エピローグ「夏の終わり」
夏の終わりは、夏の自由の終わりのことを指すのだろう。
私たちの文化祭は、あっという間にやってきた。
「アスカー!!」
「ハナコー!!」
私たち5人がステージに上がろうとしている。体育館のステージ。暗幕が挙がり、照明にまだ照らされていないステージに、5人の姿を見つけた観客たちが歓声を上げる。
運動部に所属している二人の歓声が特に多いが、ちらほら、私やキョウコの名前も聞こえる。
「サナー!」
「キョーコー!」
クラスの子たちが一生懸命声を上げているのだろう。前の方に陣取る3年生の陽キャっぽい先輩たちの中には、当然サッカー部もおり、私とエイジくんとの関係を知っていた人もいるのだろう。
「ほら、あのセンターの女バスの子の右隣の子」
「あー、あのかわいい子?」
「そそ、あの子! 左端の子と付き合ってるらしいよ?」
「え、マジ百合展開?」
私とキョウコが付き合っている噂は、この文化祭という大イベントと、それに浮かれる高校生の力によって瞬く間に広がった。男子バスケットボール部の橘ヨウキと、女子バスケットボール部の水沢アスカが付き合ったことなど、特段驚くような話題でも無いから、あっという間にほとぼりは冷める。
故に、橘ヨウキが新津キョウコに言い寄っていた過去など、この学校に居るほとんどの者は知らない。
そして、松永エイジが、一つ上の美人の先輩に言い寄られていることなんて、みんなは興味ない。
みんな、私とキョウコの、建前と本音が混在するこの関係に酔狂するように踊らされているのだ。普通に生きていれば、きっと目立つことのなかった二人が、この文化祭という大イベントの熱に浮かされ、話題の渦中にいる。
「一曲目は、Twinkle Twinsの『Floater』でした!」
センターマイクを握る水沢アスカ。歌も巧くてダンスも巧い。おまけにかわいい。間違いなく私たち1年の中で有名人。
「この曲、めちゃくちゃ難しかったんですよ、ねえいずみん」
「えーはい。夏休み前は正直、アスカしか踊れてなかったので……練習めちゃくちゃ大変でしたよー」
「えー」
この問答にひと笑いが起きる。まあ、マイクを渡されると、注目されているのがわかる。アスカという有名人から、私に視線が集まっている。
「でもまあ……この夏休み、めちゃくちゃ充実してました。いろんな経験もしたし、楽しかったです」
「というわけで、うちのクール美人担当、和泉サナこといずみんでした!! あと2曲踊るけど、初めての文化祭、だけどみんなの心に残るめっちゃ楽しい文化祭にするから、みんなよろしくねー!!」
慣れないことをすると変な汗を掻く。だけど、このステージに沸いている姿は、初めてのことでちょっと面白い。まあでもそれは――この夏に起きたシガラミを、全部全部解決したから湧き起こる感情なんだろう。
きっと、松永エイジとの関係に終止符を打たず、橘ヨウキの態度にやきもきし、キョウコを取られていたら、キョウコが悲しむようなことが起きていたら、アスカが橘ヨウキに振られたことが禍根となって残ったら……こうはなっていなかった。
「それじゃ、二曲目行きます! これはウチの元気担当、バドミントン部のハナコの推し曲、IncLadybleの『Love Portion』です!」
「お願いします!!」
二曲目がかかる。練習の日々を思い出しながら、夏を追憶する。
この夏休み、私はいらない葛藤をたくさんした。変に気を遣う場面もたくさんあった。けど、最後に私は私の思いを正直に伝え、優柔不断で都合の良い私との決別を果たした。
きっと、これで良い。多分、文化祭が終わったら今まで通りの”友だち”に戻るんだろうけど、それで良い。それがキョウコを守れるのなら。
あわよくば、「このままで良いじゃん。別に何も困ってないんだし」なんて朗らかな笑顔を私に向けてくれたらなんてやっぱりよぎってしまうけどね。
そう、私はどこにでもいる普通の少女。普通じゃないと思っていたけど、この複雑で面倒くさくて煩雑な思考回路も、クラス一、学年一のイケメンに言い寄られても靡かない冷めた心も、同性のカワイイ女の子にうつつを抜かしてしまうような気持ち悪さも、一人の人間として見たら普通なんだ。相手を慮るようで、結局自分のエゴが通じるように振る舞ってしまう小狡いところも誰にだってある。
橘ヨウキがそうだった。私と同族だった。でも彼は今、アスカと付き合えて充実しているように感じる。多分私やキョウコへの思いが簡単に消えることはないだろうけど、いつかどうせ冷めるし、アスカほどのいい女なら、それを簡単に塗り替えるだろう。
エイジくんも大丈夫。価値観の違う女の子相手でも、あんなに優しいんだもん。きっと素敵な彼女がすぐに出来るよ。
キョウコはどうなるだろうな。私との関係が終わったら、普通に恋をして、次の彼氏を作るのかなあ。私と比べられるんだろうか。比べてくれたら良いな。
私はどうなるかな。
いや、どうなったっていい。だって私は、この夏に満足してるから。
二曲目が終わり、私たちの汗の量は最初とは比べものにならないくらいだった。
「みんな行ける!?」
「うん!!」
キョウコが元気に返事をする。
「この夏休み、楽しかったよね」
キョウコが私に笑いかけるように言ってきた。「もちろん」と頷く。
「良かった。いずみん、いつも悩んでばっかだったから、吹っ切れてるようで良かったよ」
「ステージ上でいわんでよ」
キョウコの言葉に対し、私が少し照れながら言った言葉。それにアスカが笑った。大歓声の中、彼女は最後の曲のコールをする。
「そんなこともあったねー。それじゃ、最後の曲!! 再びTwinkle Twinsになりまして、『Back Ground Summer』!!」
拝啓、私の夏よ。いや、私たちの夏よ。私は――私自身のこの夏を、私たちのこの夏の思い出を、一生抱えて生きていける。そんな気がしているのだ。だから大丈夫。この夏が終わっても、この関係が終わっても、私は私を生きていける。ありがとう。
敬具
『拝啓僕らの夏よ』ーもし、普通の少女が普通の少女に恋したら、それは普通といえるのだろうかー さまーなのです。 @summer82sousaku
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