第7話
一瞬のことだった。
日野さんは入り口で立ち止まり小さく何か口を動かした。
開いた戸口からは乾いた熱気がどっと流れ込んでくる。
女性は少しその姿を見て何も言わず足を止めた、が、少し会釈をしてその横をするりとすり抜け派出所を出て行った。
「いいんですか、日野さん」
僕は日野さんに尋ねる。
「今日は特に何もしてないからね」
日野さんはクーラーの風を浴びながら汗を拭う。
「顔を隠しているのは、さっきのでうまく行ったと思うよ。外にいる佐々木さんが映像に収めてるはず」
「でも、尾行するとかしなくていいんですか」
「大丈夫。鈴掛さんが式神飛ばしてるからどこへ向かうかはわかると思うよ」
日野さんはスポーツドリンクをごくごくと飲み干した。
「問題は、本当にあいつが犯人なのかを立証しなきゃいけないんだ。それにはあの妖をもう一度引きずりださないと」
その言葉に今度はぞくりと寒気を感じる。
そう、あの化け物を菊住警部はどうやって捜査するつもりなんだろうか。
「───こちら菊住。佐々木くんの方は顔を押さえたよ」
「了解、妖は出ましたか」
「残念ながら、派出所近辺では出てないね」
「では八百坂くんと戻りますね」
日野さんは無線の菊住警部に返すと、もう一度名残惜しそうにクーラーの冷風の前に立った。
やりとりを聞いた僕も松葉杖を握り直した。
つい最近までの日常がとてつもなく遠く感じる。
「───ワンピース」
僕は自分の考えをなぞり直すように言葉にする。
「あのワンピース、マタニティドレスでした」
その瞬間、僕たち無線を切り裂いて、聞き慣れない声が聞こえた。
「───目黒8より本署へ。碑文谷総合病院北交差点、大量の血痕が発見。応援と鑑識をお願いします」
「目撃者はなし、か」
同じ無線を聞いた菊住警部は佐々木さんと先に現場に到着していた。
僕たちと同時に現場に到着したパトカーからは鈴掛さんと船場さんが降りてくる。
「───っ」
あの日と同じ光景に全身の震えが止まらなくなる。
喉が自然とえずき、胃液の酸っぱい味が口にせり上がってきた。
「八百坂くんはちょっと離れて───鈴掛さん、どう?」
菊住警部の視線の先では鈴掛さんが血痕の端を指でなぞり、何か考え込んでいた。
「多分大丈夫です。印紋を各宗派門徒に確認しますね」
僕は吐き気を堪えるのに必死で鈴掛さんの答えが何を言っているのかさっぱりわからなかった。
警視庁捜査6課怪異係 さいのす @sainos
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。警視庁捜査6課怪異係の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます