第18話 Feige_03


「私は歯科医をしています。父も同職で、その父から歯科医が不足し人々が困窮していると聞き、この地へ参りましたの。歯科技師では無くて歯科医。歯を治療する方の。分かります?」

「知っているし、治療も経験しているよ」

「えっ、虫歯が? A&S( Aaronアーラン & Samuelサミュエル )研究所の施設で育ったのでしょ?殺菌剤のメッカでお膝元でしょ、どうして?」

 『歯科』の文字列と発せられた金切り声の所為でか、歯が妙に疼く。

「殺菌剤でなく抗菌剤だよ。他でそれ関連の事を喋ってくれるなよ?あそこに居た者と知られたく無くて、の労力が水泡に帰す。それに実名を出すな。その名称を聞くだけで虫唾が走る」


 例の凡庸抗菌抗生剤を世に出したのは医薬品企業なのでメッカ、所有物である無花果イチジクはお膝元、そういう意味だろう。

 凡庸抗菌抗生剤のお陰で、虫歯に悩まされる人は世界にそうは居ない。 あの金属音を知るの者は極稀で、虫歯菌だけでなく治療する側も駆逐され希少にのだ。 当然、歯科医と某医薬品企業は反目し、敵対関係、仇同士と云える。


「私に質問されても専門外だが、幼児期に親から移された虫歯菌がしぶとく生き残っている、と説明は受けたよ。同窓生にも虫歯の奴は少なからず居たし、この地にも多く見られるのだから、そう云う事じゃないのか?確かに歯科は足りていないな。『歯科を知らないか』と尋ねたのが店主との悪縁の始まり……あっ!」


 近いうちに良い歯科医を紹介する、と先月だったか店主に言われた。 それがこの女のことなのか。

 後々、治療を頼むかも知れない。 言葉を荒くして機嫌を損ねるのは得策でないか。


「(予めそう言ってくれれば良いものを)ンンッ、えっと、お幾つでしたっけ?されているなら私より幾らか歳上でしょう。さっきまで馴れ馴れしく話していたさんが、急に敬語を?意図が読めなくて気味が悪いですね」

「じょ、女性に歳をしつこく聞くのはマナーに欠けますよ?二十代とは言ったでしょ?」

「じゃあ“ 約二十代 ”同士。互いに年令やプライベートの詳細は聞かないと言うことで。話し方も歳の上下関係無くタメ口で良いでしょ。私も敬語は使えない方だから助かる」

「先程はそうしろと言われて……上から目線で交渉しないと貴方は聞き入れないだろうと。ああいった物言いは実は苦手なんです」

「ふふーん、芝居にしては堂にいったものだったが。それで?どうして店主は、私にお前さんを引き合わせたんだろうね?」

「私、極度の方向音痴で。気遣った師匠が、適当な同行者を、と貴方のことを教えてくれたんです。歳も近いし話しやすくて親しく出来るだろう、と。それに歯科医と話せば喜んで案内役を勝手でてくれる、とも」

「分かりました、いいですよ。長期滞在予定なら、私が使っているホテルに口添えしよう。アクセスも良いし、大概のことは融通を利かせてくれる。それだと私もフォロー可能だ。今後お世話になる事もあるだろうし、連絡を取り合うのもいいね」


 此処の地理や習慣に暗い彼女の“ ナビゲーター ”を請負う条件で、私は緊急時に往診してくれる“ 歯科医 ”を確保することが出来て、WinWinの商談成立だ。

 事実この地で治療を望めば数ヶ月先に為る。 それだけ歯科治療が確立されていない。

 度々呼び出されては困るが、歯痛に悩まされる不安を解消出来るのは有難いことなのだ。 回りくどい紹介の仕方だったが、店主にも感謝せねばなるまい。


「処で何故、店主を師匠と呼んでいるの?」

「聞いていません?ああ見えて師匠、歯科医大の助教授だったんですよ?」


 (それならあの人が診てくれれば良かったって話じゃないか!)


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