第13話 少女との邂逅

カイを出た僕達は街道に沿って王都へと向かっている。

歩き始めてから2日経った。

初めて旅をする僕達は、最初こそ興奮していたものの、少しずつ疲れが見えてきた。


「ユリ〜退屈だよぉ〜」

うなだれるフリージアを励ますのはこれで何度目だろうか......

「あと1日くらいで着くはずだから、頑張ろうってさっき言ったろ?」

「でも......野宿は身体痛いし、ご飯も質素でもう限界〜」

スイセンとツバキが「なんとかしろ」と目で訴えてくる。いや無理だよこんなお転婆娘、集中力保てないに決まってるじゃないか。


「魔族が残ってるかもしれないってルドさん言ってたろ? 警戒心を絶やさずに王都まで向か......」

言い終わらないうちに、目の前の曲がり角の先から声が聞こえた。

「......止まってユリ、金属音がする。2時方向で誰かが戦ってる」

比較的耳のいいツバキが声を抑えて伝える。

僕らは頷くと、足音を潜めて近くの茂みに隠れる。

「もし盗賊の類だったら、相手の人数を見て判断する。魔族でも同様だ。何もないのが1番だが......」

そう言いながら木陰から山道を覗く。

そこには倒れた馬車と、泣きじゃくる少女を守るように血まみれの夫婦が剣を持っていた。

そしてその視線の先には、小型の魔族が一体立ち塞がっている。

「魔族一体視認!家族が襲われている!」

「まだ間に合う!加勢するよ!」

指示も待たず、真っ先にフリージアが飛び出す

「あのバカッ......ツバキは周辺警護、スイセンはあのバカを僕とサポートするぞ」

「「了解」」

僕はルドさんからもらった刀を抜刀する。剣能でなければ魔族に攻撃は入らないが、サポートくらいならできる。

横を見ると2人もすでに剣現を終えていた。

「突撃!フォーマンセルを崩すな!」

僕らは木陰から飛び出すと、すでに会敵しているフリージアの後ろに回る。スイセンが魔族を攻撃しながらフリージアに時間を作る。

僕はスイセンへの攻撃を捌きながら、フリージアに合図する。

フリージアは頷くと、一歩後ろに下がった。

目を瞑り、手に力を込める。

「力を貸して、『香雪剣』」

フリージアの香雪剣の周囲に冷気が集まる。


フリージアは剣能の力を引き出す方法をルドさんから教えてもらっていた。口頭だったからまだ時間がかかるはずなのに......はは、夜中練習してたな


「スイセン、次一撃入れたらスイッチする。そいつの追撃は僕が弾くから、あとはフリージアに任せるぞ」

スイセンは小さく頷くと、魔族に一太刀いれて後は飛ぶ。


すかさず爪を振りおろす魔族の攻撃を僕が弾く。

重い......弾けるか!?

「うぉぉぉぉぉ」

キンッ

何とか

軌道をずらし、魔族の体勢を崩す

「フリージア、頼む!!」

「やぁぁぁぁぁ」

間髪入れずにフリージアが懐に飛び込む


———アルストロ剣術一剣———

『閃』


魔族の身体を両断するように、香雪剣が放つ冷気が一瞬にして魔族を襲う。

これで魔族が避けたりしたらひとたまりもないが、そんなことは断じてあり得ない。

フリージアの剣術はここにいる誰よりも速く、体勢を崩した者はもれなく餌食になるだろう。


魔族が塵にとなって消えていく。


安堵する間もなく、ツバキの切羽詰まった声が聞こえてくる


「ユリ!!」

ハッと後ろを振り向くと、先ほどまで何とか立っていた少女の両親は、地面に伏し、少女は顔を埋めて泣いていた。間に合わなかったか......

父親だろうか、彼は微かな声でツバキに何かを伝え、力尽きた。ツバキは青ざめながら空を仰ぎ、真上を指差す


「まだ終わってない!!上えええええええええええ!!」

ツバキの叫び声に、僕らは空を仰ぐ


そこには、翼を持つ魔族がニヤリと浮かび、こちらを見ていた。

しまった、索敵を怠った。まさか上に隠れていたなんて......

魔族は翼を広げると、周囲に無数の羽らしき物を出した。

おいおいおい、冗談じゃないぞ......

「遠距離攻撃、各自警戒!」

大声で叫んだものの、状況は良くない。現状誰もあいつに攻撃を届かせることができない上に、向こうは攻撃手段があるようだ。

どうする......どうすれば......


いや、まずは攻撃をかわすところからだろう。フリージア、スイセン、ツバキは剣能があるし、一先ず大丈夫だ。

問題は僕と......あの少女だ。結界が使えない今、純粋な剣術だけでアレを捌き切る必要がある。それに少女は未だにこの事態に気付いていない。


やむを得ないか......

普段ならあまりリスクを取ることはしないが、この時ばかりは体が先に動いてしまった。

「間に合え」

足に全神経を集中させ、一瞬で大地を蹴る。少女の元まで20 mといったところか。

上を見ると、無数の羽がこちらへ降ってくる。

ありあまる勢いを殺し、少女の元へなんとか辿り着く。

耐えてくれよ僕の身体とルドさんの刀!

降り注ぐ金属のように固い羽根を弾き続ける

カンッキンッキンッ


うっ....どれくらい捌いただろうか、捌ききれなかった分の羽が何度か身体を突き刺し、激痛が走る。

だがここで手を止めることはできない。護るべきものがある限り、刀から手を離すことは許されない。


そんな矢先、誰かに脚をぎゅっと掴まれる。


「お兄さん......死なないで......もう......もう誰も失いたくない......一人にしないで......」

刀に集中しているため、顔は見えないが、少女の切実な願いが聞こえた。


「大丈夫、死なないよ」

僕はそういうと、血眼になって刀を振るう。一頻り捌けただろうか、魔族の攻撃が止む。張っていた緊張の糸が途切れ、僕はそのまま後ろに倒れこむ。やばい、この出血量は流石に無理をしすぎたな......

「お兄さん! お……! しっかり……!」

ぼんやりと霞む視界の中で少女が僕を揺さぶっているのがわかる。

「大丈夫、死なないよ」

そういうと、僕の意識は途絶えた。


「「「ユリ!」」」

異変に気付いた三人が駆け寄る。


「は、早く手当てしないと......いったん私の剣能で凍らして止血して......」

フリージアは必至で止血作業に入る

「ツバキ、僕らはあいつの相手を......」

魔族から視線をそらしたスイセンはツバキの方を見て愕然とする。


ユリの傍らで泣きわめく少女には、彼が想いを寄せた人の面影があったのである。


「ア、アセビさん......?」

スイセンは震えながら声を絞り出す。

少女は泣き止まず、何も聞こえていないようだ。


「私の......私のせいで......うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

少女がそう叫ぶと周囲に光が生じた。この光は......剣現!?


「大丈夫よ、ユリは死んでなんか.......え?」

ツバキも少女が纏い始めたその光に驚くと同時に、顔を見て絶句した。


「なんで......アセビさんが......」

「あなた剣能が使えるの!?」

フリージアの角度からは顔が見えないのであろう。唐突に剣現を始めた少女に三人は驚きが隠せない。


「絶対許さない......そこから落ちろ......落ちろぉぉぉぉぉ」

そう叫ぶと、彼女は手元に顕現した桃色の光を纏う刀を振り下ろす。


「え......」

三人は唖然とする。

さっきまで悠々と空から眺めていた魔族がもがきながら何かに引っ張られるように落ちてくる。

間違いない、これは明らかに第二次大厄災当日に見た能力だ。


「重力系の剣能......」

スイセンが言葉を振り絞る。


落下速度はどんどん上がり、最後には魔族は地面にたたきつけられる。


「ツバキ!今しかない!」

スイセンがそう叫ぶと、一気に二人で間合いを詰める。


———アルストロ流剣術一剣———

『閃』

鮮やかな炎に彩られた一撃が魔族を引き裂く。

散々翻弄してきた魔族は、ツバキの『熾烈剣』であっさりと両断され塵となった。


「よかっ......た」

それを見届けた少女はにっこり笑うと、気絶するようにユリの上に倒れこんだ。


「スイセンは周辺警戒!ツバキは私と一緒に二人の治療を!」

フリージアはそう叫ぶと、抱き起した少女の顔を見て戦慄した


「え、アセビさん!?」

「......やっぱり似すぎよねこの子。でもアセビさんに子供がいたなんて聞いていないし、このお二方がご両親のようだもの。一体何者なんでしょうね......」

ツバキは横で冷たくなっている二人の遺体に手を合わせる

「間に合わなくてごめんなさい」

「とりあえず、この2人を休める場所に移しましょうか」

そういうと三人は、アセビさんの面影を持つ少女とユリを急いで木陰に移し、応急処置を施したのであった

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『剣能』で世界の不条理を無くすことはできますか? 緋翠 @hisui-

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