ブラック学校で学んだことは意味があるの?

ちびまるフォイ

みんなに感謝される立派なオトナへ

ブラック学校には窓がない。

ブラック学校では会話はできない。

ブラック学校では同じ髪型と服装を保つ。

ブラック学校では全員が仮面をつけている。


記憶があるころからブラック学校で住み込みで勉強している。

家に帰ることも両親の顔を見たこともない。


ブラック学校の内容を知っていて自分を入れたのだから、

きっとろくでもないのだから会いたいとも思えない。


せめてできることといえば、このブラック学校で立派なオトナになるための勉強をして将来見返してやろう。



『4時間目の授業を終わります』


個室に備え付けられていたモニターから授業の映像が止まる。

ブラック学校では座学はもちろん体育もすべて個人で行う。


席を立つときまたモニターの電源がついた。


『No.59 おめでとうございます。あなたは今成績1位ですよ』


「本当ですか?」


『これが生徒ランキングです』


モニターにはブラック学校の他生徒の成績がずらり表示された。

その中で各教科の成績の合計が一番だった。


『あなたは社会に役立つ立派なオトナになれるでしょう。

 この調子で頑張ってくださいね』


「はい!」


ブラック学校で褒められることなんて数少ない。

その日は気分がよかった。


この日を機会にますます勉強にのめり込み、ブラック学校での首席はゆるぎないものになった。


ブラック学校の義務教育期間はあと2年となった日のことだった。

自分の部屋に1枚の紙が差し込まれている。


『今夜23時 食堂』


首席の自分になにか伝えることがあるのかと思ったが、

食堂に集まっていたのは他の生徒もだったので関係なかった。


ブラック学校で他の生徒の仮面を始めてみた。


「みんな聞いてくれ! 一緒にこのブラック学校から出よう!!」


食堂のテーブルに立つ生徒は演説をしていた。


「俺たちは外の世界を知らない!

 立派なオトナになるために毎日毎日勉強させられている!

 それでいいのか! これじゃ家畜と同じじゃないか!!」


ブラック学校では外がどうなっているかもわからない。

かねてから外の世界への漠然とした恐怖はあった。


「一緒に外に出るやつは俺の部屋に来てくれ!

 脱出の作戦を話す! こんなブラック学校から脱出しよう! 自由になるんだ!」


最前列で聞いていた何人かは心を打たれたようにうなづいていた。

自分は脱出班には入らずにそのまま翌日を迎えた。


翌日、けたたましい警報が鳴ってブラック学校は慌ただしかった。

きっと昨日の脱出班が本当に脱走したのだろう。


うまくいったのかいっていないのかは、正直どっちもよかった。


「……卒業すれば外に出るのに、なんでわざわざルールを犯してまで出るんだろう」


それきり他のブラック学校の生徒とはやり取りもなく、静かな学生生活を続けていた。

ある日のこと、ゴミを捨てに搬入口へと向かったときだった。


ドンドン!!


「わっ!? なんだ!?」


ドンドン!!


壁の向こう側から叩く音が聞こえる。

ゴミを外へと出し入れするドアは開け方を知らない。


ノックされた場所に内側からノックをし返すと、外から声が聞こえてきた。


『誰か! 誰かそこにいるのか!?』


ブラック学校では外との交流は禁止されている。

下手に声を出していれば交流しているとみなされてどうなるかわからない。

せっかく努力して成績もあげてきたのに。


『聞いてくれ! ブラック学校で学んだことなんて社会のためになんてならない!

 立派なオトナになんかなれやしないんだ!』


「……?」


『こんなところ早く出ろ! は、離せっ! ちくしょう!!』


誰かにバレたのだろう、外から聞こえる声が遠ざかっていく。

この場にいたことがバレて自分が関係者と思われたくないので足早に去った。


自分の部屋に戻ってからも鼓動は収まらなかった。


「役に立たない……? ここでの勉強は価値がない……?」


その日は眠れず、ブラック学校の体調センサーで授業不可と判断されて休みにされた。

休んでいても疑問は晴れないままだった。


「自分は役に立たないことを一生懸命に勉強して、

 その成績を誇らしげに思っていたのかな……」


心配になってブラック学校の相談センターに連絡した。


『なにかお悩みですか』


「実は……ブラック学校での勉強が社会に本当に役に立つか自信がなくて」


『大丈夫です。必ず社会の役に立ちますよ。

 社会のために必要な高等教育をここでは教えていますから』


「でも、自分は外の世界を知りません。

 本当に役に立つかどうか確かめるすべがないんです」


『大丈夫です。必ず社会の役に立ちますよ。

 社会のために必要な高等教育をここでは教えていますから』


「それはさっき聞きました。どうして社会に使えると保証できるんですか」


『卒業まで時間もないので不安に感じていることでしょう。

 大丈夫です。あなたは人から感謝され、不自由なく豊かな人生を送れます』


相談センターも相手の話の内容に応じて自動返答するものだった。

不安は晴れるどころかますます深まるばかり。


けれど、卒業の日は着実に近づいていた。


今こうして続けている勉強が本当に役に立つかの保証もないまま、

ひたすらに成績上位を目指して毎日勉強するしかなかった。


結局、勉強を続けることへの不安は晴れることなく卒業式を迎えた。


『あなたはずっと成績上位をキープし続けました。

 卒業生代表としてあなたを表彰します。本当におめでとうございます』


「ありがとうございます……」


卒業式もひとりきりで行われた。

式を終えて部屋を片付けると、指定の出入り口へと向かう。


『No.59 卒業おめでとうございます。

 ブラック学校での日々、本当によく頑張りましたね。

 先生方も大変誇らしく思っていますよ』


出入り口のモニターからは拍手が聞こえてくる。


「本当に……本当にこの学校で学んだことは意味があったんですか。

 自分は本当に社会に求められる立派なオトナになれるんですか」


『もちろんです。明るい未来の扉が開かれましたよ。

 さぁ、素敵な人生の幕開けです。羽ばたいてください』


外へとつながるドアが解錠された。

初めて見る外の風景なのに心が動かない。


『心配はいりません。何の疑問ももつ必要はないんです。

 あなたにはすでに就職先も決まっていますよ。

 これまで学んだことを最大限に活かせばきっと感謝されます』


疑問は晴れないままブラック学校を卒業した。




卒業してから数年が過ぎた。


かつて自分が書いていた日記を読み返したりすると、

当時はどうしてそんなことに悩んでいたのかわからなくなっていた。


「ブラック学校での勉強に疑問を持ってたなんてなぁ」


ブラック学校で学んだことはけして無駄ではなかった。

今も勉強したことが仕事に活かせている。


「ありがとう、君のおかげで助かったよ」

「本当にありがとうございます!」

「心から感謝しているよ! さすがブラック学校卒業生だ!」


仕事を終えるといつも感謝されている。

お金にも困らず、不自由ない豊かな暮らしをしている。


自分は社会のためになる立派なオトナになれたんだ。


「No.59 それじゃ次のターゲットも任せたよ」

「はい。勉強の成果を存分に活かします」



不安と疑問に押しつぶされそうだった昔の自分に言いたい。

そんな心配しなくていいんだよと。


ブラック学校でたくさんの勉強をしたことで、

今、自分は立派な殺し屋として社会のために働けているという事実を。

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