赤い糸調査委員会

 運命の赤い糸という言葉があります。

 私とあの人の小指と小指は赤い糸で結ばれているという表現は、今となっては古すぎるのでしょうか。しかし、あの人と私は前世から運命付けられた関係性だというのは、シチュエーションとしては百点満点だと私は考えるのです。

 ですが残念なことに、小指と小指を結びつける運命の赤い糸なんてものは、目で見えません。見えるという方には良い精神科をお勧め致します。もしくは自身がストーカー気質だと自覚すべきかもしれません。

 恋心を抱く度に、「あぁ、これは運命の出会いなんだぁ」とシンデレラストーリーを妄想し、布団の中で顔を真っ赤にする年齢はとっくに卒業したのです。私の美しさに嫉妬する魔女なんていないということは知っていますし、眠っている間にファーストキスを奪われるなんてことは御免被るのでした。

 もう私も華の高校生。大人へと日々近づいていくお年頃なのです。現実を知り、恋愛小説に描かれているような恋はないのだと心に刻みつけています。

 しかし、しかしですよ。このように言い訳を並べ立てたとしても、諦めきれないものというものがあるのです。高校に入れば甘ったるい恋ができる気がしていたのです。

 さて、現実をご覧下さい。毎日どこかで爆発が起きていました。

 それも全て生徒会長である高村慶介の所属するリア充爆破委員会によるものです。高校は勉学に勤しむべきであるという主張に則り、女性の尻を追っかける不埒な男性を成敗し、男性に色目を使う女性も男女平等パンチで吹っ飛ばすのでした。

 そんな独裁者たる彼に対して、正面切って戦いを挑むような勇者は一人もいませんでした。原因はいくつかあるでしょうが、一つは彼を敬愛して止まないファンクラブの面々が一癖も二癖もあるからでしょうか。

 さながら危険思想の宗教団体を彷彿とさせる彼のファンクラブにおいて、高村慶介という男が絶対であり法でした。彼が右を向けと言えば右を向き、左を向けと言えば左を向く。もしも彼の身に危険が及べば、自身の命を持ってして守り通す……そのように聞き及んでおります。

 生徒会長のことはイケメンだな、とは思いますが、命令されたことに従えるかと言われれば首を傾げます。しかし、この高校の頂点に立つためには、その程度の求心力とカリスマ性は必要なのかもしれません。

 一般人たる私は目立たぬよう、爆破されぬようにと、陽の届かない影へ影へと踏み入れていき、未だ男の影すら感じたことのないような女子高生になってしまいました。悲しきかな、このままでは一生に一度の学園生活を勉強だけで過ごすこととなります。高校時代の思い出を訊ねられて、愛想笑いを浮かべるしかない大人になってしまうのです。

 それを避けたいなと考えながらも、テスト範囲の英単語を覚えている時、赤い糸調査委員会という奇怪な名前を聞きました。名前は囁かれるけれど活動場所やメンバーは謎、本当にあるかすら怪しくなりつつある委員会のようです。

 名前から察するに、赤い糸で結ばれた運命の相手を教えてくれるのでしょうか。

 これは探さなければいけません。誰もが噂として片付けてきた委員会を見つけた暁には、私は運命の相手と出会い、愛を育むことができるのでしょうか。

 分かりません。そう、見つけなければ分からないのです。

 私の持てるだけの縦の繋がり、横の繋がりを駆使し、友人達の些細な情報をかき集め、呆けた頭脳をフル回転させて早数日――思ったよりも簡単に噂の委員会を見つけてしまったのです。将来、路頭に迷ったときは探偵にでもなりましょうか。

 どうやら委員会は名前の通り、運命の相手というものを見つけてくれるようなのです。どういった手段で暴き出すのかは想像も出来ませんが、「朝早く来て欲しい。あなたの運命の相手を見つけて差し上げよう」という上から目線のメッセージをいただきました。ちなみに委員会との連絡手段は秘密です。どうしても知りたいという方は、ご自分で調査して下さい。

 さて、ということで。

 太陽が昇って間もない朝早く。私は学校へと向かいます。

 通学路の桜並木では、桜前線保持委員会の面々――特に女性が何やら騒がしくしています。グラウンドの隅では、薙刀を振り回して何やら訓練している委員会の姿もありました。それに加えて、どこか遠くの方では爆発音が聞こえてきましたが、気のせいではないでしょう。紛争地さながらに、私たちは爆発に慣れているのです。

 とにかく私は赤い糸調査委員会が待っているという教室へと向かうため、玄関へと入り、下駄箱を開け……。

 開け……?

「……え」

 可愛らしい封筒が二つ入っています。決闘状ということはないでしょう。身に覚えがありません。献上物ということもないでしょう。何かしらを献上されても困ってしまいます。じゃあ、逮捕状? 赤紙? 召集令状? いくらか時代錯誤すぎる想像でしょうか。

「いや、まさか」

 二つの封筒どちら共に、紙が一枚入っていました。

 一つは『告白したいことがあります。放課後に体育館裏で待っています』、もう一つは『告白したいことがあります。放課後に生徒会室で待っています』と。名前は書かれていません。

「……」

 これは。

「ラブレター?」

 告白。告白って告白ですよね。告白には告白意外の意味はありませんよね。

 モテ期が来たかもしれません。これが春というものなのでしょうか。


   〇


 赤い糸調査委員会は校舎の片隅、普通に生きていれば存在すら気付かないような場所にある教室で活動していました。朝からここに一人はいると聞いていたのですが、そのような気配は感じられず、ただただ静寂に包まれていました。

 勇気を振り絞り、扉をノックすると「どうぞー」という間延びした眠そうな声が聞こえました。声に従い中に入ると、ボサボサ髪の白衣の男が椅子に腰掛けています。部屋の至る所にはパソコンのような機械が大量に置かれていました。人なんて滅多に来ない場所だというのに、隅々まで掃除が行き届き、冷房まできっちりと完備。金のかけ方を間違えている気がします。

「あの、ここは赤い糸調査委員会で合っているのでしょうか」

「はいはい、合ってますよーっと」

「……その、運命の相手を見つけて下さるということで――」

「あぁ、俺が探すわけじゃない……こいつだよ」

 と男が指さしたパソコンの画面には、可愛らしい絵柄の女性が映し出されています。

「んじゃ、アイを宜しく」「……え」

 男は説明もなく教室を出て行ってしまいました。冷房が効きすぎて寒いくらいの室内には、私と画面にいる二次元美女の二人。いえ、二次元の彼女を一人と数えるべきではない気がしますが。

「こちらに腰掛けて下さい」

 その音声は唐突でした。モニターのどこかに付けられたスピーカーから聞こえる電子音のようです。どうやら画面上の美女が話しているという設定のようで、彼女の口がパクパクと動いていました。私が椅子に腰掛けると、彼女は満足そうに頷きます。

「初めまして。アイです」

 と彼女は話し始めました。彼女の長々とした自己紹介という名の説明を要約すると、アイは超凄い人工知能であるらしく、情報科学の力をアレコレして運命の相手というものを見つけてくれるようです。

「赤い糸調査委員会というのは、私の管理と保全を執り行う委員会なのです」

「なるほど」

 それは知りませんでした。素人目で見ても時代を先取りしていそうなアイや、周囲の環境を見るに、相当の予算がつぎ込まれているのでしょう。予算の少ない委員会からの妨害その他から逃れるために、隠れて活動しているのかもしれません。

「では、あなたの運命の相手を探しましょう」

 そこからアイの質問攻めが始まりました。誕生日や名前は勿論、好きな食べ物や嫌いな食べ物、スリーサイズまで聞かれてしまいました。相手が可愛らしい人工知能のアイで幸いです。一通りの質問が終わると、画面の向こう側で「ウンウン」と唸りながら思考を巡らせ始めました。細かな動きがいちいち可愛らしく、見ていて飽きません。

「結果が出ましたよ」

「おぉ」

 街中で受けるアンケートのように質問に答え、数分待っただけで運命の相手が分かるのでしょうか。時代はもう来るところまで来てしまったのです。人の恋路の全てが情報化され管理、ディストピアが完成するのは、思ったよりも早いかもしれません。少しばかり恐ろしくなってしまいましたが、アイの言う結果を今か今かと待っている自分もいるのです。

「あなたの運命の相手は――」

「相手は」ごくりと唾を飲みました。

「花火の下で約束を交わすでしょう」

「……」「……」静寂がその場を支配しました。

「……えぇっと……え?」

「花火の下で約束を交わすでしょう」

「いえ、聞こえなかったということではなくてですね」

「先代の会長から教えて貰ったんです。運命の相手が分かっても面白くない、と。こんな感じで意味深なことを言われた方が面白い、と」

「……はぁ」

 そういうものなのでしょうか。そこから幾らか押し問答を繰り返し、何とか運命の相手を聞き出そうとしたのですが、超凄い人工知能に誘導尋問は通じないようです。アイは決して口を割ろうとはしませんでした。

「あっ、そういえば。今朝、二つラブレターを貰ったんですよ」

「あら、モテ期という奴ですか」とアイは微笑みます。

「二つとも、放課後に別々の場所に来るように書かれてたんですけど、どっちに行けば良いか分かんないです……あっ、でも私の運命の相手は花火の下で会う……ってことでいいんですよね。だったらどっちも運命の相手じゃないのかなぁ……」

「いえ、どっちの手紙も、あなたの運命の相手が書いた手紙ですよ」

「……え?」

「どっちの手紙も、あなたの運命の相手が書いた手紙ですよ」

「……は?」

 意味が分かりませんでした。アイの言うことは話半分で聞くべきなのかもしれません。

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