第17話 Feige_02


 喫煙スペースから近い最後尾の車両に乗り込んだ。 停車するどのステーションも上りエスカレーターから遠い最後尾なので、乗客は皆無。 更には、監視者も別車両に乗り込んだ様で、乗っているのは私と女だけである。


 (監視者は素知らぬ顔、って何故この女はノーマーク!)


 怒りの矛先を誤りそうだが、何か遭った時は飛び込んで来て貰えるよう、前の車両近くに行こうとした。 が、女はど真ん中の座席に手荷物を突っ込み腰掛け、自分の前の座席を顎で示している。

 なんと横柄な態度だろう、と思うが取り敢えず私はその通路側に立った。


「座られては如何?動き出すと危ないですよ?」

「No thank you.(一々苛つかせる女だ)」

「ここなら普通に話しても、誰にも聞こえないでしょう。さっきの問いですが、音声通信端末については、その類いの端末が埋め込まれていないか探査して確認済み、と師匠から聞いています。この席にも、貴方にも、今現在有りませんので安心して下さい」

 女が何やら小型端末を胸元からチラリと見せる。 ブルーのライトが点滅している。 それと一緒に膨らみと谷間が確認された。

 女はそそくさとそれをしまい込んだがその折りに目が合い、気不味かったが私は見返してやった。


「では!改めて自己紹介を……」

「話の腰を折り、済まないがその前に訊きたい。監視者の存在を何故知っている?」

「それは……店を出てすぐ貴方、裏口に来たでしょ?何かをゴミ焼却炉に入れて、燃えつきるのを見届けていたのか立ち竦んでて……。」


 ギクリとした。 まさか見られていたとは考えもしなかった。

 店の者以外誰も来やしない、と警戒を怠ったのだが、燃やした書類の内容が知れるより、無防備な姿を晒したかと。 其れが嫌な気にさせる。



 一つ目の停車駅に着き、乗降扉が開放され二人は会話を途切らせる。 車両連結部のドアのアクリル窓から様子を窺いみた者がいたが、ここでも乗客は入って来なかった。


「……。裏口から出入りする程あの店の馴染みなのか」

 乗降扉が閉まり、私は会話を続けなくては、と二の句を押し出した。 今の私は凡そ苦虫を噛み潰した表情であろう。


「そのままで居られると気になってしまう。本当にお座りになって。ほら」

 女は窓際に席を移し、今度は自分の隣りに座るよう言った。 うんざり顔のままで体を投げると、シートと背凭れが受け止める。 それを待っていたかの様に、温かさと残り香が五感に伝わってくる。


ではあるかな。カウンターの奥に隠れて店にいる貴方を見てた。貴方が店を出ると同時に、慌てて裏口から出ようとしたの。でも出ていく切っ掛けを失ってしまって……貴方が後ろを向いて二十数えて飛び出して、追い掛けようとしたら男の人に呼び止められた。身分照会されたわ。貴方のボディーガードは優秀ね。追い掛ける理由を話すと、やんわり解放してくれた上にアドバイスまで頂いた」

「目的地のCENTRUMまで同行すると言ったんだろ?何の為のアドバイス?意味が通じない」

「“ 彼を気に入ったから自室に誘いたい、自由恋愛を邪魔立てしないで欲しい ” と言ったら“ 夜道で声を掛けると商売女に思われるので、明るい所へ出るまで待ちなさい ” と」

「はっ?っなことよくも。だから二人きりにしたのか、はぁ〜(今頃どう思われているか、考えたくも無い、恥ずかしい)」

 声が裏返る程に否定したくなったのは、『自由恋愛』が何を意味するのか、に尽きる。


 人口が増えない一方で、出産可能な女性は刻一刻と減っている。 そして独身者の結婚が義務に近いが、一夫多妻制のエリアも根強く存在していて、この男女比が大きく偏りを見せている。 結果『自由恋愛』に於いて、相手選びの優先権で女が男にマウントを取る。

 痛々しい現代だ。 況てや、 Doomsday終末の Seeds種実 という VIP の希望を妨害する者はいない。 身辺警護の約定にも自由恋愛への対処が記載されていたと記憶する。


 (アドバイスまでして見守った、と報告すれば金一封が支給されるかも、だよな)


「何を想像しているのか知りませんが、変に勘繰らないで下さいね。『尋ねられたらこう話せ』と師匠から教えられたからであって、見ただけ話してもいない人を気に入るとか恋愛するとか有り得ないし、今も何とも言えません。ガッカリさせるでしょうが」

「ガッカリしないし、何ならこのままサヨナラして二度と会わなくても結構」

「あぁあぁもう。そんなに気を悪くしないで。このままでは、何も話せない間に着いてしまいそうだわ。私は、 Nina Rika 。日本名で漢字で書くとこう」


 女は素早く私の手を取り、手の平に『仁名にいな りか』と四角い三文字を指で書いた。


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