幽霊は友達になってくださいと言った《ショートショート》

T-Akagi

幽霊は友達になってくださいと言った

「友達になってください」


 いきなり告白は気が引けるから、友達からお願いします的なテンションで語りかけてくるこいつは、多分幽霊だ。


「いいけど、あんたなに?」

 ほとんど透けてるし、足が床に着いてるようには見えない。

「私ですか。サイトウです。一番難しい齋藤。下はのどか。ひらがなです。」

 自己紹介し始めているが、名前聞いてたわけじゃなかったんだけどなぁ。目の前にいる半透明の浮遊してる霊的存在を前に、落ち着いていられる神経は我ながら信じられない。

 ホラー映画は大の苦手なはずなのに、なぜか冷静でいられている。その理由はよくわからないが、霊っぽくないからだろうか。


「齋藤って漢字、画数多くて大変なんですよねー。あ、この辺に住んでますよ。と言ってもほとんど外でないですけど。」


 霊的存在は一人で話を進めているようだが、どうしてこうなったかだけは教えておこう。




 大学の授業を終えて、22時までのバイトのあと帰宅した。いつもは真っ暗な部屋の電気を点けて、テレビ点けて、荷物を降ろしたらお風呂へ直行する。

 ただこの日、自宅のドアを開けたら、驚異的なナチュラルさでそこに足元の見えない霊的存在がそこに居た。


 最初は泥棒かと思い、咄嗟に玄関に置いてあったホウキと塵取りを両手にかまえたが、こちらに気付いた齋藤のどかと名乗る浮遊生物は、主人に駆け寄る犬の如く、笑顔で駆け寄って来た。


「あ、そういえば、掃除の途中だったんですかね?手伝いますよ!るんるん♪」

 語尾にるんるんという鼻歌のようなセリフをハッキリいう生物に初めて出会った。明るい。とても明るい。たぶん消えかけているのに。


 そのまま立ち尽くしているわけにもいかず、手に持ったホウキと塵取りで玄関を掃いてみた。奥ではどこから見つけたのか、ボロ雑巾で窓を拭いている浮遊霊が見えた。なんとシュールな光景だ。

 何者なのかを探る間もなく一緒にお掃除するハメになったが、あまりの驚きにバイトで疲れを感じなくなっている自分がいた。


 しばらくお掃除していると、ふと疑問が浮かんだ。この浮遊霊はいつまでここにいるのだろう。そう頭におもいうかべた瞬間、


「今週末まではいますからね。」


 齋藤のどかは聞いてもいないのに答えた。何でわかるんだ?という疑問はある。しかし、何だかんだペースに引き込まれていっている気がする。


 そして、そのまま、霊的存在との奇妙な同居生活がスタートした。


なぜだ...


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


「おーい。おーーーい。」


 目を開けると、そこには半透明の女子の顔が視界いっぱいに映し出されている。


「わっ!いや、なんだよ!」


 起きて早々、目の前にいる女子と視線が合ってビックリしてしまった。嫌とかそういう反応ではなく、単純にビックリしただけだ。女性とこんなに近くで向かい合った事はない。顔が明らかに赤面しているのがわかる。頬が熱い。


「あれー?もしかして、テレてます?おはようございます♪」


 浮遊した女はアハハとイタズラな笑みを浮かべた。その笑顔に何故か胸騒ぎがした。これは……もしかして?


「何言ってんだよ。いきなり目の前に人がいたらびっくりするでしょうが。あぁ、おはよう。」


 そりゃそっか、とまた笑みを浮かべた。女性と付き合った経験のない私にとって、こんなに信じられない朝を迎えるとは思ってもみなかった。

 昨晩は風呂に突然入ってきたり、ベッド使わせてくれと潜り込んできたり。なかなか眠れるはずもなかったが嫌な気はしなかった。


 不思議な同居人が現れて半日。それでも大学には行かなくちゃいけない。大学やバイトから帰ってくると出迎えてくれたりもした。

 僕は大学に入ってから一人暮らしを始めた。ホームシックという程ではないが、実家が恋しくなる時はしばしばあった。そこに謎の浮遊霊が転がり込んで来て、内心賑やかで嬉しくなってしまっていた。


 そして、その同居生活開始から一週間ほど経った。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー



「ただいま。」

「......。」

 一週間ほぼ毎日、帰ってくると出迎えてくれた。しかし、今日はそれがなかった。もしかして、いなくなったのか?そんな事が脳裏をよぎる。


「おーい。いないのかー?」

「............。」


 まさか、、、と思ったが、ワンルームの奥にはいつものどかの後ろ姿があった。座り込んでいて微動だにしない。


「ただいま。...どうした?」

「......。え......?」

「いや、いつも玄関まで来てたのに...と思って。」

「...あ、ごめんなさい。ぼーっとしちゃって...。」


 少し寂しそうな背中だった。のどかはまだこちらを向かない。何かあったのだろうか。そう考えてみて、初めて今のこの異常な状況であると気づいた。

 どう見ても少し浮いている少し透けている女性が自分の部屋にいる。霊的な何かであるなら何故ここに居るのか。それについて話した事はない。話してはいけないかもしれないと思っていた。聞いたら居なくなるかもしれない。


 その日、それ以上話を聞く事はできなかった。


 そして、次の日、大学から帰った時、彼女はいなくなっていた。


ー・ー・ー・ー・ー


「ただいま。」

 部屋に気配はない。予感は的中した。部屋を隅々まで探したが、痕跡すら見当たらなかった。

 もう彼女は居ない。友達になってくれと言った齋藤のどかと名乗る浮遊霊は、下から存在しなかったかのように消え去ってしまったようだ。


 寂しさと1週間を思い返しながら、いつものルーティーンに戻った。お風呂に入り、夕食を食べ、アマプラで少しでも明るくなれるバラエティを見て。それでも癒えない。感傷に浸りながら、少しも来ない眠気を誘うように、リラックスできる音楽を聴いたりしたが、一睡も出来ず朝を迎えてしまった。


 朝になり、たしかそこにはなかったはずのメモが置いてある事に気づいた。


「こんなのなかったよな。もしかして、、、」


 途端にそこに彼女が居る様な、そんな気がして窓のそばや玄関を見渡す。目で見ることは出来ないが何かいるんじゃないか。普段なら怖くなってしまうはずのそんな状況も、今の自分にはポジティブにしか捉えられない。


「居るんだな。よかった...。」


 その目に映らない彼女に問い掛けている。本当に居るのかどうかもわからないのに。


 メモに目をやると、こう書いてあった。


【 1週間ありがとう。私、気づいちゃいました。】


 たぶん彼女は、最初気づいていなかったのだろう。


【 私の名前は齋藤のどか。隣の部屋の住人です。いえ、住人でした。】


 隣に女性が住んでいる事は知っていたが、ほとんど姿を見た事はなかった。


【 私には、身内もいなかった。友達もいなかった。】


 何らかの理由で家族と一緒にいられなかったのだろうか。理由はわからないが、家族も友達もいない孤独な身だったのかもしれない。


【 この世に必要のない人間だった。 】


 そんな事はないのに。もっと早く出会えていれば。悔やまれる。


【 生きているのが辛くなって、屋上まで上がったことまで覚えているけど、それ以上思い出せません。 】


 このマンションには屋上が存在する。そこに彼女はいるのだろうか。僕は自然と走り出していた。


【 気づいたらあなたの部屋にいました。あなたはとても優しくしてくれました。 】


 過去形にしてくれるな。そんな思いで、階段を駆け上った。


【 少しの記憶が戻ったのは昨日。あなたにそれを伝えられなかった。ごめんなさい。 】


 謝るな。君とのほんの少しの時間を、僕はどれだけ穏やかに過ごせた事か。僕から感謝はしても、謝られる覚えなんて無い。


【 多分、もう私はこの世にいません。だから、 】


 その時、彼女は確かにここに居た。僕だけにしか見えてなかったとしても。だから、


【 私を見つけてください。】


 絶対に見つけてやるから。


ー ばん! ー

 屋上のドアを勢いよくあけ、屋上中を探した。彼女の姿は無い。しかし、そこで見つけたのは、また一つのメモだった。


【 見つけてくれて、ありがとう。最初で最後の友達へ。 】


 そのまま、僕は、その場で泣き崩れてしまった。


 屋上から見下ろせる狭い路地の真ん中で、彼女は安らかに眠っていた。


  END

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