第27話 ハーピーさんとペペス

 閃光と轟音の先の光景を、初めに認識したのはやはり、ララだった。


「……。」


かつて大地だった甲羅は中央を穿たれ、形を保つことが出来ず、四つに割れていた。

支えるべきものが無くなった脚達は、漸く永い仕事から解放されたかのように、グッタリと地面に寝そべっている。

そこにあったのは、地上最後のペペスの亡骸だった。


「頭がガンガンしますの…。」


ララは霧散した魔素を集めて変換し、魔力を回復しながらも、聴覚と視力を回復させる為の魔法をエインティアとイリスにかける。


「う…あ……って、あれ?あー。あー。」


イリスは急に治った視界に驚いた後、聴覚も治っている事に気が付く。

ララはまだ視界が戻っておらず、ワタワタしているアトンミィに手を伸ば……さずに、他の魔法使いの兵士達を回復していく。

回復魔法が使えそうな人を最優先で。


(ミィは派手な攻撃魔法はまあまあ凄いけど、それ以外がね…。)


ララは回復させていきながらも、フゥミリアの姿を探して目を動かす。


(フゥミリア……。)


ララとフゥミリアは、あの一件以来、会うどころか、連絡すらとっていなかった。






 王宮、二階展望。


「こんな所にいたのか、フゥミリア。」

「……ブラウム。」


酒瓶を片手に持ったブラウムが、フゥミリアの隣に立つ。


「行ってやれよ、ティリアナのとこ。」

「どの面下げて行けっていうの?私があの時……。」

「ティリアナは、もう前を向いてるぞ。」

「……。」


ブラウムは酒瓶を持ち上げ、口に運びかけて、止めた。


「…王国最強なんて呼ばれて、少しはアイツらに追いついたかと思っていたんだがな……情けねぇよなぁ。結局、有事の際に、俺は何も出来やしねぇ。」


拳銃を抜き、銃口を見つめる。


「酒を飲む気にもなれねぇ。あぁ、クソ!俺は今まで何をやっていたんだ!」


ボサボサの頭を掻きむしりながら、ブラウムは心に滞留した感情を吐き出した。

髪が濡れて、毛先から血が滴り落ちる。


「はぁ、俺は身体を動かしてくるわ。事後処理、頑張れよ。」

「……これから国を挙げて祭りが行われる予定らしいですが、参加は?」

「そんな気分にゃなれねーよ。」


ブラウムの背中を見送りながら、フゥミリアは小声で呟いた。


「私もです。結局、ティリアナ頼り。……私はいつも、押し付けてばかりで、何もしてあげられないどころか…。」


ピロン


魔導具の端末が、メッセージが来たことを通知する。


送り主 ティリアナ

私達の家、綺麗にしておいてくれて、ありがとう。

今忙しい?

時間があったらで良いんだけど、会えないかな?


「……。」


返信する言葉が思い付かず、フゥミリアはまるで凍り付いたかのように、固まった。


「……ごめんなさい。今は、貴女に会えない。…どんな顔して会えば良いかわからないの。貴女は気にしていないだろうけれど、私は…。」


避難指令が解除され、国中が徐々に歓喜に包まれていく中、フゥミリアの吐露は民衆の歓声にかき消される。

震える指で、文字を打った。


ごめんなさい。


様々な謝罪を込めた、一単語を返す。


(ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。)


時は刻まれ、世界は変わっていく。

かつて親友だった二人の関係もまた、例に漏れずに。






 仮設砦では、視力、聴力共に回復した魔法使い達が歓喜の声をあげていた。

ララは、タブレットを見つめ、溜息をついた。

アトンミィの顔が弾ける。


「ぶえぇ!?」

「あぁ!?ご、ごめんなさい!ですわ…って、やっぱり無理よ!」


エインティアの回復魔法の練習台に、アトンミィは使われていた。


「う~ん、まだちょっと早かったかな?でも、感覚としては間違ってないと思うから、反復練習しておいて。ミィ、ごめん、今治すよ…。」

ララは気を改め、回復魔法をアトンミィにかけ始める。


「皆さん!」


虹色ハーピー、イリスの大声で、砦の歓声や雑音の一切が静止する。

ララも思わず、手を止めた。


「皆さん、喜ぶのも良いですが、先ずは、母なる大地に、そしてそれを支えた父なるカメさんに、ヒトとして、感謝と敬意を。」


 グラメペペスは、『ヒト』を乗せていたペペスだ。

それはつまり、王国民を含めた、人類全ての祖先の揺り籠だったということだ。

その事実は、王国民達にとっても、一般教養として知っている、常識だった。


 イリスは帽子をとって、手を合わせ、その後、気付いたかのように両手の指を絡め、祈りを捧げる。

皆、後に続く。


遠くから、フゥミリアの声が響く。


「皆様、我らが母なる大地、グラメペペスに祈りを。」


防壁展開指示の時も使った、音声拡張魔法だ。

ララは慌てて声の方向を振り返る。

その瞳に映ったのは、フゥミリアの後姿だけだった。


「……うぅ、ようやく目が見えるようになった!ティリアナァ!よくも私で遊んでくれたわね?今日という今日は……。」


 静まり返った砦に、アトンミィの大きな声が響く。

祈りを捧げていた兵士達が、一斉にアトンミィに注目する。

兵士だけではない。

砦の上は、王都アトラセル側からも丸見えだ。

王国民からの視線も一身に集める。


「あ…え……?」


視界から靄が消えていく程に、アトンミィの頭に、辺りの様子が流れ込んでくる。


「あ…あ…あの……ご、ごめ……。」


アトンミィは、顔を真っ赤にして震えながら、両目に涙を滲ませ、プルプルと、まだ幼い子犬のような表情でティリアナに助けを求めるような視線を送る。

ティリアナは軽くため息をつくと、アトンミィの頭をポンポンと叩いた。


「取り敢えず、一緒に祈ろうか。」


アトンミィはコクコクと頷くと、両の手を合わせた。


 エインティアはイリスの様子を、表情を盗み見ようと目だけをイリスに向ける。


(何か、思うところがあったのかしらね。同じ……いえ。)


そこで、エインティアはふと、考えた。


(虹色ハーピーは、導き手に証を与えた後、天へと帰ってゆく。私は確か、そうララ

に習いましたわ。…天へと、帰って行く?そんなの……。)


祈りを終え、エインティアは改めて、イリスを見る。


「う~む、お祭りが始まっちゃいそうな雰囲気ですね。」

「そうだね、そして主役は、私と、イリスだろうね。」

「…ですよねぇ。」


イリスは軽く苦笑いを浮かべている。


「ねぇ、イリス?」


エインティアはイリスに話しかけるが、言葉に詰まった。


(無理はしないでね?…いえ、違う。もっと、違う言葉を……。)


そして何かを思いついたかのように、口を開いた。


「絶対に、何も言わずにいなくならないこと。約束してくれる?」

「あ、あれはエインが背中を叩いても反応しなくて…。」

「そ、それに関しては悪かったわね!うん、だから、今回は不問にしてあげる。……けど、すっごい探したし、すっごい心配したんだから!」


 エインティアは、自分の赤面を誤魔化すように、イリスの、自分より一回り小さな体を、それに付いた不格好なまでに立派な翼の付け根の上から背中へと手を滑り込ませ、抱きしめた。

イリスは少し驚くと、嬉しそうに、にこりと笑って、エインティアを優しく翼で包み込む。

ララは、笑った。


(この子達を守る、それが、当面の目的かな。…後は、そうだね。今まで出来なかった事を、色々と。うん、ようやく、ゆっくりとかも知れないけれど、前へ…進んで行ける。)


ララは、一人仲間外れになってやや不貞腐れている、クゥペッタの頭を撫でてあげた。

馴れていなかったのか、クゥペッタは口を半開きにしながらされるがままに撫でられた。


「ありがとうエインティア。」


イリスはエインティアに感謝の言葉を伝える。

その上で、考える。


(いつか役目をこなせる、なんて考えでは、不誠実なのですかね?)


イリスは自分でも驚いていた。

不誠実とか、不義理、とか。

そういった考えは、集団行動を避け、他人に興味すら持たなかった以前の翼彩では、浮かぶことさえなかった考え方だ。

イリスは、グラメペペスの亡骸に顔を向ける。


(グラメペペス。貴方は、貴方の人生は、幸せでしたか?)

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