第29話 ハーピーさんと秘密の共有

 四日後、王宮へと帰ってきたララが見たのは、貴族世界に馴染みまくったイリスとクゥペッタだった。

特にクゥペッタは格段にフォークとスプーンの扱いが上手くなっており、サラダをこぼさずに食べられるようにまでなっていた。

フォークでソースのかかったポップコーンと呼ばれている食べ物を口に運ぼうとしていたイリスは、ララに気が付くと、驚いた顔のままフォークを口の中に突っ込んだ。


「元気そうだね。」


ララは一先ず安堵の溜息をついた。

ただ、同時に不安にも襲われる。

イリスとクゥペッタの…特にイリスの服装だ。

明らかに煌びやかで豪華な、ピンクの魔糸で縫われたドレス。

細部まで凝った刺繍が施されている、翼のあるイリスの為に袖は無い、見るからに特注品だ。


(というか、こんなのを四日や五日で作れる?…人、居るっちゃ居るけどさ。)


知人の顔が頭を過ぎり、ララは苦い顔をする。

間違いなく、その人の作品だった。


「イリス、少し話があるんだけど。クゥペッタも一応来て。」

「わかりました。クゥペッタ、ララさんが話をしたいそうです。」


ララは二人の仲に、エインティアを重ねた。


(エインは割と独占欲が強い所あるけど、大丈夫かな?)






 寝室の中に入り、戸締りを確認してから、ララは防音魔法の膜を貼った。


「よし、イリス、これからどうするか話すよ。」

「…そのことなのですが、私、王宮に残ります。」

「は?」


言い辛そうにしていたイリスの口から出た言葉を、ララは即座に理解することが出来なかった。


「ララさんとエインだけでもクゥペッタは送り届けられますし、別に会えなくなる訳でも無いですから。」

「だからって!」


ララは食い下がり、クゥペッタは状況が解らず二人の間に視線を彷徨わせている。


「色々と考えたのですが、やっぱり、私が虹色ハーピーとして役目を果たすなら王宮に仕えるべきか、と。」

「役目の為に自分を殺すの?」

「っ、でも!」


(私だって皆さんと王宮を抜け出して、旅でも何でも…とにかく、一緒に居たいです。…けれど、ララさん、天才の貴女が私の傍に居ると、もしもの時に私が争いの火種になってしまうかもしれないんです!)


「智聖へイネスさんは上手くやりました、とっても。けれど、それはカメラとかが無かった時代の話です!今は違う!」

「イリス、何を言っているの?」

「っ…。」


イリスは再び口を噤んだ。


(言う訳にはいかないです。ララさんは、とっても優しいから。)


「そういう訳で…私はここに残り…むがっ!?」

「僕にも説明して。」


クゥペッタの綺麗な指がイリスの口に入る。


「はふぁふぁふぁ!」

「あ、ごめん。」


クゥペッタは自分の指でイリスが喋れなくなっていることに気付き、指を引き抜いた。

「ふぅ、えっと、私はここに残ります。」

「残らないよ?」

「え、いや、あの、だから、私だけ…。」

「残らせないよ、僕の友達だし。皆に自慢するんだから。」

「いや、そんな簡単な問題じゃなくて……。」

「簡単な問題だよ。表情硬いよ?」

「だから!」


イリスは声を張り上げる。

クゥペッタはケロリとした顔でイリスの剣幕を受け流した。


「うぇいうぇい。」

「ふざけないで下さい!」


クゥペッタはプクりと頬を膨らませた後、不貞腐れたかのような口調で言う。


「だってさ~、イリスが理由を言ってくれないんだもん。」

「う……それは、言えません。いや、クゥペッタだけになら。」


イリスは少し考える。


(エルフ語ならララさんもわからないし、クゥペッタになら話しても…。)


そして、口を開く。

クゥペッタは一転、真面目な顔で話を聞いた。


「…虹色ハーピーも色々と大変なんだね。………。」


クゥペッタは、直ぐには言葉が出なかった。

しばしの沈黙の後、クゥペッタはゆっくりと、重い口を開いた。


「…でもさ。やりたいようにやんなよ。うん、やりたいことをやろう。大丈夫、ララさんは勿論、僕も結構戦闘には自信があるから。」

「でも、私は戦えません。それに、そんな規模で収まる訳が無いです。私の勝手で、皆さんに迷惑を…。」

「本気で言ってるの?」


クゥペッタの声が、急に鋭さを帯びた。

イリスは、顔を伏せる。


「寧ろ、ここに残るのが、イリスの自分勝手でしょ?」

「うん……でも、いいのかな。」

「いいんだよ。一生、虹色ハーピーの役割なんて気にしなくても。」


クゥペッタはクスリと笑う。

イリスは、真剣な顔でクゥペッタの瞳を見つめる。


「一つだけ、約束して貰えますか?……もしもの時は、私を…。」

「……僕はイリスの側に立つよ。僕だって馬鹿じゃない。」


再び沈黙が訪れる。

冷たくなった空気の中で、ふと思いついたかのようにクゥペッタは口を開いた。


「秘密を教えてくれたお礼。僕の秘密も教えてあげる。」


イリスもまた、クゥペッタの話を真剣に聞く。


「……いつか、手伝わせて。役に立つかはわからないけど。」

「僕もイリスを危険な目に合わせたくはないけれど、取り敢えず、気持ちは受け取っておくよ。」


二人の間に、秘密が繋がった。

共有者であり、共謀者でもあるのかもしれない、特別な存在同士の、不思議な縁。


「えっと、話は終わったのかな?」

「…はい、私も、同行します。」

「…!……良かった!!」


ララは感謝を込めた笑みを、クゥペッタに送る。

クゥペッタは、それを作った微笑で受け流すことしか出来なかった。






 「エインがイリスに会いたがっていて余りにも煩いから、今日の夜に王宮から出るよ。手順は先程言った通りで。忘れ物は取りに帰れないから注意。仲の良い人が出来たなら、それと無く今日の内に挨拶を済ませておくように。」

「はい!」


イリスは頷き、それをクゥペッタに伝える。

クゥペッタは、「僕はいないかな…。」と小声で呟いた。


ララが防音魔法を解くと、遠くから王女様の呼び声が聞こえてくる。


「イリスさ~ん!クゥペッタさ~ん!どこですか~!!」

「ラティさんが呼んでますね!」

「イリス、絶対にバレないように、だよ。」

「は、はい!」


ララは念を押すようにそう言うと、イリスの頭をポンポンと叩いた後、スッと姿を消した。

正確には、身体を透明化して、魔法陣すらも透明にして魔法を発動し、瞬間移動を行った。


(やっぱり、ララさんは凄いな。)


そしてイリスには、それが見えていた。


(虹色ハーピーって凄いな。)


そんなイリスの横顔を、クゥペッタは横目で眺めていた。






 ラティは王宮唯一の王女様だ。

故に、式典以外で王宮から出たことが殆ど無い、箱入り娘と呼ぶにふさわしい少女だった。


「イリスさん!クゥペッタさん!食事中なのに!どこへ行っていたのですか!?」

「すみません。少しティリアナさんとお話することがありまして。」

「おぉぉ!英雄の魔法使いさん!私もお話したいです!」


ラティの無邪気な瞳にイリスは苦笑いを返す。

ラティは17歳なのでイリスより年上なのだが、天真爛漫さや一般常識の無さ等、明らかに年下のような振る舞いをしてくるので、イリスはやり辛かった。


「残念ながら、お仕事に行ってしまいました。」

「がーん!」


ラティはオーバーリアクションをしたかと思うと、すぐさまテンションと話題を切り替えた。


「では、エルフの里について、もっと詳しく教えて貰えて下さい!」


イリスはクゥペッタに通訳する。


「え~面倒臭い。」

「クゥペッタ!」

「はいはい、……もしかすると、巡り巡って良い方向に流れが行き着くかもしれないし、ね。」


クゥペッタが渋々話し出すのを翻訳しながらも、イリスは少し考える。


(エルフ語での内緒話に慣れ過ぎるの、余り良く無いですかね?…でも、陰口?とは言わないかもですが、こういう秘密の話って凄く楽しいというか、親密になれるというか…トイレで話す女子の気持ちが今更ですが凄くわかる…!)


「ちょっとイリス?聞いてる?」

「あ、はい、勿論、全く聞いていませんでしたよ?」

「おいこらテメェ。」

「あはは、ごめんなさい、上の空でした!」

「イリスちょっとふてぶてしくなった?」

「えへへ。」


褒めてない、と返しながら、クゥペッタは苦笑いした。


(これ、僕の影響じゃないよね?いや、こういう会話が出来るのは良い兆候の筈!うん、僕は悪くない!)


クゥペッタがふとラティの方を見ると、彼女は目を輝かせていた。


「お二人はとても仲が宜しいのですね!」


イリスはクゥペッタを見て、翻訳しながら首を傾げてみせた。

クゥペッタはイリスの額を人差し指で軽く弾いた。


「まぁ、仲は良くなったんじゃない?」

「ですね!」


ラティの羨ましそうな視線に気付き、イリスは話しかける。


「ラティさんが宜しければ、私達も友達になりませんか?」

「本当!?」


クゥペッタも察したのか、ビジネススマイルをラティに投げかける。


「ビジネススマイル上手いですね、クゥペッタ。」

「ご機嫌取りって大事だから。」


勿論、イリスは見抜くが、それはイリス以外には見抜けない程に精巧だった。


「ほ、本当に宜しいのですか!」

「はい!…友達記念に、一つだけ、秘密を教えます。誰にも話さないでくれますか?」

「は、はい!」


イリスは卑怯だとは思いながらも、今日の夜、居なくなることを話す。

ラティは愕然としながらも、声が漏れないように、口を手で抑えた。


暫くしてラティは震える声で、口を開いた。


「私も連れて行って貰うことは、出来ないのでしょうか。」

「残念ですが、魔法が使えない人には危険過ぎる旅です。」

「……。」

「…ですが、いつかまた、会いにきますよ、きっと。」

「本当ですか!?」

「はい!」


(口から出任せ。…無責任だったでしょうか。)


「そんなことないよ。良い事じゃん、生きる目的が出来たね。」


イリスの心中を察したクゥペッタが、声をかけた。


「そうなのでしょうか。」

「そうだよ、きっと。」


イリスはラティの目を見据える。

ラティも強く見つめ返す。


「約束します。」

「…はい!そうと分かれば、今度は一緒に冒険出来るように、魔法の特訓だ~!」

「ちょっと!?ラティさん!??」


それは、悲しみを隠す為の、『本音』だった。


(あの人本当に魔法の練習しようとしてる!!)


イリスが慌ててクゥペッタの方を振り向くと、僕は悪くない、とでも言うかのように、クゥペッタは目を逸らした。


(どどど…どうしましょう!???)






 ラティは脱出計画のことを誰にも明かさなかったらしく、イリスとクゥペッタは、予定通り、王宮から脱出したのだった。

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虹色ハーピー☆ランナウェイ 曇咲くるみ @luminaria_nubi

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