アーノルド武勇伝

無頼 チャイ

誠意表明

「何故無いのだ! 隠しているのか。金なら払うから早く出せ」


「そう申されても品切れでして。どうかご勘弁を!」


 民衆の雑音の中、身なりの良い脂ぎった中年男性が自分よりも背の低い少年騎士に怯んでいた。

 金髪巻毛で鼻を中心にそばかすが散らされている少年。それを同じ制服を着込んだ細い少年と太い少年が仲裁に入るものの、そばかすの少年は納得いかないという風に男性を睨みつける。


「ここは王都一番の商店だと聞いている。期待して訪れたというのに高級な蜂蜜一つ置いてないとは……。そうだな、次の社交界で接客の悪さと品揃えの悪さを広めないとな、これ以上無駄足を踏む者を出さないためにも」


「アーノルド様、もう引き揚げましょうよ。任務の蜂蜜は店にありましたし、これを持って帰れば団長殿もお喜びになります」


「そうですよアーノルド様。これで私達の忠誠心をお見せできます」


「お前達は分かっていない! この任務はな! 俺の将来に関わるのだ!」


 取り巻きの二人は同じように目を点にして小首を傾げ、真っ赤な顔でそう豪語するリーダーの顔を見やった。



 数刻前のこと、アーノルドを含めた三人は団長室に呼ばれ、静かな室内に厳しい気を纏ったヘイグ団長の姿を目に収め、身を引き締めて呼び出された旨を尋ねた。

 妖精の小瓶、というラザフォード国の現女王にして団長の時期妻となるグリエルマ陛下の愛するお菓子、その材料が切れたそうで調達に行ってほしいと頼まれた。

 三人は最初渋い顔を浮かべていた。安全な任務ではあるが、騎士が使用人のような真似が出来るか、と。


 三人は貴族の生まれであり、華やかな経歴は好むが危険は避けたいと考えていて、特に今回の任務は貴族の世界で知れ渡れば馬鹿にされるような内容、今すぐにでも他のものに擦り付けたい思いがあった。

 けれど、後輩騎士への暴力事件があり、アーノルドは特に主犯だったこともあって選り好みできる立場ではいられない。そういった過去もあって渋々この任務を引き受けた。

 のだが……。


「いいから高品質な蜂蜜を出せ!」


 現在、アーノルドは青色に変わりつつある店主の顔を睨み付けて要求しているのであった。

 取り巻きの二人は説得するのを諦め、リーダー格の少年の背後でこそこそと口を寄せ合う。


「何故こうなったのか、思い当たるか」


「分からない。……いや、一つだけ思い当たる。アーノルド様がご熱心になってるカートの妹」


 二人の間に納得の同調と、それゆえのため息が漂う。

 黒い水晶木すいしょうぼくの一件後、アーノルドは変わった。以前から魅せるだけだったセジウィックを師事した剣術の腕は、芋に毛が生えた程度だが様になり、何かと稽古を積むようになった。また、任務や依頼も、微妙ではあるものの受ける幅が広まった。


「しかし、何故アーノルド様は蜂蜜にこだわるのだろう。他の材料には特に何もなかったというのに」


「……、分かったかもしれない」


 太い少年が目を一瞬丸くさせ、今も交渉中のアーノルドの背を一瞥してからさらに肩を寄せ尋ねる。


「何だ?」


「材料が至って普通だからかも知れない」


「ふむ。なるほど、つまり?」


「このまま帰ってもご苦労の一言で済まされる。ならば一つでも高級な品を用意すれば喜ばれるとお考えなんだ」


「だからああして粘っているのか」


 生暖かい目を背に受けて、アーノルドは交渉を続けた。

 すると、ついに折れた店主が分かったといって机に両手を置く。それをどこか誇らしそうに見下ろすアーノルドは支給された金とは別の袋を取り出す。


「うちに高品質な蜂蜜は置いていないが商人仲間から、森の奥でこの世の幸福を掻き集めたような甘味な蜂蜜があったという話しを聞いております」


「本当か。うむ、詳しく聞かせてくれ」


「はい、何でも森の中で迷ってしまったそいつは、食料も底を尽き、馬もいつ泡を吹きながら倒れるか分からない程だったそうで、そんな中さまよっていると、ふと甘美な香りがしたそうで、釣られるように辿ると輝く蜂蜜があったそうです」


「ほう」


 アーノルドの目がイヤらしい目つきになっていく。手にした袋を懐にしまい、話しを聞くたびに酔ったように頷きはじめる。


「その蜂蜜を一口舐めると元気が湧いたそうです、試しに馬にも舐めさせると、枯れ草のようだったたてがみに艶が戻り、声高く鳴いて元気を取り戻したそうで」


「ふむ、それで、その蜂蜜がある場所はどこだ」


「ここから南西に向かった森の奥地です」


「そうかそうか。南西に……良いことを聞いた。先程の一件は水に流してやる、光栄に思えよ」


 アーノルドは上機嫌に鼻歌を歌いながら店の扉へ向かう。その様子に気付いた二人は持ち場のように扉を開けてアーノルドの道を用意する。

 少年騎士の後ろ姿を見た店主は「この話しには続きがあって……危ないですよ!」と何かを悟ったように注意するも、アーノルドの耳にそれは届かなかった。


 □■□■□


 馬で駆けること約半刻。背丈の低い草を馬蹄が踏みしめ、蹴ると共に土埃が舞う。三人の少年は鞍の上で前後に揺らされつつ、陽と土と微かな花の香りに気分を高めて森へと向かっていた。

 先頭を走るアーノルドは風を切る心地よい速さに頭を撫でられつつ、天井から差す光る衣の奥で淡い幻想を見て笑っていた。


「ここでグリエルマ陛下の機嫌を取ればヘイグ団長殿からの信頼を取り戻せる。最近は何かとカートが気に入られてるようだが、ここで先輩として良い結果を見せればヘイグ団長殿も見直して、カートも尊敬の眼差しを向けるだろう。そうすれば、ピ、ピアちゃんもきっと……!」


 可憐な少女が黄金の瞳をこちらを向けて微笑む。そっと回される華奢な腕と心地よい温もり。


「必ず強い男になってみせるよ、ピアちゃん」


 太い木を避け遠くから差す陽光を見つめ、溢れる光に飛び込んだ。


「おお!」


「これは……」


「何とも美しい」


 少年達から感嘆の声が漏れた。

 広がるのは甘く心地よい香りと色とりどりの花。視界いっぱいに映る光景は、可憐な少女が無邪気に遊ぶ乙女の庭。小さな花弁を慎ましく揺らしては、そこに蜂や蝶などが止まって楽しい会話をするように小刻みに震える。

 この地域特有の春の気候と心地よい風、そこに美しく咲く花たちが合わさることで、まるで春を祝う祝宴のようだ。


 そんな祝宴に足を踏み入れた少年達は、それぞれ別の方向を眺めてはうっとりとした面持ちで花畑に見惚れる。


「こんな場所があったのか。庭園に咲く花とはまた違う趣きがあるな」


「そうですね。それに、何だか楽しい気分になります」


「フン。確かに美しくはあるが、庭師が調え育てた花畑とは違って色に統一感がないし香りも混ざってただ甘い香りが漂っているだけだ。我がエドモンド家では様々な花を楽しめるように計算して区分けている、この場所も、デルトモント家の庭師に任せれば今以上に美しくなることだろ」


「流石アーノルド様、そのとおりでございます」


「ええ! アーノルド様のありがたい説教に目が覚めました。自然に咲く花よりも、人の手によって育てられた花の方が美しいです」


 フフン、と取り巻きの露骨な褒め言葉にそばかすの散った鼻を高々と上げて胸を張るアーノルド。


「ん?」


 高くなった視線の先に何かが見えて、アーノルドは合図なくそっちに歩き出した。

 野花を踏み進めて行くとそこに、変わった花びらをした花があった。


「アーノルド様! 急に向かわないでください」


「そうですよ、アーノルド様」


「お前達、この花を知っているか」


「「え?」」


 二人はアーノルドの肩越しにそれを見やる。

 花びらは四枚、桃色、青色、朱色、白色とに分かれている。

 ツンと伸びた花柱。花びらの先端は丸みを帯びつつ曲がり、茎はしっかりと風に耐える。


「存じ上げておりません」


「同じく存じておりません。それに、このような花見たことも聞いたこともありません」


「ほう」


 アーノルドは何気なくしゃがむと、花の周りの土を掘り返し始める。


「アーノルド様、一体どうされるのですか」


「国に持ち帰る。聞いたこともないということは珍しい花かも知れん。これをエドモンド家で増やせば、四色の花を持つ貴族と名が広まるだろう。」


 それに、この花で庭を埋め尽くして花束を渡せば、ピアちゃんも喜んでくれるかもしれない。

 と、アーノルドの中にもう一つの使命が刻まれた。

 なるほど、流石アーノルド様。と手の平を叩くような相槌に、二人も作業に加わる。

 やがて花の根が顔を出した頃、誰かが尋ねた。


「これ、どうやって持ち運ぶ?」


「……」


 静まり返った三人は文字通り顔を寄せて話しあった。

 結果として、荷物にあった蜂蜜を入れる用の瓶一つに土を入れ、花を保存する。

 花はアーノルドが持ち、三人は馬に乗って再び駆け出した。



 ■□■□■


 森深くへ向かう三人は、たまに聞こえる獣の声に身震いしながら進んだ。花畑の時とは逆に、背の高い木々が多くなり足場も悪くなったため下馬して歩いていた。


「本当に、ここにあるんですかね」


「あるに決まっている。そ、それに、このアーノルド様が出向いているんだ、我々は幸運の女神に見守られている、さあ進むぞ」


 蝸牛よりは早く、転がるどんぐりよりは遅い歩みで三人は慎重を重ねた。

 そして、それは現れた。


「おぉー」


「これは……」


「素晴らしい」


 木の密から脱すると、目の前には朝露のように注がれる日を浴びて上品な絹のような艶で日を返すハチミツが現れた。

 それはまるでワイングラスから溢れる一滴のように濃く、濃密なる甘美を漂わせている。


 「これだ! このハチミツだ探していたのは!」


「何とも食欲を誘う香りなのでしょう」


「ちょっぴり舐めてみましょうか」


「そうだな、味も知らぬまま持って帰るのも失礼か。よし、特別に先に味見をさせてやろう」


「え……」


 遠慮はいらぬといって杯から滴り落ちる黄金色の液体を勧める。二人は一瞬身を引くが、甘い誘惑に太い方が誘われると片方も操られるようにして蜜に近付き、指で救って舐めた。


 「こ、これは!」


「何とも素晴らしい甘味……」


 とろけるようにして絶賛する二人を見て、アーノルドはどれ一口と救って舐めた。


「甘い! これはまさにこの世の幸せを集めたような甘味……、これを持って帰ればヘイグ団長殿もお喜びになるに違いない!」


 その後、三人は持ってきた瓶にハチミツを詰めるだけ詰めて来た道へ戻っていった。


「これだけたんまりとあれば材料に困ることは無いな!」


「そうですね、これも、アーノルド様の活躍あってこそですよ!」


 機嫌良く笑い合う二人。しかし、細い方の取り巻きだけは一人意味ありげな唸り声を上げていた。


「どうした」


「あのですね、以前ハチミツがどう作られるのか本か何かで目にしたのです。それには、ハチミツは蜂という虫が作るそうなのですよ」


「ふむ、それくらいは知っているぞ。花の密を集めて熟成させているのだろう」


「そうなのです。ですが、蜂がハチミツを作る際は球体に近い形状の巣で作り保存するそうです。しかし、?」


「……」


「……」


「お、おいおい冗談はよせ。あれは元から密が垂れている巣だった。そうだろ?」


「え? えぇ……」


 バサバサッ、と後方から響く。重々しい音がした後に地面が微かに揺れ、三人の顔はどんどん青くなっていく。

 鋭利な爪に木々を薙ぎ倒す巨体は全身毛で覆われ、獰猛な遠吠えは三人の鼓膜を震う。


 「グッオォオォオーッ!」


 「「「熊だっ!」」」


 巨体を誇る熊が三人目掛けて襲いかかってきた。

 三人は何とか馬を操って木々を回避し駆ける。けれど不安定な足場と回避時の迷いでちょっとずつ遅くなり、本来なら追いつけないはずの熊がその差を縮めていく。


「ひっ! これでもくらえ!」


 細い方が、回収したハチミツを瓶ごと投げつける。それは見事顔に的中し割れた。


「……ん?」


 それに気付いたのは同じかバラバラか、三人はハチミツで塗りたくられた熊が遅くなるのを見逃さなかった。


「これか、う〜っ――くそっ!」


 悔しさに顔を顰めつつもハチミツ入りの瓶をぶつけ続けた。熊はどんどん緩慢な動きとなり、時折身体を舐める仕草まで見せるようになる。


「これで最後だ!」


「あっ! それは……」


「アーノルド様っ!!」


「……はっ!?」


 最後の投擲とお見舞いした瓶には、花が入っていた。

 鼻面に的中した熊は、走り疲れてか、それとも好物をたんまり頂いたからか、その場でどっしりと腰を下ろして木々の中に消え去った。


 ■□■□■□


「ふむ、森深くまでハチミツの採取ご苦労。しかし、今後は任務に言われた通りの品を揃えろ」


 「「「はっ!」」」


 それぞれ手元に残った最後の一瓶を差し出すと、難しい顔ながらも団長が任務の成功を褒めた。

 二人は黙りながらもこれで誠意を見せることに成功したと喜んでいた。


「では、報告を聞こう」


「はっ……」


 そばかすの少年はやや重々しく返事をするとこう告げた。


「今回の活躍、一言で言うなら、試合に勝って勝負に負けました」


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