赤い糸調査委員会
放課後になると、二枚いただいた手紙の内一枚で指定されていた図書室に、まずは向かおうと思いました。しかしながら、その道すがらの人ごみに、か弱い乙女は負けました。しくしくと、しおらしい涙を流すことしかできない私をお許し下さい。
次に向かうは、もう片方の手紙で指定されていた生徒会室です。生徒会といえば、どうしてもリア充爆破委員会の名が浮かびます。そんな告白とは正反対に位置しそうな場所を指定して、告白するような命知らずがいるのでしょうか。
もしかしたら灯台下暗し的な意味合いで、逆に安全だったりするのでしょうか。流石に自分達の活動場所を爆破しないのかもしれません。そう考えていくと、二枚の手紙の内、図書室はブラフで、こちらが本命なのかもしれません。これから想いを伝えようという時に、ブラフを用意しようとするのは意味が分かりませんが。
生徒会室の扉前には誰もおらず、こっそりと扉に耳を当てますが、何も聞こえてきません。爆発音がうるさいくらいです。今日はいつもより爆発しているように感じます。ゆっくりと深呼吸して扉をノックしますが、中からの返答はありません。
これは失敗したのでしょうか。あの人ごみを無理やりにでも突き進み、図書室に向かうべきでした。手紙の差出人は、今でも図書室で私のことを待っていてくれていると思うと、胸が張り裂けそうになります。
顔も知らない誰かのために、覚悟を決めた……つもりなのですが。
「あなたはリア充爆破委員会の関係者か何か?」
いつの間にか薙刀を持った集団に取り囲まれています。いくら変な委員会が多いからって、薙刀を持ち歩く委員会は聞いたことがありません。そういえば、朝のグラウンド隅で薙刀を振り回している集団がいたことを思い出しました。
私の目の前で、薙刀の鋭い一撃により扉が破壊され、室内が物色されていきます。しかし、やはり中には誰もおらず、カーテンの締め切られた室内は薄暗い状態です。
「ねぇ、聞こえてる?」
というかこの人、可愛い顔して怖いです。殺気が素人の私でも分かるくらいに迸っています。少し手が血で汚れているのが見えました。もしや既にお殺しになられた後でいらっしゃいますか?
「まだ死にたくないです……」と戦々恐々、せめてもの低姿勢で応えます。
「え、あなたがリア充爆破委員会のメンバーじゃなければ何もしないけど……」
意外とお優しいのかもしれません。少し冷静になったようで、手に付いた血を今更ながら隠そうとしています。
「ここに来たのは、リア充になるためとでも言いますか。リア充爆破委員会はむしろ敵とでも言いますか――」
「あら」
彼女は興味津々といった様子でこちらの顔を覗き込み、そして周囲の部下? でしょうかに声をかけました。何事かと思っていれば、指示された人は薙刀を持ってきたではありませんか。それを手渡され、何事か分からぬ間に集団の一員として数えられるに至ったのです。
「薙刀なんて触ったこともないです!」
「今さわってる」
「そういう意味じゃないです!」
そもそもこの集団は何をしようとしているのでしょうか。そうしている間にも、私のような薙刀を手渡されている人達は増えていっている様子。
「……あの、これってどこに向かってるんですか」
「仲間から報告があった。高村慶介は今、グラウンドの中央に仲間を引き連れて立っている」
嫌な予感が脳裏を過ぎりました。まさか。
「これから始まるのは戦争よ」
「え」
嫌です、死にたくないです。逃げようにもか弱い乙女は、この人ごみを抜けることはできませんでした。グラウンドに着くと、互いに名乗り上げるまでもなく薙刀を持った集団が突っ込んでいきます。
しかし、リア充爆破委員会が用意した爆発物その他科学の叡智を使った攻撃に対し、薙刀という近接最強武器で挑んだところで、暖簾に腕押し。全く持って手ごたえというものがありません。立ち上る砂埃に眼が痛いです。高村慶介の高笑いが、この戦況を物語っています。
かくいう私は隅っこで薙刀を持って震えていました。こんな戦いに意味はあるのでしょうか。勝利者なんて生まれない無意味な戦いなのではないでしょうか。
そんな私の胸中はつゆ知らず。皆が制服を汚し、額から血を滴らせるのでした。
「想像以上に一方的ね」
「そらそうですよ」
そこに二人の男女が現れました。
「さて、行くわよ後輩」
「一応、斉藤隆一という名前があるんですが」
〇
二人は戦場を手慣れた様子で進んでいきます。それはまるで攻撃が避けているようで、何かよくできたマジックを見ているかのようで、先輩らしい女性の美しさも相まって華麗さすら感じました。その後ろをついて回る怪しい影の正体は、私です。陰に生きる私には丁度いい立ち位置です。
「あなたがいると攻撃されないっていうのは本当だったのね」
「一応リア充爆破委員会の構成員ですし。流石に告白とかしようとしたらダメでしょうけど」
あぁ、この男子はそういう立ち位置な訳ですか。それにしたって、この二人の動向は気になります。意味も分からず、いきなり巻き込まれてしまった私と違い、二人は何の目的でこの戦場に足を踏み入れたのでしょう。
そんな怪しげな二人は、まっすぐグラウンドの中央、つまりはリア充爆破委員会の委員長にいして生徒会長である高村慶介のいる場所へと向かいました。爆発物で守られていた彼でしたが、何も武器も持たない二人が近づくのは何も問題はないようです。ちなみに、私の薙刀は捨てておきました。
「おぉ、斎藤隆一。どうしたんだ? 高槻凛なんて引き連れて」
この男が、リア充爆破委員会の会長にして生徒会長の斎藤隆一であるようです。もしかせずとも私は視界に入っていませんかね。まぁ、いいです。こうして近くでお目にかかるのは初めてですが、なるほど、皆が騒ぐイケメンでありました。
「彼女が先輩に伝えたいことがあるというので、お連れしました」
「そうか……男が苦手だと聞いていたが、うちの後輩を連れて何か用かい? 高槻凛」
「その前に。こうして言葉を交わすのは初めてかしら」
「そうだな。一応名前と顔だけは知ってたぞ」
「私もよ、高村慶介」
高槻凛……高槻凛……あぁ、成績優秀者で学年二位の。思い出しました。どこかで聞きなじみのある名前だと思いましたが、彼女も成績と容姿を共に兼ね備えた人物でしたか。神は二物を与えないと言いますが、きっとあれは嘘ですね。
「私は言わなければならないことがあって、ここに来た」
凛先輩は生徒会長に歩み寄りました。
「さっさと用件を頼む――」
先ほどまで楽しそうにしていた男の表情が急に曇りました。なんと凛先輩が、生徒会長に抱きついたのです。そして、
「芦川桜! 私は桜のことが好き!」
よく通る声でした。周囲で薙刀を振るっていた面々が、一斉にこちらを振りむくくらいに。
「誰やねん」という突っ込みは野暮でしょう。この集団の中にその芦川桜という方はいるのでしょうか。この声が聞こえているのでしょうか。
それにしても。
「やはり爆破されない。自分は爆破されないようにしていた訳だ」
とうんうん頷く男が一人。
そういえばそうです。その事実に気付いたのは、思いのほか多いようでありました。薙刀を捨てて、生徒会長の元へ駆けていく学生の数は、両手で数えられる限界を優に超えています。
「厄介なことをしやがって」
いつの間にか離れていた凛先輩を、苛立たし気に睨む生徒会長。
「自分も爆破される覚悟もなしに、なにがリア充爆破委員会よ。遅かれ速かれ、気付かれて利用される運命だったわ」
「この話をしたのは俺なんですけどね」
「黙って」
部下たちに指示を出し、どこかへ逃げていく生徒会長の背中を見つつ、満足げな表情を浮かべる二人。そこに駆け寄ってくる一人の女子高生がいました。それは生徒会室前で私に声をかけてきた人でもありました。
「先輩、無茶しないでくださいよ」
「いいのよ桜。私がしたいことだったから」
あぁ、彼女があの芦川桜なのですね。
「ちゃんと聞こえた?」
「はい、それはそれはしっかりと」
芦川桜の肌色の頬が、うっすら赤く染まります。
「先輩! 今度、勉強教えてください。先輩と同じ大学に行きたいんです」
「そう、だったら相当頑張らないとね」
砂埃舞う戦場の中心で、二人の眩しく美しい笑顔が咲きました。
その後、二人のデートを妨害しようと画策するリア充爆破委員会と、二人のことを守ろうとする図書室護衛管理委員会の闘争が激化の一途を辿ることになるのですが、それはまた別のお話です。
リア充爆破委員会 メモ帳 @TO963
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