桜前線保持委員会

「先輩! 僕は……いや、私は! 先輩のことが好きです!」

 私は彼女の言葉を聞き、酷く混乱しました。思い返されるは男女の恋を描いた小説の数々であり、私と彼女がしてきた会話の数々でもありました。恋愛とは程遠い生活をしてきた私たち二人にとって、語るべき恋バナは空想世界の恋愛だったのです。

「だって、あなたは――」

 女性じゃない――という言葉は飲み込みます。

 真一文字に結ばれた口に、硬く握りしめられたスカートの裾。小さな口から吐き出される深い深い振るえた息。ボーイッシュなショートヘアーも微かに揺れています。コロコロと面白いくらいに変わっていた表情が、今は緊張で固まっていました。

 彼女と初めて言葉を交わした時、いきなり「凛さん」と呼ばれた時は驚きました。それでいて人称が「僕」というのもまた印象的でした。でも彼女はそういう人で、私にとって一緒にいて楽しい友達にいつしか変わっていきました。図書室に来て、カウンターに彼女がいると少し嬉しくて、勉強もいつもより頑張れるような気さえしたのです。

 人とコミュニケーションを取るのが苦手で、勉強しかしてこなかった私にとって、唯一の趣味である本の感想を語り合える相手というのは彼女くらいしかいませんでした。ただ義務感で来ていた図書室に来ることを、楽しいと感じられるようになったのは、紛れもなく彼女のおかげです。

 そんな彼女に「好きです」と告げられました。

 彼女の表情を見れば分かります。その好きは、友人としての好きではないのでしょう。もっと別の恋愛感情としての好きである、と言葉以上に表情が語っていました。そして、そんな一世一代の告白が、リア充爆破委員会の爆破対象にならないのは、私と彼女が共に女性だからなのでしょうか。

 それはどうにも釈然としません。

 それではまるで、彼女の抱いた感情は恋愛感情ではないとでも突き付けられたかのようで、それは嘘の感情だと示されたかのようで。そこには息苦しさがありました。頭がどうしようもないくらいに熱を帯び、胸中渦巻くは忘れかけてた悔しさでした。

 私も彼女も、同じ気持ちだったのです。それを無意識の彼方に追いやった私と違い、彼女は悩んだ末に想いを告げた。私はそれに応える必要があるのでしょう。

「私も芦川桜……あなたのことが――」

 そんな私の想いが声になることはありませんでした。目の前に激しく光る閃光と、鼓膜が割れんばかりの爆音。何が起きたのか判別がつかないほどの一瞬で、意識が持っていかれました。少しばかり舌を噛んでしまい、口の中に鉄の味が広がります。痛みと共に覚醒していく意識が、私にもう一度、もう一度と囁きました。

「私は! 桜のことが――」

 そして再び爆発。埃が舞い、いつも勉強していたテーブルが砕けました。蛍光灯が割れ、その破片が降り注ぎます。そんな私の心を支配していくは恐怖心。想いを伝えようとすると爆破が起きるという分かりやすさが、私の口を閉ざすのです。

「もういいんです、先輩。十二分に伝わりました」

 彼女の髪や制服は埃にまみれていました。そうか、たとえ言葉にできずとも、想いを伝えようとする私の行動が、彼女に想いを伝えたのだ。ちくりと頬や舌が痛みます。私の頬に触れた彼女の手が血で汚れました。

「だから、ちょっとリア充爆破委員会を潰してきます」

「へ?」


   〇


 貸出カウンターの下から薙刀を持ち出して、彼女は図書室を飛び出していきました。ただ一人、爆破で破壊された図書室に置いて行かれた私は、その背中を見ていることしかできませんでした。

 その背中を追って止めることだってできたでしょう。私が求めていることは、そんなことではないと声を出すこともできたはずです。でも私は何もしませんでした。外から何発も爆発が轟きました。その度に、私の身体は委縮して震えました。

「災難でしたね、高槻先輩」

 ふと名前も知らない後輩らしき男に声をかけられました。壊れず残った椅子に座って、窓の外を眺めています。

「全部見てました。今は図書室護衛管理委員会の面々が薙刀もって、リア充爆破委員会と正面切っての戦争が始まりそうです」

 何も言わない私を見て、彼はさらに言葉を続けます。

「はっきり言いますが、リア充爆破委員会に負ける要素はないですよ。付け焼刃の薙刀集団に、負けるほど軟ではありません。相手に女性が多いからって手を抜くような人でもないですし」

「負けたら……どうなるの?」

「まぁ、解体でしょうね。生徒会長ですし、それくらいの権力はありますよ。場合によっては退学までいくかもしれませんね」

 私は彼女を止めなかったことを後悔しました。ただ彼女と一緒にいることができればそれで良かった。それなのに――。

「高槻先輩は悔しくないんですか?」

 この男は何を言っているのでしょうか?

「これまで学業成績は高村慶介に次いで二位をキープ。それは褒められることかもしれませんが、逆を返せば高村慶介に負け続けたとも言えるでしょう。それでも勉強をし続けているのは、最後くらい彼に勝ちたいという想いがあったのではないですか?」

「そんなことはな――」男は私の言葉を遮り、

「ない、と言い切れるんですか? 本当に? 先輩と彼女が想いを通わせようとしていた瞬間ですら、爆破で邪魔され、先輩はあの男に散々コケにされている訳です。いいですか? 改めて聞きます」

 連続して爆発が発生しました。空高く上る煙が視界の端に見えます。もう戦争は始まっているのでしょうか。あの煙のどれかは、彼女を傷つけた印なのでしょうか。

「あの男に勝ちたくないですか?」

 爆破で燃えた勉強道具が足元に転がっています。幾度となく張り出され続けた成績の順位は、いつも変わらず二位であり続けました。それを当たり前として受け入れるようになったのは、悔しいという気持ちが沸いてこなくなったから。それは私が大人になったからでしょうか。

 いや、違う。

「私はまだ負けてない」

 彼は少しばかりもの寂しそうな顔で、私を見つめていました。その瞳に私は応えます。

「最後に勝って笑うのは私よ」

 戦う意味をありがとう。

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