主人公である「親父」さんは、ひょんなことから自分の「幸せ」を自分の采配で「他人に切り売り」できる能力を持つことになります。
文字どおり、「切り売り」なので「対価」を得て売買契約は成り立つわけです。
ですが、親父さんはその「対価」を受け取りません。
ただ、ひたすら「譲渡」するばかり。
底抜けにお人好しで、余りにも無欲で、
どうにかなると楽天的なのに、自分自身の「価値」には全く無頓着。
結果、親父さんはご家族にも周囲にも誤解されたまま、
病魔に侵され孤独にこの世を去ってしまいます。
残されたご家族は、親父さんの死後、日記と芳名帳で親父さんの人生を追体験することになり、そして深く後悔することになってしまいます。
この作品の根底には、家族も他人も区別なく「優しさ」と「後悔」のアンバランスさが付き纏います。
誰もが自分の人生を生きることに精一杯で、誰が悪いわけでもない。
ほんの少し、意思の疎通と言葉が足りなかっただけなのに、
「親孝行したい時に親はなし」という悲しい現実に見舞われてしまいます。
この物語では、苦しい後悔が次のチャンスへと繋がっていきます。
前半は親父さんと息子さんを軸に回顧録として展開し、
後半は奥さんと親父さんの後日談として、時代を飛び越えて急展開していきます。
人情味あふれるノスタルジックなヒューマンドラマと、
カクヨムらしい異能と転生要素が盛り込まれた、心温まる優しいお話です。
ぜひ読んでほしい。
家族でもペットでも、かけがえのないものを亡くした時、人は必ず後悔します。四十九日が終わるまでは毎日忙しなくて忘れていますが、半年後か二年後、あるいは十年後、人は必ず「もっとこうしてあげればよかった」「あんなこと言わなければよかった」と後悔するものだと思います。
「幸せを切り売りする」という発想の面白さから読み始めた作品でしたが、その力は誰もが羨むような理想的な幸せをもたらしませんでした。
不幸せは近しい人を巻き込んで連鎖していく。それでも「親父」は人の幸せを願い、不幸のるつぼに落ちていく。この辺りの複雑さは非常にリアリティがあり、繊細に描かれていて面白かったです。
本編のオチも好きでしたが、主人公が変わって続編エピソードの連載が始まりました。主人公の思いがどのように変わっていくのか、最後まで見届けたいと思います。
※以下シリーズ完結のため追記
めっちゃ普通におもしろくてヤバいしなんなら何度か「親父」のオンナになるわこんなん。章ごとの主人公と登場キャラクターのチョイスが面白いですが、最終的には箱推しです。ありがとうございました。