RESET
@yu-rinrin
第1話 襲撃
耳を塞がなくても何も聞こえない場所まで、地面を割って高く飛ぶ。
頭の中を空にして、誰も近づけないところまで。
雲を掴んで月にタッチしたら、勢いよく宙を蹴り返す。
全身で風を切り裂いて、重力に任せての急降下。
まだまだ地上までは距離がある。
この青い空の下は、ある者にとっては天国。
またある者にとっては、地獄。
生まれて間もなく見えない首輪をはめられて、大半の人間はこの首輪に不満を抱きながら従うか、気づくことすらなく搾取される。
国境を超えてもなお広がる、この星のルール。
生まれた環境、性格、恋愛観、人生の歩み方。
何が決め手で、その者にとってこの世が天国か地獄になるかはわからない。
しかも、困ったことに人間には選択肢が無限にあるように見えて、選べる者たちは極わずかである。
でも一つだけ言えることは、地獄だと知りながら生きながらえる弱者がいて、地獄があると知りながら手を差し伸べず、天国で笑うもの達がいるということ。
弱者に向ける強者の嘲笑が響き渡り、弱者の悲鳴はかき消される。
そんな世界。
「…気づかない内にすごい仕組みを作ったもんだな、この国の偉いさんたちは」
急降下を続けている男は、雲を貫いた後で一人呟いた。
必要だったのは弱者たちの立ち向かう覚悟。
しかし、ここまで型にはまってしまうと変えることは難しい。
いま必要なのは国の形ごと造り変えるような、リセット。
自分は他の奴らとは違い、高い場所にいると勘違いするクズの排除。
「…」
先程まで、風の音に占領された鼓膜に耐え難い雑音が混じる。
地上が近い。
男が両手に携える白刃に陽の光が反射している。
「…時間か」
男は小さく呟いた後、落下の速度を生かしたまま、手に持つ刀を人間目掛けて振り下ろした。
身体から吹き上がる血飛沫。
同時に聞こえてくるのは、断末魔ではなく周りの人間の悲鳴と絶叫。
男が見下ろすのは、二度と口を開くことの無い肉塊。
言葉が返ってこないと解りながら問いかける。
「…痛かった?」
「お前の罪を考えると即死は生温いと思うけど」
「まあ後は、本当の地獄で償ってよ」
「今までは色んな事して、楽しく生きてたんだからさ」
男はその血で染った現場から目を離すと、悲鳴を上げながら離れていく群衆に向かって走り出した。
瞬く間に距離を詰めると、今は赤く染った刀をまた一人に向かって振り下ろす。
一人、また一人と目にも留まらぬ速さで切り伏せていく。
大虐殺。
一見全ての人間が、見境なく殺されているように見える。
しかし、よく見ると斬られていない者もいる。
どういう目的でどういう人が斬られていくのかのはわからない。
とりあえず分かるのは男が、圧倒的に速く強いということ。
勿論抵抗しようとする者もいるが、ものともしない。
私も斬られなかった内の一人。
女だからという訳ではない。
殺された女性もいる。
もう一つ殺されていないのが子供。
何故か子供は一人も殺されていない。
冷静に判断できる状況ではないが、何故かよく見える。
恐怖心は勿論、涙も先程まで出ていたのに、今は視界が広い。
それどころか、高揚すら覚える。
人間が殺されていく現状に、興奮している。
「…やれ、もっと」
小さく声に出た。
次はもっと大きい声で。
「もっと殺して!!!」
気が付くと叫んでいた。
声が飛んでしまうほど大きな声で。
恐怖心や涙はもう無く、人が次々に殺されていく凄惨な現場で一人笑っていた。
男の姿は、まるで虐げられる人間の怒りを体現したかのようだった。
曇っていた気持ちが晴れていくような気分。
男は自分よりも大きい40歳くらいの男性の首を横に刎ねると、途端に立ち止まった。
「…ここはこんなもんかな」
あれだけ動き回ったにも関わらず、全く疲れている様子はない。
男は刀に付いた血を勢いよく払うと、走り出してビルを駆け上がりすぐに見えなくなった。
残されたのは、数え切れない程の死体と辺りを埋め尽くす程の血液。
それと殺されはしなかったものの、腰が抜けて動くことができない者。
その後すぐに、多くの警察が駆けつけたが、全て終わった後だった。
男がどういった目的でこんな事をしたのかは、わからない。
ただ単に人間を殺したかったのか、理由があったのか。
ただ一つ言えることは、さっきまで不快で仕方なかった雑音が消えていた。
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