後編

リア充爆破委員会

 恋愛は戦である。何故なら知略がものをいうからだ。

 そんな馬鹿なと笑うでない。素晴らしき物資や立地その他に恵まれた国が、周辺国に狙われることが多いように、素晴らしき容姿に性格その他を携えた者を狙う人間は多い。互いに牽制し合い、愛しきあの子の情報をかき集める。時には騙し合いが行われることは、過去の名作小説の幾つかを掻い摘まんで読んで見れば分かる。

 喰う喰われるの強弱がはっきりとした自然界と等しく、人間界の恋愛においても弱者と強者がいるという残酷な事実は、十数年ぽっちの経験で窺い知ることができる。だがこの学校において、その弱者と強者の隔たりは、爆破という荒技で取り払われ、フラットな環境で競うことができるというのは、弱者にとっては救いだったと言えよう。皆が恋愛に対して消極的な今、アピールすることでライバルに差をつけるのだ。

 さて、そのために乗り越えるべき強大な障害はリア充爆破委員会であろう。

 リア充爆破委員会の構成員である俺が言うのもおかしい話だが、この委員会が構築した爆破システムは異常だ。とある委員会が所持しているという超高性能人工知能を駆使し、学校の至るところに仕掛けられた監視カメラや盗聴器からの情報などを解析させ、リア充爆破委員会が断罪に値する敵を見つけ出し、自動的に爆破する。

 ネット社会において重宝されるチャットも意味をなさない。どうやっているのか定かではないが、それらも全てシステムによって検閲され、爆破と同じく自動的に不純な行為にはブロッキングがかかる。

 全てはシステムによって自動化する技術があるからこそできた芸当だ。我々は強固なセキュリティに守られたサーバを攻撃するが如く、高い壁に覆われた城壁を攻略するが如く、システムを瓦解させなければいけない。

 そこで俺が考えた作戦は単純明快だ。

 システムをパンクさせる――同時多発的に恋愛に繋がるようなイベントを発生させ、その全てへの対処に手が回らないようにするのだ。そんな中、自分だけがその攻撃から逃れるように画策する。だが、その作戦は俺一人では到底不可能な芸当であった。

 この学校にいる全生徒を巻き込むような一大ムーブメントが必要になってくる。そこで俺は行動を開始した。

 バレンタインデーは、お菓子業界が仕組んだチョコを売り出すための戦略だという話がある。それと同じように、ある日をみんなで告白する日と定め、みんなの行動を統一させる。誰もが考えついたとしても実行に移せないだろうそれを、俺は実践することにしたのだ。

 誰が誰のことを好きなのか、という週刊誌が好きそうなネタに困らないことが幸いした。思いを告げたくとも爆破から逃げている者達を煽り、同じ日に一斉に告白させる。「何でもない日を特別にしよう」と言い添えれば、大抵が首を縦に振った。覚悟を決めたような表情で、このチャンスをものにしようと目を輝かせた。

 そういった人を煽る行動が、リア充爆破委員会が定めている違法行為に抵触するかは定かではなく、そこが最初の心配点ではあったが、俺がその日を広めること自体は爆破される対象とはならなかったようだ。

 かくいう自分も思いを告げる気でいた。場所は図書室。監視カメラや盗聴器の数が最も少なく、爆破される可能性が最も低い場所だ。それに彼女は放課後いつもそこにいた。学年二位の成績でありながら、彼女は日夜勉強に励んでいる。

 学業の成績と、桜前線保持委員会としての活動を鑑みても、彼女が進学する大学に困るとは思えない。入試だって、推薦入学だって難しいものではないだろう。それでも狂ったかのように勉学に打ち込む彼女の心根には一体なにがあるのか。

 彼女のことを知りたいと思う気持ちは、たとえ爆破されるという恐怖心であっても止められない。


   〇


 誰かに対して恋慕の感情を抱いた者達を煽った。そして運命の当日に、俺はダメ押しの一手を打った。全生徒の下駄箱のロッカーに、「放課後に○○で待っています」と書いた手紙を投函したのだ。たとえ俺が言葉を並べ立て、口八丁で言いくるめたとしても、学校の生徒が一斉に告白するということに半信半疑なものもいると思われた。

 それではダメだ。あくまで一斉にという一大ムーブメントが重要なのだ。だったらその疑惑を、今日は学校全体を巻き込んだ告白に関連した何かが起こると印象付けることで、何とかして晴らそうという魂胆だ。そんな思惑通りに、皆が動いてくれるかは定かではない。それでもやらないよりはマシだろう。

 戦いの前に積み重ねた準備の段階で、戦いの決着はついているのだという。

 だとすれば、今日挑む戦いはどうなる。誰か一人でもいい、想いを伝えることができれば我々の勝利だと言っていいだろう。その一人が俺であれば尚いい。

 皆がそわそわとした空気をその身に纏い、放課後という決着の時を待っている。リア充爆破委員会の作り出したシステムは、この空気を読むことができているのだろうか。これから二百名以上の学生が同時に告白しようとする事実を理解しているのだろうか。

 そして何よりも気になることがある。

 人工知能が恋愛と判断する境界線はどこにあるのだろうか。

 単純な「好き」とか「愛している」とかいう言葉だけで、全てを判断しているとは思えない。かの文豪が言ったとされる「月が綺麗ですね」という夜空を見上げた感想ですら、愛の表現として、”I love you”の翻訳として通用する日本語の奥深さを、機械風情に理解できるのだろうか。

 分からない。もっと情報を集めるべきだったという後悔ばかりが、胸中に募っていく。

 そもそも彼女は図書室に今日もいてくれるだろうか。念のためにと彼女の下駄箱に投函した手紙には、放課後に図書室で待っているというような内容が書いてある。それが逆効果にならないことを願うほかない。

 そもそも彼女に想いを伝えようとする者が、俺一人だとは限らない。先んじて彼女に誰かが告白し、二番手となった俺はどうするべきか。分からない。そんな可能性は一番に思いつくも、すぐに思考の外へと追いやった。

 授業なんて耳に入らなかった。数学では睡魔と戦い、国語では知的に見える告白のセリフを考えた。日本語がダメなら英語でもいいかもしれないと、英語辞典で告白に良さげな単語を探した。購買で買った総菜パンを、ミルクティーと共に飲み込んだ。味は特に語ることもない、いつもと同じものだった。

 そして放課後がやって来る。

 こういう時に限って、教師が長話をしたり、連絡事項が多かったりする。一秒が一分にも感じられる。わずかな時間のずれですら、俺の焦りを助長させる。そして他のクラスの生徒よりわずかに遅れて教室を出た。

 向かう先は図書室以外にない。俺のいる教室からは、一つ階段を駆け上がり、長い廊下を進んだ突き当りにある。こういう急ぎたいときに限って、その道中の人ごみにつかまったりするのだ。頼む、進ませてくれという願いむなしく、俺はその人の群れから弾かれるように戻されていく。それでも諦めないと力を込めた。そうして身体がボロボロになりながら辿り着いた図書室を前に、視界は揺らぎ、床に倒れ込む。やっと、やっとだ。ここがスタートラインだ。

 しかし、俺は遅かった。

 階下の至るところから聞こえてくる爆発音。それは、想いを告げる前に散っていった兵隊達の悲痛な叫びだ。だが、この戦いにおいて必要な犠牲であり、彼らを踏み台にしてでも俺は想いを伝えたかった。

 それなのに――やっと辿り着いた図書室から聞こえてきたのは、「好きです」というシンプルな愛の告白であった。この戦いにおける勝者が誕生した瞬間である。

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