」


「あっ、ソラ」

聞き返されたことに我に返って反射的に名乗った。


「ソラか、いい名前じゃん」

「ソラに聞きたいことがいっぱいあるんだけど何から話せばいいかな」

「とりあえず今日、花火大会に来てたのは偶然か?…そのなりからして違うと思ったんだけど」


そこで自分が寝巻きのまま出てきたことを思い出して、急に恥ずかしくなった。

顔が熱くなるのを感じる。


「…偶然じゃないです」


変だと思われるかもしれない。

話したことも無い相手に追いかけて来ただなんて。

でも今言えなかったら、もう二度とチャンスが無いかもしれない。

わずかな勇気を振り絞って続けた。


「この前あなたを見てから、あなたにどうしても会いたくて、今日はあなたが花火大会の中継に少し映ったのを見て追いかけてきました」


「…あなたを初めてみたとき、嫌な音が聞こえなくなって」

「あなたのすることを見ていると、胸が空いていく、そんな気分になって…」


「どうして人を殺すのか、殺されない人との違いは何なのか、どうしても聞きたくて今日はあなたに会いに来たの」

最後は少し、口調が強くなった。


「…」

ハルは黙ったまま、私の顔を見つめている。


「やっぱり間違いないな」

「お前こっち側の人間だよ」

そう言うと、ビルの屋上から足を放り出してその場に座った。


高い場所だからか、風が強い。

目にかかるくらいの少し癖のある髪を揺らしながら街の方に目をやり、話を続ける。


「おれがあの日、大勢の人間を殺している時、今日もだけど、笑ってただろ」

「笑いながら、叫んでた」

「殺してってな」

「あの日もソラを見て、もしかしたらと思ったんだけど、今日もう一回見て確信した」


「…気付いてたの?」

ハルを見下ろす形で、驚きを隠せない表情で聞く。


「気付いたさ」

「普通の奴があの状況で笑ってられるか?」

「ソラだけだったよ、あの場で逃げないで声も出さずに、おれのことを見てたのは」

「おれもソラと同じで、人間を斬っているときだけは、耳から雑音が消えるんだ」

「だから、雑音じゃないソラの声が俺には届いた」


「…お前、死ぬの怖くないんだろ」


鋭い目、綺麗な二重の目付きで真っ直ぐに私を見ながら問いかけくる。


「…怖くないです」

「生まれてからずっと、救いのない絶望の中にいて、なんにもいい事なんてなくってずっと死ぬことばっかり考えてて、でもその時目の前にあなたが現れて」


ハルは、私が話している間一度も目を逸らさない。


「可笑しいって思われるかもしれないけど、人間を殺すあなたが、救いの神に見えたの」


一気に喋ったせいか、少し息が弾む。

どう思われただろうか。

でもあの事件以来、伝えたかったことを全て伝えることができた。


「…」

ハルは何も言わずに、優しい顔で口を開く。

「神は言い過ぎだけどな」

笑いながら言った。


嬉しそうに話を続ける。

「…聞きたがってたこと、教えようか」

「殺す奴と、殺さない奴の違いと、その理由だったよな」


息を飲んで、頷いた。


ハルは夜空を見上げながら話し出した。

「…おれには見えるんだ」

「そいつが今までに犯した罪と、それから犯す罪の両方が」

「きちんとそいつが法律で裁かれていたならよかった」

「でもそれが見えるようになってからわかったんだ」

「どれだけの罪が裁かれずに放置されているのか」


ハルは淡々と話しているが、内容がよく理解できない。

罪が見える?

SFや漫画の類の話だろうか。


「だから、殺すのは罪を犯して裁かれていない人間と、これから大きな罪を犯す人間」

「これから犯す大きな罪の定義は、おれの中で決めてるけどな」

「万引きくらいで殺したりしないよ?」


ハルは笑いながら付け足したが、話の意図が掴めない私には笑う余裕もない。


「まあでもそういう人間の罪が重なって、いまのこの国を作った」

「毎日、死にたいと思わせるような人間を育てる国を、俗に言う弱者から搾取し続けるこの国をな」

「正確にゆうとこの国だけじゃないけどな、でもこの国は他と比べても異常だ」


「まあ結局何がしたいかってゆうと、この国のリセットだな」

「…もう見てられないんだ」

「虐げられる弱者が、国のせいで自由を奪われていくのを」

「でも、国を作ったのは人間だろ?過去の人間はもう裁きようがないけど、これから人間を裁いて正していくことはできる」


「…だからおれは、毎日死にたいと思いながら生きる人間がいなくなるまで、弱者たちが不安になりながらも絶対に来る明日に怯えないでいいように、おれは正しくない人間を殺し尽くす」


ハルは話し終えた様子で夜空から目を離し、こちらを見た。


「聞きたがっていたことはこれで全部かな?」

最後に付け足して話し終えたハルは、私の返答を待っている。


「…えっと、色々よくわからないんだけど」

「見えるってゆうのは、どういう…」


当然の疑問だと思うが、理解できない私がおかしいのだろうか。


「あ、そっか」

「力の説明をしてなかったね」

「見せた方が早いかな」

「罪を見る方の能力は、見せようがないけどこっちなら見せてあげられる」


そう言うとハルは、座ったまま右腕を前に伸ばして、手を開いた。

手を開いた一瞬、眩しくなって目を閉じてしまった。

ビルの屋上は対して明るくもないし、特別照らされるようなものも無い。


何が光を発したのだろうか。


本当に一瞬、目を瞑って次にハルをみたとき、右手にあの刀を握っていた。


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