図書室護衛管理委員会
僕にはその後も、あのリア充爆破委員会の男からの誘いはありませんでした。僕には想いを告げる機会なぞ与えられないというように、ただ無為に時間たけが過ぎていきます。
その間にも、彼女は図書室に毎日のように訪れていました。
いつ見てもノートや参考書を広げ、真面目な表情でペンを走らせています。ただその心地よい音だけが聞こえる図書室の静けさを守ることが、僕の数少ない使命。今日も図書室に危険はないか目を配り、本の貸し借りの管理に精を出すのです。
図書室護衛管理委員会というのは、それなりに忙しい委員会なのです。
この学校には武力を兼ね備えた委員会が数多くいます。問答無用で爆破してくるリア充爆破委員会は言わずもがな。サンタクロース捕獲委員会はクリスマス当日を除いた毎日を鍛錬に費やしています。外のグラウンドで軍隊張りに鍛えている者達がいれば、間違いなく彼らでしょう。喧嘩代行委員会は腕っぷしに自信がある者が集い、喧嘩代行業を営んでいるといいます。大穴の引き籠り撲滅委員会は、引き籠りを相手取った交渉術から、引き籠りに際して築かれたバリケードを突破するための武具を所持しているとの噂です。
つまり、この学校で生き残るために必要なのは武力。弱い者は淘汰されていくしかない弱肉強食の世界なのです。もしかしたら、この図書室の安全を脅かそうとする委員会がいないとも限りません。その際には戦えるだけの最低限度の戦力を備えておくことも、我々委員会の仕事なのです。本の貸出カウンターの下に、薙刀を隠し持っていることは委員会メンバーだけが知っている秘密です。
「あのぉ、本を借りたいのですが……」
あ。ふと意識が飛んでいました。すると目の前に高槻凛がいるではありませんか。そして思わず、
「あ、凛さん」
と名前を読んでしまいました。これは一生の不覚、どうにか誤魔化そうとしますが、視線はカウンターの木の板に向くばかりで、彼女の目を見ることすら叶いません。頬がほてっているのが分かります。
「どうして……私の名前を……?」
少しばかり視線を上に向けると、不思議そうに首を傾げる彼女がいました。可愛い。
「――いつも来ていらっしゃるので印象に残っている、とでも言いますか……この間、新刊の恋愛小説を借りにいらした際に、たまたま学生証の名前が目に入って、それで」
「あぁ、なるほど。確かに私、毎日来てますからね」
彼女は静かな微笑を称えました。
「それに、高槻凛って名前は成績優秀者でお見かけしたことがあります。学年二位、それで印象にも残ってたんだと思います」
高槻凛という名前を最初に知った時、どこかで聞き覚えがあるようなもやもやとした感覚があったのです。それもそのはず。この学校ではテストの成績上位者が張り出され、そこで幾度となく見た名前だったという訳です。
「……二位ですけど、覚えて下さってたんですね」
彼女は少し意外そうに言いました。
「どうしてです? 二位だからこそですよ」
「いえ、二位って印象が薄いじゃないですか。どうしても目立つのは一位ばかりで」
「そうでしょうか?」
少なくとも私はそうは思わないのです。
「一位も二位もどっちも凄い。そういう僕は単純過ぎますか?」
彼女は一瞬、驚いたような表情を浮かべます。でもすぐに笑顔になって、「ありがとう」と彼女は言いました。
勉強している凛々しい表情も好きだけれども、そうして笑っている表情も素敵でした。
それから僕と彼女は図書室でときおり声をかけあって、色々な話をしました。彼女が桜前線保持委員会としてしてきた活動の数々や、読んだ本の感想など。そういえば、こないだ借りていった新刊は、彼女の御眼鏡には叶わなかったようでした。
「私には結局のところ、こういう普通の恋愛はできないんだと思うの」
「普通……ですか?」
その本のあらすじはたしかこんな感じでした。
学校でも札付きの悪だった男子高校生と、学校でも有名な優等生である女子高生の間で紡がれる甘酸っぱいストーリーが前半部では描かれる。しかし、そんな二人の仲を引き裂こうとする残酷な現実が交錯し、衝撃に次ぐ衝撃展開が重なって迎える最後のハッピーエンドが泣ける……というこんな感じの触れ込みでした。
実際、彼女が借りた後に僕も借りて読んでみたけれど、最初は二人の会話劇の面白さだけで持っている作品かと思いました。しかし、それらの会話の中に仕込まれた伏線が回収されていくことで明かされる真実により――タイムリープを繰り返して彼女を救おうとする不良高校生の物語――だったという一面が顔を出すのです。
いわゆる叙述トリックとでもいうのでしょうか。衝撃度で言えばかなりのものでした。そんな感想を抱いた僕と、彼女の感想はどうにもすれ違います。それにタイムリープが持ち出される恋愛が、普通とは僕には言えません。
「あの作品を読みながらずっと考えてた。何故、彼はここまで必死になって彼女を救おうとするんだろって」
「はぁ、それは……その、好きだから? では?」
「そう、きっとそれが普通。好きになった相手のためなら、あの作品のヒーローは本気になれる人だった。でもね。私はどうなんだろうって、どうしても考えてしまうの」
その時、窓の外で爆発が置きました。窓ガラスが揺れ、煙が上がっています。現場はすぐ近くだったようです。
「断言できる。私はきっとヒロインを見捨てるわ」
〇
『告白したいことがあります。放課後に音楽室で待っています』
と書かれた紙が下駄箱に入っていました。図書室護衛管理委員会の週一で執り行われる訓練の日、グラウンドの隅を貸切って薙刀の訓練をするために、朝早くから学校に来ていたのでした。
今日は五月の最終金曜日。あの委員会の男が、一斉に告白すると定めた日。もしかして、どこかの誰かが僕に告白しようとしている? だとしても、何故この手紙は僕の元にちゃんと届いている? こんなあからさまに告白に繋がりそうな行為、リア充爆破委員会の爆破対称になりそうなものです。
だとすると、これをした人間はリア充爆破委員会の誰かがしたのではないか。
その予想を確かめるために、隣の下駄箱も、その隣も開けてみます。すると同じような紙が、全部の下駄箱に入っていました。その行動の意味が、僕には理解できませんでした。でもこれは、今日行われるであろう一斉告白の布石だということは予想できました。
となると……。
僕はまっすぐに高槻倫の下駄箱へと向かいました。開けばやはり、そこにも同じような手紙が。中には『告白したいことがあります。放課後に図書室で待っています』と書かれています。
この手紙にどんな意味があるのか、その真意はやはり分かりません。でも、彼女に少しでも爆破の火の粉がかかるようなことがあってはならない。その手紙は、そこら辺の適当な人の下駄箱に突っ込んでおくことにしました。
その名前も知らない誰かは、登校して早々に謎の手紙二つを見て何を思うのでしょうか。
それはさておき。
僕は悩みました。放課後、誰かが彼女に告白するようなことがあっていいのか。その可能性をこれまで考えたことがありませんでした。そこで委員会の仲間に声をかけたのです。放課後、高槻凛以外の人物をできるだけ近づけないようにして欲しい、と。
どこか浮ついた空気と緊張感が混じった学校の雰囲気に、僕はどうしようもなく飲まれそうになります。同じクラスの生徒の中にも、あの男に煽られた者が何人もいるのだろうと夢想します。放課後という勝負の時を、今か今かと待っているのかもしれないとまで想像力を働かせました。
その緊張と覚悟は、僕にまで伝播してしまったのでしょう。
放課後、彼女と僕だけしかいません。彼女もその異様さに気付いたのでしょう。
「他の人は? 今日はやけにここに来るまでに人が多かったけれど――」
「さぁ……そういえば、先輩の下駄箱って何か手紙が入ってたりしましたか?」
「あぁ、それね。みんなのところには入ってたみたいだけど、私のところにはなかったんだよね」
「そうですか」
時計の針がカチカチと回る音が聞こえました。この場所はこれほどまでに静かだったのでしょうか。頭の奥が熱を帯びて熱くなります。いつの間にか大きく吸い込んだ息を、吐き出すタイミングを失いそうになります。彼女と面を合わせて会話することに慣れつつあると思っていたのですが、それも全て初めて声をかわした頃に戻ってしまったようでした。それでも言わなければなりません。今のタイミングでしか伝えることのできないことが。
「先輩! 僕は……いや、私は! 先輩のことが好きです!」
学校の至るところから響き渡る爆発音。それでも僕の言葉は声になった。
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