第2話 再会

思ってみれば私の人生は散々なものだった。

物心がついてすぐに母が他界し、気がおかしくなった父は私に対して暴力を振るうようになった。


常日頃から思っていた、自由になりたいと。


お金を稼げるようになってすぐに家を出た。

やっと自由を手に入れたと思ったのに、そこにあったのは社会のさらなる地獄。


世の中に対してずっと不満を抱いていた。

生まれた時点で既に差があることに。

社会に出るまでの環境でその後の人生が大きく左右されることに。


最初から自由な人間もいるのに、なんで私はこんなにも不自由なんだろう。


この国でどれだけの人間が不満を持ちながら、どれだけ他人に対して嫉妬して、死にたいのを我慢して働いているのだろうか。


生きているだけで国に搾取され続ける仕組み。


それに気づいた時、この世に救いは無いと理解した。



-そんな絶望の最中で、目の前に神が舞い降りた。


一瞬で人間を斬り刻み、躊躇いなく進むそれに。

姿形は人間でありながら、人を斬り刻み進むその様子は正に、この世の怒りの化身。


その姿を見て、曇って見えていた世界が急にはっきり見えた。




-あの事件を、その後ニュースで見た時に知った。

殺されたのは国の重役や、公務員、政治家など。

どれもステータスだけみれば優秀な人間ばかりだった。

その殺された人間の原因や繋がりなどを調査をしたところ、殺された全員が法律に触れるような事をしていたという。


しかし、それだけでは計算が合わない程の死体が現場には転がっていた。


たまたまあの場に、そういった人達が居合わせていたのだろうか。


現場近くの防犯カメラなどは、犯行前に全て壊されていたそうで、男の顔などの情報はないそうだ。


殺されなかった人たちの情報を元に、なんとか割り出そうとしているところらしい。


ニュースではそれ以上の事は何も報道されなかった。



どうにも納得がいかず、思考を巡らした。


「…もう一度あの人に会いたい」


何故、人間を虐殺したのか。

何故、私は殺されなかったのか。

殺した人間と、殺さなかった人間の違いは何なのか。


どうしても知りたい。


そこからすぐに会社を辞め、男の動向を探るべくテレビにかじりついた。


何かあの男に関する報道はないか、どこかに現れたのではないか。


最低限に睡眠を取り、大量にインスタントの類を買い込んで家に引きこもった。





男に関する目立った報道はなく、ニュースを見続けて、SNSを漁り、何週間か経とうとしていた時だった。


都内で一番大きい花火大会が開かれるというニュースがテレビで流れていた。


「本日の20時から開催される花火大会の中継で来ています。まだ18時を回ったところですが、大勢の観客が押し寄せています。」


関係の無いニュースだとチャンネルを回そうとしたその時、カメラの前をあの男が横切った。


ほんの一瞬だったが、間違いない。


たった一度、あの日に見ただけだが、目に焼き付いている。

忘れるはずがない。


ニュースは常に録画状態にしてあるので、すぐに巻き戻してもう一度確認した。


黒い頭髪に、あの鋭い目。

刀は見えなかったが、何より他の人間と雰囲気が明らかに違う。


他の人は気づかないのだろうか。


私はすぐに、着替えることもなく寝巻きのまま家を飛び出した。


花火大会の会場まで距離はあるが、まだ時間はある。

慌ててタクシーを拾い、会場に向かった。


会場の傍までは来れたが、花火の観客の車で道が渋滞していた。

歩いていくにはまだ少し距離があるが、走っていけばまだ間に合う。


もし男がまた人間を殺すとしたら、一番人間が集まっていて、観客が花火に気を取られている間を狙うはず。


何故かそんな気がした。


タクシーを降りて時計を確認すると19時54分。

一目散に会場に向かって走った。


「…お願い間に合って」


まだ会えると決まった訳では無いし、もし会えたとしても、次は殺されるかもしれない。


そうだとしても、いま私の中にあるのはあの男にもう一度会いたいという気持ちだけ。



もう少しで到着というところで、空に大きな花火が打ち上がった。


花火の音はとても大きく、聞こえる雑音を全てかき消した。


一発目の大きな花火が打ち上がってから、少し静寂があった。


すると、次に聞こえたのは花火の音ではなく女の悲鳴。


まだ完全に暗くはなっていないが、遠くまではもう見えない。


急いで悲鳴のする方へ駆け出した。

走ったせいで心臓が激しく鳴っている。

汗も拭う余裕もない。

脈打つ血がやけに熱く感じる。


その間に次の花火が打ち上がり、地上を照らした。


慌てる人混みをかき分けて少し広いところに出た。


そこに立っていたのは、あの日のあの男だった。

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