第3話 全てを壊したい

花火が次々に打ち上がり、スポットライトのように辺りを照らしている。


花火が上がる度に、死体と悲鳴が増えていく。


あの事件の時と同じように。


男はカモフラージュの為か、浴衣を着ていた。

周囲に溶け込んでいたのだろうか。


連続で花火が打ち上がり続ける間も、男は流れるように美しい動きで舞う。


あの時と同じ2本の刀を持って。


見惚れていた。


大きな花火の音、響き渡る悲鳴。

本当はそんな音が聞こえるのだろうか。


何も聞こえない。


あの事件以降、また聞こえるようになっていた雑音が消えている。


「…気持ちいい」


性行為などでは得られぬ快感。

自分が何かした訳では無い。

ただ傍観しているだけ。

なのにまるで、男に乗り移って人間を斬っているかのような感覚になる。


どれだけ時間が経っただろうか。


雷が落ちたように、身体中が痺れて動かない。

男に見惚れていると、力が入らなくなりその場にへたりこんだ。


すると、今までで一番大きな花火が打ち上がり、辺りを大きく照らした。


気が付くと、私の顔を見つめながら少し先に男が立っていた。


少しずつ近づいてくる。


次こそ斬られるのだろうか。

恐怖心は全くない。

涙は出るどころか、恍惚の表情。

でも斬られるのなら、死ぬ前に聞きたい。


男が私の目の前まで来て立ち止まった。


返答に期待はしていなかった。

でも、あの事件以来会いたくて堪らなかった人に会えた喜びから、気が付くと口をついて言葉に出ていた。


「…どうして人を殺すの?」


男は少し驚いたような顔をして、口を閉ざしたまま立ち尽くしている。

私から目を離さない。


次の瞬間、男が初めて口を開いた。


「なんで笑ってる?」

「…お前この前もいたなあ」

「偶然か?」

「それとも…」


初めて聞く男の口調は柔らかく、暖かい声だった。

聞くのは始めてのはずなのに、何故か安心する。


神妙な顔つきの男が、次の言葉を繰り出そうとした瞬間。


「動くな!!」


多勢の警官が、ライトで辺りを照らしながら男に銃を向けている。


「大丈夫ですか?!」


一人の警官が私に声を掛ける。


「…はい」


弱々しく応えた。


耳に雑音が混じり出す。

さっきまで高揚していた気分が沈んでいくのかわかる。


ここで男は死んでしまうのだろうか。

そう考えると、今までの絶望が頭の中で蘇った。


絶望的な状況。

誰がみても絶対的に不利な立場。


男を中心に取り囲む警官の一人が言い放った。


「凶器を置いて手を頭の後ろにしろ!!」


男はどうするのだろうか。

目の前に立つ警官のせいでよく見えない。


なんとか隙間から見えた男は、冷静に2本の刀を構えて、笑みを浮かべていた。


「足りるの?その数で」

「罪のない奴を斬る気はないけど、邪魔するなら覚悟はしてよ」

「無駄に時間を過ごす気はないんだ」


男は警官に対し言い放った直後、男の姿が消えた。


次の瞬間、私の目の前にいた警官が頭から二つに割れた。


さっきまで警官の背中で隠れていた男が、よく見える。

そこでまた、男は私に向かって口を開いた。


「後で向かいに来るから動かないでね」


そう言い残すと、男はまた消えてしまった。

男の言葉の意味が理解できなかった。


向かいに来る?

私を?


男を取り囲んでいたはずの警官は、一人の警官が殺されて取り乱したのか、銃を乱発し出した。

円を描くかのように丸く陣形を構えていたため、銃弾が味方の警官同士に命中した。


「慌てるな!!」


一人の警官が大声で叫んだ。

その声に我に返ったのか、銃を撃つ音は消えて、辺りをライトで照らして見回す。


すると、また一人警官が倒れた。

横にいた警官が悲鳴を上げて、尻もちを着いた。


男の姿はまだ見えない。


次々に警官が殺されていく最中、普通の人なら怖くてたまらないのだろうか。


沈んでいた気分が高揚していくのがわかる。


「全部殺して!!」

気持ちが昂って叫んでしまった。


あまりに大きな声で叫んだので、横にいた警官が驚きの顔でこちらを見る。

声の大きさに驚いたのか、言葉の内容に驚いたのか。


その警官に少し気を奪われたその時、警官の喉から刃が突き出した。

喉から血が噴き出して、刃が奥に抜けていく。

刃が完全に抜けた後、警官はその場に倒れ込んだ。


倒れた警官の後ろから、男が現れた。


「え?」


辺りを見回すと、ほとんどの警官が殺されていて、殺されていない警官もいるようだが傷を負わされて動けない様子だ。


「待った?」


男の問い掛けに、ゆっくりと首を横に振った。


「全然…です」


焦がれた相手との会話に、緊張しているのか声に力が入らない。


「そっか」

笑いながらそう言うと、次に男は真剣な表情で言った。


「単刀直入に聞くけど」

「…お前こっち側の人間か?」

「持ってるだろ、力」


こっち側の人間?

持っている?

力?


男の言葉の意味が全く理解できない。

早く応えなければ。

ようやく会えたのに、行ってしまう。


何か応えようと口を開けた瞬間、男が続けて言った。


「まだ気付いてないのか、もう少しなのかな」

男は頭からをかきながら、少し思考を巡らして続けた。


「…まあ今はどっちでもいいや」

「ちょっと付き合ってよ、間違いはなさそうだ」


男は座り込んで立てなくなっている私に手を差し伸べた。


差し伸べられた手をすぐにとれない。

身体が痺れたまま動かない。

最後の警官が倒れてから、わからないことばかりだ。


「どうした?」

「お前ももう、うんざりなんだろ」

「この世界に」


「…」

その言葉を聞いた瞬間に、涙がこぼれた。


最初からそうだった。

のうのうと生きる人間に嫌悪感を抱いていた。

いつしか自分より幸せな人間だけでなく、世界を憎むようになった。

でも何とか生きる為にと、救いが無いのを理解しながら毎日足掻いていた。


この世の何もかもに腹が立つ。


壊したい。


全部。



「…私も連れて行ってください」


涙が止まらない。力が入らない。

何とか言葉になったそれは男に届いただろうか。

もし届いていなかったら、そう考えると不安に気持ちに駆られた。


「お願い…私も連れていって」


さっきより少し大きな声が出た。

溢れる涙が地面を濡らし、差し伸べられた手を弱々しく掴む。


「おう!」


男は満面の笑みで応えると、私の身体を引き寄せて抱きかかえた。


「えっ」


「高い所は嫌いか?」


男の問いに首を横に振った。


「そりゃよかった」


男は私の言葉を聞くと、私を抱えたまま走り出した。



辺りはもう完全に暗くなっていたが、月が出ていて、私たちを照らしていた。

花火大会はとっくに終わっていて、辺りに人間はおらず、静寂が心地よかった。

もう少ししたら、また別の警官たちが駆け付けるのだろうか。


川の横を信じられないスピードで走り抜ける中で、水面に目をやった。


流れる水に私を抱えて走る男の姿と、丸いはずの月がその形を揺らしながら映っていた。

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