第8話
『(判別不能)』
『(判別不能)』
『……手間ぁかけさせやがって』
『思いの外抵抗が激しかったな。……ヤキツケにしては随分と威勢のいいお嬢さんだった……とりま手足を縛れ、きっちりな。あの勢いだと生半可な拘束じゃあ抜け出して暴れかねない』
『了解っす!! ところで服とか脱がせてもいいっすか? オレ、ヤキツケって縁がなくて……こういうのって髪も目も色はあとづけなんすよね? ずっと気になってたんすよねえ、下の毛ってどうなってんだろうって』
『服は脱がすな、大事な交渉材料だ。交渉がうまくいって返すって時にちょっとでも穢されたとでも思われたら面倒だ、つーか多分普通に殺されるぞ。……交渉が決裂したら好きにしていいがな』
『やっりい。オレ一番でいいっすか?』
『下っ端が何言ってやがる、兄貴が一番に決まってんだろ』
『いや、オレは別にいいからお前らで好きに輪姦せ。ああそれと下も同じ色だよ、眉毛も睫毛もこの色なのに下だけ違ったらおかしいじゃねーか』
『それもそうっすね!! ひゃははははは!!』
『そういやこのへんてこな首輪はなんだ? 気を失う直前に触っていたみてーだが……なんかここにちっせぇスイッチみたいのがある……こいつが触ってたのもこの辺だったな……?』
『さあ? なんだろうな? ……見たことのないイカしたデザインだ』
『火薬とか仕込まれてねーっすよね? こう……スイッチを押したらボーン!! って首がすっ飛ぶような』
『はは、それはないだろう。……だが何かあったら面倒だからそのスイッチには触らないでおこうか』
『っすね』
『それじゃあ運び込むぞ』
『うっす!!』
………………………………………。
…………う。
どこだ、ここ……あたまと、てと、あしが、いたい……
なにがどうしてこうなった……? えっと……
『おや、お目覚めか? ヤキツケのお嬢ちゃん』
……っ!!?
思い、出した……!!
『こんのクソ野郎ども!! ここどこだ、つーか誰だお前ら!!」
……ってか、は? 痛いと思ったら手足縛られてんだけど?
なんで私がこんな目に? 私また商人にでも捕まった?
『ははは。本当に威勢がいいなあお嬢ちゃん。悪いが身柄を拘束させてもらった。お嬢ちゃん、ヴァレーリ家の関係者だろう? おじちゃん達ちょーっとあいつらと色々あってなあ。いわゆる人質にさせてもらった』
『は……はあ!!? 人質!? 私が!!? 私、下っ端中の下っ端だぞ見りゃわかんだろ!!?』
『そりゃあわかるが、それでもお前さんはあのシアン・ヴァレーリ・アウイナイトのお気に入りだろう? だったら交渉材料としては十分だ。お気に入りの娘さんを綺麗な身体で返して欲しけりゃ、って脅せばあの得体の知れないクソガ……ヴァレーリ家の次期当主サマも釣れてくれるんじゃないかと思ってねえ』
『いや、それはない』
『ははは!! 真顔で言い切るか、お嬢ちゃん案外酷い女だなあ!! 少しは信用してやれよ、お前さんの御主人様を』
『いや信用とかそういうの関係ないし。私ただの使用人。お情けで雇ってもらってるだけ……』
『……あのクソガキがお情けでヤキツケを雇うなんざよっぽどのことだと思うがねえ……まあいい今ウチのが交渉中だ。それが終わるまでいい子で待ってな』
うぐ……手も足もきっつい……こりゃあ逃げるのは無理か……
『逃げようとしても無駄だぞ?』
『……みたいだなあ。ヤキツケ相手に随分大袈裟な』
『ははは。随分と抵抗してくれたからな。念には念を、ってことで』
『そうかよ、ああもう……ほんと最悪……』
『まあ交渉が終わるまでは何もしないから寛いでいると良い』
『こんな状態で寛げるとでも?』
『ははは』
………………………………………。
…………そういや、最後にスイッチ入れたよな。
なら、届いているのなら聞こえてんのか。
……なら、状況は伝えておこう。これが最後の報告にならないといいのだけど。
『(判別不能)』
『(判別不能)』
…………先生、もしくは極東の誰か。
聞いてください、私やらかしました。
端的に言って、誘拐された。
先生、本当ごめんなさい、あなたの弟子は自分で思っているよりもかなり鈍臭いようです。
逃げ足には自信があったし、人の気配には聡い方だと思っていたのだけどこのザマだ。
前回のこともあって大分気を付けていたのだけど集団で囲まれて気が付いたらこんな状況に……
今、気が触れた人のふりをして話している、監視なのかすぐそこにおっさんが二人いるんだが、そのうち一人の視線が痛い……
つーか縛られた手と足の方が痛い……もうちょい緩めてくれないとそのうち壊死しそうですごく嫌だ……
なんでこんな状況に陥ったのかを話そう。
ヴァレーリ家の使用人には休日が与えられる、これはどんな身分であろうと変わらない決まりだそうだ。
だからヤキツケの私にも休日が与えられて……そういう日には大抵、先生が帰ってきていないかを確認すべく私達の家があったあの辺りを彷徨いているんだ。
今日もそうやって街中を彷徨いている最中に捕まった。
誘拐犯は奴隷商人ではなくて、どうもヴァレーリ家に恨みのあるチンピラ連中であるようだ。
で、私の身柄と引き換えに……っていう交渉をしようとしているらしくて。
……なんで使用人、しかもヤキツケの私なんて誘拐したんだこいつらは、どうみたって末端のいてもいなくてもどうでもいい奴だってわかるだろうに。
……いや実はちょっとだけ心当たりあるんだ。
前回の休みの時、今日と同じように街を彷徨いていたら偶然シアン様に会ったんだ。
それで昼飯時だからって誕生日にすら食べられないような超高級なステーキを奢ってもらって……
……多分それが原因なんだと思う、ヴァレーリ家の次期組長が直々に食事を奢るようなお気に入りだとでも勘違いされたんだろう。
いやまあ気にかけてもらってる自覚はあるんだけど、人質にとられたら切り捨てられる立場なんだよね。
だってお情けで雇ってもらってる使用人だし。
『さっきから何をごちゃごちゃ言っている!!』
『……何か話していないと恐怖でどうにかなりそうなんだよ!! つーかお前ら私みたいなヤキツケ一匹で本当にシアン様が釣れると思ってんのか!?』
本当にそう思ってんなら馬鹿じゃねえの!?
チンピラってこんなに頭悪い生き物なのか!? そんなに馬鹿なら人間やめちまえ!!
ああもう、腹立つ……!!
『あん!? てめー今なんつった!?』
『極東語だよ育ての親が極東人なんでね!! 大陸人からしたら意味不明なんだろうな!! つーか独り言くらい好きにさせろ!!』
『うるっせえんだよさっきからずっとぶつぶつぶつぶつと!! 気色が悪い!!』
『気色悪くて結構!! ここ最近色々ありすぎて限界なんだよ!! 先生いなくなるわ闇オークションに出品されるわ挙句の果てに家が全焼ときた!! 行方不明の先生相手に届きもしない報告を定期的にしてなんとか心の平穏を保ってるクソガキの気持ちがてめえにわかるか!? わからなくても多少は気遣えこの誘拐犯!!』
『知るか!! ってか先生って誰だよ!!』
『育ての親だよ文脈から察しろよこの低脳!!』
『んなっ!!? ヤキツケの分際で……!!』
『どうどう、どうどう。その辺にしておけ人質相手にムキになるな』
『ですが兄貴……!!』
『好きにさせてろ、いいじゃねえかよ独り言くらい……悪いなあ嬢ちゃん、こいつは頭に血が上りやすいタイプでね』
『……別に。というか本当に悪いと思ってんなら解放して欲しいんだけど』
『そいつは無理な話だ。諦めな。クソガ……ヴァレーリ家の次期当主サマが助けに来てくれることをせいぜい期待してな』
『ちなみに助けに来てくれなかったらどうなる?』
『悪いがその時はうちの奴らがお前さんを輪姦してからバラして街のど真ん中に放置することになっている』
『…………まじで?』
『まじだ。悪いなあ。まあ運が悪かったと諦めてくれや』
『殺すか犯すか、どっちかじゃ駄目?』
『駄目だなあ』
『駄目かあ……』
先生、先生。先立つ不孝をお許しください。
私は今度こそ死ぬようです、死ぬ前にせめて一目でいいから会いたかったです。
今まで大変お世話になりました、そしてごめんなさい。
『ん? なんだって?』
『……育ての親に、最期の別れの言葉を……なあお前ら、シアン様が応じなかったら好きにしてくれていいからさ……かわりにもしも渡辺菜摘っていう極東人に会ったら「宙はあなたに会えて幸せでした。恩を返せないまま死んでしまってごめんなさい。今までありがとうございました」って伝えてくれないか?』
『あぁん!? なんでオレらがんなことしなきゃ』
『いいだろう。そう伝えよう』
『ちょ、兄貴!?』
『言葉を伝えるくらいなら構わないだろう?』
『だがこいつはヴァレーリ家の……!!』
『ヴァレーリ家のものであってもただの使用人だ。兄妹を殺したアレではない……だからそのくらいならいいだろう?』
『兄貴がそういうのなら……』
『よし。なら決まりだ。……さて、そろそろ交渉役が帰ってくる頃だ。気を引き締めていくぞ』
『お、おう……』
『!! ……なんだ今の音は』
ぎゃ……ぎゃ――――!!? 人の腕が飛んできたああ!!? ちょこれどかしてどかして!! もしくは縄外して!! あっやべえこれ極東語。
ってか、シアン様!!? なんで単身乗り込……いや流石に他にも誰かいるんですよね????
『っ!!? 動くな!! 人質がどうなってもいいの、がっ!!』
『兄貴!! てっめぇ……!! ……ぐふっ』
……ま、待って待って待って何それ待ってちょっと待ってそれはない。
まってほんとに待って……? シアン様それって外にいた人の……
『……何をされた?』
それって、半分にぶった斬られた……あたま?
いやまさかそんなばかな。
先生、先生、どうしよう目の錯覚だと思いたいのに見れば見るほど人の頭にしかみえな……
『おい。何をされたかと聞いている』
『……っ!! 最初に気絶させられたのと縛られただけです……!! それ以外は何も……』
『……本当に?』
『ええ……』
『そうか…………次、出歩く時は供を付けろ』
『いえ……それは大袈裟というか……』
『また同じように拐われたいのか?』
『…………いえ』
……しばらく、外出は控えるか。
私如きに他の人の手を煩わせるのも面倒だし。
『怪我はないな?』
『ええはい……あ、ありがとうございます……うっわすごい跡になってる……あ、大丈夫です動きます、壊死とかはしてないんで……えっと、その……助けに来てくれてありがとうございます』
『……ふん、別に…………おい、どうした』
は? …………あれ。
なんで、泣いて……
あ、やば…………とまらな……
『だ、だいじょうぶです……そのうちおさまるんで……はは……かっこわる……』
『無理をするな……怖かっただろう』
『いえ……このくらい、なら』
『助けに来るのが遅くなって悪かった……もう、大丈夫だ……二度と、こんな目にはあわせないと誓う……だから』
『い、いやそれは……助けてもらっただけじゅうぶんで……』
あ、まってむりとまんない。
……こわかった。
こんどこそころされるとおもった、もうにどと先生にもシアンさまにもそれ以外のヴァレーリ家のひとたちにもあえなくなるんだって。
ああ、もうどうせ通じてないんだ……そうだよ怖かったよ!! 今だって震えが止まらない!!
なんで、なんで……なんでなんでなんで私ばっかりこんな目に合う!?
生まれた時から奴隷で!! 先生もいなくなって!! 闇オークションに裸で出品されて!! 家も全部燃えて!!
それでもなんとか助けてもらいながら生きてきたけど!! なんでその辺歩ってるだけで誘拐されて、挙げ句の果てに凌辱してからバラして街中に晒すとか宣言されなきゃならないんだよ!!?
私が……私が一体何をした!!
……ねえ、先生。おしえてください、奴隷が人間として生きる事はそんなに罪深いことなんですか。
だからこんなに酷いことばかり起こるんですか。
……こんなことになるのなら幸せになんてなりたくなかった、ただのヤキツケのまま死ねば良かったんだ。
『(判別不能)』
『(判別不能)』
『(判別不能)』
『(判別不能)』
『(判別不能)』
『(判別不能)』
『(判別不能)』
蒸着水晶と夜の女王 朝霧 @asagiri
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