第12話 出立

「え.......母さんが......?」

僕はなんとか言葉を絞り出す。

「そんなメリア様の剣現速度を見て育ったのだ。感覚が狂うのもおかしくない」

ルドさんは優しい目で僕らを見つめる。


「いいか、これから人前で剣能を出すのは極力控えるんだ。その速度はどんな騎士が見ても一目でわかるほど異常だ。最悪どこぞの輩が君たちを利用しようとしかねない」

「そっか......ルドさんがそこまで言うなら気を付ける」

「それとユリ以外の3人の剣は固有剣だろうな」

ルドさんは髭を触りながら3人の剣を見る。


「あの......その『固有剣』っていうのは何ですか?」

「あら、このことは知らないのね? 私が教えてあげますね」

そういってアキさんが説明を始めた。僕も母さんから軽く聞いただけだったので、耳を傾けることにする。


「まず、剣能には2種類あります。一つは『血統剣』。2つ目は『固有剣』です」

「『血統剣』はその名の通り家系に代々伝わる剣のことを指します。特に10歳前後で開花することが多く、その家系が背負ってきたもの、作り上げてきた剣術など、言うなればご先祖様の想いでできた剣です。どうしても遺伝の要素が強いため、現在の貴族はほとんど血統剣を持っていることになります」

「なるほど、だからユリはメリアさんと同じ結界が張れるんだね」

「そうです。もう一つは『固有剣』といって、いわゆるその人特有の意思が刀剣として開花したものを指します」

「ちなみにルドさんはなんでこれが血統剣と分かったんですか?」

「血統剣とは違って、固有剣は人それぞれ違う形をとるんだ。血統剣は基本的に代々同じ剣といわれている。例えばユリの刀はメリア様の使っていたものとそっくりだ。加えて、かつての皇国でその剣は見たことがない。俺はほぼすべての皇国貴族、今の王国の貴族の剣能、即ち固有剣を知っているが、それと同じ剣能ではなさそうだったからな」

「そっかぁ。ルドさんお偉いさんだもんねえ~」

フリージアはそろそろ退屈を超えてそろそろ限界みたいだ


「それにしても坊主たちは王都の騎士養成学校を目指すんだって?」

「はい!さっきみんなで決めたんです」

「そうか......できれば一緒に行ってやりたいが、我々はこの後至急王都に戻る必要があってな。聖王あいつからの伝書鳩をここ数日無視していたのがバレたんだ......早く調査報告しないとしびれを切らして本人がこっちに来かねない」

「団長、いつも言ってるでしょう?『あいつ』じゃなくて『聖王様』!全くこの人は」

アキさんがルドさんをなだめる。


聖王様をあいつ呼ばわりって......どんだけ強いんだこの人は

「さて、じゃあいくぞお前ら」

団長が部屋からでたところでそう言うと、どこからともなくもう3人の団員が現れた。

「うーす」

「ようやく聖王様からの伝書鳩を無視する日々も終わるのか.......肝が冷えますよ全く」

「もうお話はいいんですか?」

個性的な男女3人組だ。

「おう、今から全速力で王都に戻る。この坊主たちも王都に向かうらしい。

子供の足だ。数日後にはまた会えるあろう。それに伴い王都までの魔族は見つけ次第撃破しながら移動するいいな?」

「「「「はっ」」」」

こうやして見ると確かにルドさんは団長だ。いまいち中身とギャップがあるんだよなあの人......

「それじゃあ少年たち、まだ大厄災の残滓が残っている。油断せず気を付けてきなさい」

ルドさんはそういうと団員を連れて修道院を後にする。


僕らが外に出て見送ろうとした時にはもう彼らの姿はなかった。

「ユリ、僕らもいつかは......」

「わかってるよスイセン、僕らが追うべきはあの人たちの背中だ」

「さ、じゃあ早速各自荷物をまとめて、半刻後に集合ね!」

張り切っているツバキは久しぶりだ。いったいフリージアはどんな誘い方をしたんだ......


僕は自分の部屋に戻ると少ない手荷物をまとめ、腰にルドさんから借りた刀を帯刀する。

忘れ物がないか確認していると、ふと後ろから視線を感じた。

後ろを振り向くとそこには先日ツバキがかばった少女、ガーベラが涙目でこちらを覗いていた。

「ユリたちどっか行っちゃうの?」

今にも泣きだしそうな声でガーベラが尋ねる。


「ごめんな、兄ちゃんたちは王都に行っちゃうからもうしばらくガーベラたちとは一緒に遊んでやれないかもしれない」

「嫌だ......嫌だよぉ。い、行か、ないで」

こぼれだす涙と共にガーベラがしがみついてくる。僕はそっと頭をなでる。


「兄ちゃんたちは母さんとアセビさんのためにも、どうしても行かないといけないんだ。強くなって戻ってくるから楽しみに待ってて?」

そうなだめたつもりだったが、ガーベラは涙を拭うとこう言ったのである


「私もついていく」

「えぇ!? それはさすがにまだ無理かなあ」

「ぅぅ......どうして?」

「ガーベラは......まだ弱いから。この先どんなことがあるかわからないし、もしかしたら兄ちゃんたちも死ぬかもしれない。それでも母さんたちが教えてくれた剣術がある。だから前に進めるんだよ。ガーベラはまだ稽古も途中だったし、剣能もこれからだよね? きっといい剣能を授かるからそれまでちゃんと特訓しておくんだぞ」

いい感じに論点をずらせただろうか。ガーベラは、不満そうにうんと頷いた。


「じゃあね、兄ちゃんそろそろ行くから」

「うん......ガーベラ、大きくなったら強い剣能使いになって、すぐユリたち追いかける!だから待ってて!」

さっきまで泣いていた少女はやけに真剣なまなざしでいった。どう解釈したらそうなってしまうのかわからないが......まあ泣き止んでくれたし良しとしよう。


部屋を出ると、シスターが僕らに幾らか路銀をくれた。話によると、母さんがあらかじめ用意していてくれたものらしい。

僕ら4人はこの日、生まれ育ったシナノとカイを飛び出し、王都への道へ足を踏み入れたのである。

見ててね母さん、アセビさん。僕立派な騎士になるから。


先日までの雪が嘘のように晴れ渡った空には乾いた空気が漂っていた。

この時の僕はまだ知らなかったのだ。


世界を根底からひっくり返す、そんな不可思議で不条理な邂逅があることを。

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