第28話 ハーピーさんと王宮

 お祭りが始まった。

売店はここぞとばかりに商売を始め、軍は緊急パレードを予定し、研究者たちはグラメペペスの亡骸へと集まる。

人々の談笑が、街を包み込んでいる。

そんな様子を、イリスは王宮から眺めていた。


王宮内に入れたのは、イリスとララとクゥペッタだけ。

元地方貴族の家出娘エインティアは、入る事が許されなかった。

しかし、そのことにエインティアは不平不満を訴えることは無く、


「それはそうでしょう。当然ですわ。」


と言って、宿へと帰っていく。

 ララの指示で、エインティアには、アトンミィが護衛に就くこととなった。

ティリアナが不在の間に起きた問題等々、ララは暫く王都に滞在しなければいけないことになった為、その期間中二人で魔法の特訓をするようだ。

イリスとクゥペッタが王宮にいる理由は、只でさえお祭り騒ぎで護衛がしにくくなる時に、ララ(ティリアナ)が傍に居ることが出来ないのは危険だ、というララの考えからだ。

また、グラメペペスを食い止めたせいで、更なる神格化をされた虹色ハーピーを保護する為でもあった。


 王の御前で平伏するララを見て、クゥペッタが呟く。


「ねぇイリス?こいつら偉そう。」

「じ、実際偉い人ですからね。王様、えっと、この国の村長さんです!」

「おおお…僕も頭下げた方が良いのかな?うーむ、でもヒトに頭下げるのは違う。」


クゥペッタは沢山食事を貰った後だったので頭を下げるか長時間悩んだが、結局下げずに、


「イリスにだったら平伏しても良いよ。」


と、呟いた。


「私は嫌ですよ?友達でいましょ!」

「うむ、くるしゅうない。」

「何でそっちが偉そうになるんですか!」


どうやらクゥペッタは仲良くなる程に口数が増すタイプのようだ。

そして、どうやらエルフ語を理解出来る人間は、王宮にも居なかった。

つまり、陰口言い放題だ。


「あのおっさん、多分頭に乗っけた趣味の悪い金ぴかのリングで禿げを隠してる。」

「あれは王様なら絶対かぶる、王様の証ですよ!」


イリスはついついツッコミの声が大きくなってしまい、集まった視線に縮こまる。

だが、虹色ハーピーを戒めることなど、王族にすら出来るものでは無かった。


「村長の首飾りと同じなのか。成程。」


クゥペッタは一人納得した後、王様がティリアナへと向ける有り難いお言葉の最中にも関わらず、話が長いね、と自分に割り当てられた部屋へと向かって歩き出す。


「ちょっと!流石に今はマズいでしょ!」

「エルフとの無駄ないざこざを作る程、この人は馬鹿じゃ無いと思う。というか、イリスの方が偉いんじゃないの?もっと堂々としたら?」


そう言われて、ハッとする。

王の前で突っ立っている時点で相当無礼ではあるのだが、イリスはいまいち自分が偉いという実感が持てずにいた。

イリスはふと、ララを見る。

顔にこそ出してはいないが、オーラから、途轍もない疲労が感じ取れた。


(そうですね、堂々と。)


イリスは大きくあくびをする。

即座に、王様との謁見は終了した。





 「イリス、助かったよ。」


ララは思い切り顔に疲労の色を浮かべながら、イリスに感謝する。

ララの提案により、部屋はイリス、ララ、クゥペッタの相部屋となった。

明日から暫くの間ララが居なくなる為、イリスの信頼できる護衛として、クゥペッタを傍に置いておきたい、という理由だ。

イリスもクゥペッタも、それには賛成だった。


 暫くして、三人はお風呂へと案内される。

大浴場、とまではいかないが、数人が入れるお風呂が一つ、蒸し風呂(サウナ)と水風呂があった。

クゥペッタは喜んで水風呂へと入っていく。


「うわ、冷たい!」

「ちょっと、体を流してからにして下さい!」

「?」


自然に生きるエルフにヒト文化の理解は難しく、イリスは一から説明していく。

それを、ララは湯船に浸かりながら笑顔で見守っていた。


「何か、虹色ハーピーがヒトの文化を教えてるの、面白いよね。」

「確かに!」


イリスはまたもやハッとする。

元人間といえど、こちらではずっとハーピーの設定だ。


「え、と、多少は、人間に対して理解があるだけです…。」

「神様に教わったの?」

「い、いや…何と言いますか…。」


イリスは言葉に詰まった。

湧き出る汗を、シャワーで流す。


「虹色の身体には、秘密がいっぱいだね。」


ララがそれ以上イリスの事について追及することは無かった。

イリスが俯くと、顔面にシャワーの水が直撃する。


「ぶぇ。」

「あはは。」


いつの間にかイリスの隣まで来ていたクゥペッタが、シャワーを構えていた。

お揃いの魔晶石の指輪が水に濡れて煌めく。


「ちょっと!?」

「誰にだって隠し事くらいあるさ、勿論僕にだって。」


イリスは、クスクスと笑いながらシャワーを傾け再び魔晶石を翳して水を出そうとするクゥペッタの腕を掴み、指輪を取り上げる。


「なら、一つ秘密を教えて下さい!そうしたらこれ、返してあげます。」


クゥペッタは少し悩んだ後、ニヤニヤを隠し切れない顔で口を開く。


「実は、耳の裏を触られると、途轍もなく気持ち良い。」

「はい、嘘ですね。私は嘘がわかるので。」

「あ、そういえば、ずるい!」

「嘘ついて誤魔化そうとする方がずるいです~!」


子供のような喧嘩をしながら、イリスは何だか楽しくて仕方が無くなってくる。

自分以外の誰も、異生物を見ることが出来ない世界で、翼彩が理解し合える人間など、同じ境遇を少しでも理解し合える人間など、何処にも居なかった。

だが、今、ヒトばかりの国で、異なる種族の、虹色ハーピーとエルフが出会った。


「ふふふふふ…。」

「お?どうした?…大丈夫?」

「いえ、言い合える関係って良いですね。」

「うむ。…そういえば、イリス君は魔導具を解かないのかい?」


ワザとらしい口調のクゥペッタの指摘で、イリスは思い出したかのように魔導具を解除する。

浴場が眩い光に包まれる。


「この姿だとどうも歩き辛いんですよね…って、あぁ!」

「引っ掛かった!隙あり!」


イリスの腕が翼となった為、魔晶石の指輪は地面へと落ちる。

それを、クゥペッタはすかさず拾い上げ、指に装着した。


「第二ラウンド開始ぃ!」

「くっ!」

「こら!イリス、クゥペッタ、いい加減体洗って出るよ。」


二人のじゃれ合いは、ララに頭を押さえつけられたことにより強制的に終了する。





 ララに髪の毛を乾かしてもらいながら、クゥペッタは手持ちの2枚のカードを入念にシャッフルし、前に出す。


「こっち?それとも……あ、こっちですね。」

「うあ、そうやって聞くのずるい!…じゃあ今度はこれやろ!」

「身体能力系は私が勝ち目無いので嫌です。」

「勝っといてか?自分の土俵のゲームで勝っといてか?」


ララが沢山のゲームや玩具を持ってきていたらしく、二人はそれで遊んでいた。

自分の居ない間、退屈にならないようにというララの気遣いだったが、


(クゥペッタと一緒だと、イリスは悪ガキ化する節があるね…良い兆候ではあると思うけど。

王宮の人達にあまり迷惑をかけないって意味でも、玩具は役に立ちそうだ。)



少し遊んだ後、夕食を頂いて、歯を磨いて、就寝する。

野宿や安宿慣れしていたイリスと、そもそも布団を使って寝る習慣のないエルフのクゥペッタは、ふかふかの超高級なベッドになかなか慣れないらしく、寝付けずにコソコソと話していた。


「明日から、私は居ないからね?あまり夜更かししないようにね。」

「はーい。」

「はーい。」


イリスが元気よく返事をし、クゥペッタがそれを真似る。

エルフ語しかわからないクゥペッタは、勿論ララが何を言っているのか理解してはいなかった。


「…まぁ、仲良くね。私は明日朝早いから、もう寝る。」

「それでは、静かにしますね。」


イリスがそれをクゥペッタに伝えると、クゥペッタも、


「静かにしますね。」


と、イリスの真似をして、言葉を繰り返した。


(仲は良さそうだし、そこまで心配はいらないかな。)


親心に似た感情を抱きながら、ララはゆっくりと瞳を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る