とりあえず、彼の作品を一度でも読んだことがある人間にはぜひおすすめしたい。彼の作風は、上手くいかない主人公が、周りの変容の中に苦しみを覚えつつ、それでもなんとかしなければと、もがく話が多かった。後悔の念や焦燥などを丁寧に描写し、主人公の目に映る描写を、心象になぞらえながら書き上げるスタイルだ。主人公の情けなさに辟易すら覚える読後感は、なんともたまらない。
さて、前置きはここまでにして、この全1話は、今までの作風と毛色が異なる。ネタバレにもなるかも知れないので深くは掘り下げられないが、前述したスタイルとは真逆なのだ。主人公はもがかないし、周りの変容にも苦しみは覚えていない。しかし、主人公の過去を振り返るシーンでは、やはり当時の彼の感じる心情の描写は丁寧で、作者の良さは全面に押し出されている。成功者が主人公を嗤い、主人公は過去の怨念に引きずられるようにそれに合わせるといういつものスタートと思わせて、今回は良い意味で裏切られた。
きっといつもとは違う一話だったんだろう、と感じさせる。彼との親交は近頃ぐっと減ったが、時事ネタも入り、彼の考えの変容をどこかで感じさせた。否、もしかしたら何も変わっていないのかもしれない。あくまで個人的な感想だが、描き方、捉え方の変化で物語はここまで変わるのか、と感じたというのが正しいかもしれない。
ここからは若干のネタバレが入るが、過去の主人公は多分、変わることを恐れた。それは凡人の判断だったのかもしれない。しかし、気づけば社会が変容し、それに合わせて主人公も変容している。結果は彼は彼なりの幸せを手に入れ、過去では成功者だった友人は見事に置いて行かれている。今までとは違うアプローチが心地良かった一話だった。次回作に期待しております。