第7話
先生、先生、聞いてください先生……!!
今日私はシアン様にとんでもないものを食べさせてもらいました。
なんとですね『ソラちゃん、お話ししましょう』
おわっ!!? ……ってなんだびっくりした。
ほんといつも唐突にくるなこの謎の蛍光ピンクは……
『フィヨーレ、部屋に入ってくる時はできればノックしてくれ。毎度毎度心臓に悪い……』
『ふふふ』
『ふふふ、じゃねーよ、なんなんだよ』
『だってソラちゃん、毎回驚いてくれるから面白くって』
ほんとこいつ性格悪いな……
『それで? 今日はどのようなご用件で?』
『また極東のお話を聞かせて欲しくて』
『またかよ……好きだねえ、お前も……まあいい、それで今日はなんの話が聞きたい? 鬼と人間の戦争の話? それとも鎖国中に極東で起こった産業革命? 極東の御伽噺とかそういうのも一応知ってるけど……』
『なんでもいいわ、ソラちゃんが話したいことを話してよ』
それが一番面倒な注文なんだがなあ。
戦争の話は結構してしまったし……産業革命の話も先生から聞いただけだからどうにも想像がつきにくくて話しにくい。
天高くそびえる塔のような建物がいくつも突っ立ってるとか、空を飛ぶ鉄の塊とか、絵が動いたり喋ったりするだとか、いろんなことを調べられる板状の機械とか……
すいぞくかん? っていう施設の話も好きなんだが、あれは先生の語りを再現しないとどうしようもないからなあ。
御伽噺も極東独自の言葉が多大に含まれてるから説明が面倒くさい、ももたろうはまだ分かるがかちかち山とかかぐや姫とかあのあたりは私でもうまく想像ができないし……
なら、手元にある物の話をするか。
『なら、今日は蜻蛉玉の話でもするか』
『トンボダマ?』
『こっちでいうところのグラスビーズ……に似たようなものだ。……こんな感じの』
『まあ……綺麗ね……これって、確か』
『ああ、シアン様が取り戻してくれたんだ。……先生が極東から鬼のルーツを調べるために大陸に来たって話は前にしただろう? だけど研究してるだけじゃあ金は稼げないから、先生は研究の片手間にこれを作って売っていたんだ。十数年前まで鎖国していた極東の芸術品だって触れ込みで。……客は結構ついててな、奴隷のガキを養っても少し余裕がある程度には稼いでたよ……作り方は私も教わってたから作れはするんだが……まだまだ未熟でなあ』
『まあ、まあ!! あなたこんな素晴らしいものを作れるの?』
『ここまで綺麗なのは無理。先生も「これは数年に一度の改心の出来だ」って言ってたから……これに近いものすら作れないよ』
『そう……でも本当に綺麗ね……ねえ、ソラちゃん、実はわたしのお誕生日、もうすぐなのだけど……』
『悪いがこれはあげられないよ。……本当に悪いけど、これだけは駄目だ』
『わかってるわよそんなこと。……そうじゃなくて……あなたも作れるのでしょう? 下手くそでもいいからわたしに作ってほしいな、って』
『……ああ、悪いがそれも無理だ。私んちが火事になったのは知ってるだろう? 道具も材料も全部燃えてダメになってしまったんだ。ガラスはともかく、道具の方は先生が極東から持ち込んだものでな……』
『そう……それは無理なお願いをしてしまったわね……ごめんなさい』
『謝らないでくれ、どうしようもないことだから……』
『うん……』
……こりゃあまずったな、別の話をすればよかった。
『ああ、でも……確か商人だっていう奴が何度か買いに来てるから、探せば先生が作った蜻蛉玉が見つかるかもしれない』
『……ほんと?』
『ああ。ただなんていう商人だったかは私も知らないから、探せば見つかるかもって程度だけど』
『そう……ならお父様に強請るお誕生日のプレゼントはそれで決まりね』
『……それでいいのか? 確か次は十五の誕生日だろう? もっとなんかこう……物凄いご馳走とか強請らなくていいのか?』
『それでいいの』
『お前がそういうならそれでいいけどさ』
……お父様、って誰のことなんだろうな?
聞いても良さそうな雰囲気だけど、ここはあえて突っ込まないでおこう。
『それにしても本当に素敵ねえ……あなたの色に似た、綺麗な色』
『……あ、そうだこれと同じようなものが見つかるとは限らない、ってか多分これと同じようなの多分作ってなかったんだよな』
『うん?』
『いろんな色と模様があるんだよ……多分1番出回ってるのは……花の模様だな』
『そうなの?』
『ああ……花の他にも金魚っていう極東の魚の柄だったり、ウサギとか蝶とか……あと雲とか……』
『まあ、そんなにあるの?』
『ああ、他にも色々……』
これ簡単に作り方説明しといたほうが分かりやすかっただろうか?
ただ、感覚的に覚えてるから言葉にして説明しようとするとどうにもうまくいきそうにない。
『そういえば、トンボダマってどういう意味なの? トンボ・ダマで意味が区切れているような気がするから……どっちかがガラスで、どっちかがビーズなのかしら』
『……ええと、ちょっと待て……区切りはそれで正解。ダマってのはタマが濁った言葉で要するに玉とか球を意味する……トンボってのは極東の虫のことだ、その蜻蛉って虫の目玉と見た目が似てるからそう呼ばれるようになった……んだっけな……ガラスは確か極東でもそのままガラスか……あとはぎやまんとかびいどろとか玻璃って呼ばれてる……って先生が言ってた、はず』
『……随分といろんな呼び名があるのね』
『ああ……こういうガラスを細工する技術は確か元々は大陸から伝わったもので……その技術に極東の人達が色々と手を加えて最終的にこういう形になった、って話だよ。だからガラスは向こうでもガラスと呼ばれている、らしい』
『あなたの独り言を聞いていると大陸の言葉とは全然違って聞こえるのに、同じものを同じ言葉で表すこともあるのね』
『大陸から伝わったものはそのままの響きで呼ばれ続けることも多いんだってさ。食べ物とかはそれが特に顕著らしい。パンとかトマトとかは極東には元々なかったからそのままで呼ばれてる。ああ、でも花とかは極東の人間が好き勝手につけた呼び名がいつのまにか主流になったって話も聞いたことがある』
『へえ』
『花に関しては色々あるんだが、一番印象に残ってるのはゲッカビジンだな。先生が育ててたってのもあるんだけど……ゲッカビジンは極東では「月下美人」と呼ばれているんだ、意味は月の下の美人、になる。夜に咲き始め朝になると萎んでしまう美しい花だから、そんな名前が付いたんだろうって』
あの花、めっちゃいい匂いなんだよな。
けどすぐ萎んじまうんだよなあ、最初の年はワクワク待ってたのに睡魔に負けて結局見られなかった……あの時のがっくり感はなかなか忘れられない。
でも先生が焼酎につけておいてくれたから花自体は見られたんだが……
『へえ……綺麗な響きの名前ね……わたし、あの花好きよ』
『私も。綺麗だしいい匂いだし……あとあれ美味いよな』
『え?』
しまった普通は食わないのか。
極東でも別に食用で育てられてるってわけじゃあないらしいしな。
やばいゲテモノ食いを見るような目で見られてる。
……話題を変えよう。
『……とにかくまあ、そんな感じの話だ。こういった例は他にも色々あってな……種族でも似たようなことが起こってるんだよ。例えばこっちでいうところのエオスフォライトは極東に流れ付いてから自分たちのことを曙光と名乗るようになった……曙光ってのは夜明けの光って意味。あとロードナイトは薔薇輝……耀くバラっていう感じの意味の種族名を使うようになった……こういう風に極東に流れ着いてから極東風に種族名や名前を変えた奴らがいる……逆に自分達の名に誇りを持っていて断固として変えなかった連中もいる……ダイアスポアとかハックマナイトとかはそっちの類』
『へえ……』
『実はこの種族名をめぐって結構面倒な問題が起こってな。大陸から流れてきた鬼やその従者どもの多くは極東には元々いない種族だった……けどまあ、中には極東に元から存在する種族と同じ種族の奴等もいてさ、そのせいで和解後にもう一回戦争になりかねない大喧嘩になった』
『なんで?』
『戦争後、多くの鬼が人間と和解したが一部例外があったり……今は和解できてもそのうち人間が大嫌いで殺さずにはいられない鬼が生まれてくるかもしれないって話になって、互いの平和のために徹底して種族を確定させることになったんだ。極東じゃ大陸とは違って種族名は名乗らないけど、お役所には自分の種族をきっちり届け出ないといけなかったり働く時も種族を申請するっていう決まりになって……その時に登録する種族の正式名称を決める時に、荒れに荒れた』
『つまり、互いに自分達の名こそ正式だって言い争いになったってこと?』
『それもあるが逆もあった、互いの名前の方がいいからそっちを名乗りたいってなったこともあったらしい……これで一番有名だっていう話が蛍・フローライト問題だ』
『フローライトが?』
『元々極東にいたフローライト族は蛍っていう種族名を名乗っていてな、この蛍っていうのは極東に住む虫の名前と同じなんだ、夜になると尻が光る綺麗な虫らしい』
『お尻が……?』
『私も実物は見たことないから具体的にどんなのかは知らん。……でだ、名前が違うだけで同じ種族がいた場合は各自代表者数人を集ってそれぞれで話し合ってどっちを正式名称にするか決めるってことになってな、蛍族とフローライト族もその話し合いを行った、ってわけだ……これがまあ拗れてなあ……まずフローライト族で切り込み隊長として恐れられていた鬼の青年が『虫と同じ名前を名乗るとか反吐が出る』って言ってその場の空気を凍らせた』
『あらまあ……』
『その鬼は大層な虫嫌いだったらしくてな、どれだけ綺麗と言われていようと虫の名を種族名にするのは絶対に嫌だったそうだ……』
『確かに嫌いなものの名を冠するのはいやだけど……もう少し、こう』
『だよなあ……それに、そもそもこの鬼以外のフローライト族の連中は蛍という名を好んでいたらしい。族長は鬼とは正反対に虫が大好きだったし……何人か実際に虫の方の蛍を見て、その美しさに感銘を受けていたらしい。だからフローライト族の族長は大層お怒りになったそうだよ』
『そりゃあねえ』
『真っ先にフローライト族の族長がキレてなかったら種族間での諍いになってただろうよ。そういうのも含めてその場にいたほとんどの奴らがその鬼に対して不平不満を表した……だが、ここで空気を読まずその鬼に賛同するものが現れた……誰だと思う?』
『フローライト族の誰か、かしら?』
『それがなあ、その賛同者……蛍族の族長だったんだよ』
『え?』
『なんでもその蛍族の族長も大層な虫嫌いでな。自分が虫と同じ名前の種族っていうことにずっと嫌気がさしていて……族長にまで上り詰めたのも自分の種族名を蛍以外の何かに変えるためだったんだってさ』
『極東では族長が種族名を変えることができるの?』
『今はできないらしいよ。ただ大昔には差別的な言葉で呼ばれていた種族が戦争に貢献することで種族名を変える許しを得たっていう前例があったらしくて、蛍族の族長はそれを狙っていたらしい……実際当時の蛍族の族長は儚げな少女の身で鬼をばっさばっさと切り捨てる猛者だったらしいし』
『あら、蛍族の族長さんは女の子だったのね』
『言い伝えによるとそうなってるらしいが、最近は本当に少女だったのかって疑いも持たれているらしい……鬼でもなんでもない人間のくせにあんまりにも強すぎるから』
『あら……』
『まあ蛍族の族長が望みを叶える前に戦争は終わってしまったわけだが……それどころか蛍族の族長として活躍しなくても種族名を変えられるチャンスが巡ってきたというわけで……当時はどういう心境だったんだろうと思うと少しやりきれないというか……モヤッとする』
『そうねえ……』
『で、話を戻すぞ。蛍族の族長は族長の身でありながら自らの種族の名を侮辱した無礼者の味方をした……それで話が盛大に拗れてな……蛍族の奴らは誇りある自分達の名を捨てようとする族長に説教を始め、フローライト族の奴らは和解のための話し合いの場で他の種族名を侮辱した鬼に説教を始めて……最終的にブチ切れた族長と鬼が手を組んで……極東出身も大陸出身も関係なく正式名称はフローライト派と蛍派に分かれて乱闘騒ぎになった』
『……うっわあ』
『結局、騒ぎを聞きつけた他の種族の連中によって乱闘はおさめられたんだが、しっちゃかめっちゃかの大騒動だったから被害が甚大だったらしい……幸い人死はでなかったらしいが。……それでもうここまでこじれるのなら種族名が大陸と極東で違う場合、個人個人で好きな方を名乗ればいいっていうことになったそうだ』
『……そもそも最初からそうすれば良かったんじゃないの?』
『そういう意見は結構最初から出てたらしいが、管理が面倒だから極力統一しようって話だったらしい……実際今になっても面倒らしいぞ』
『そうなの?』
『ああ、といっても機械言語がどうこうとかよくわからない話が絡んでくるらしくて、先生に聞いても具体的に何がどう大変なのかはよくわからなかった』
『ふーん……』
『あ、そうだこの蛍・フローライト問題にはちょっとした後日譚ってか逸話があってな。この問題で乱闘を起こした蛍族の族長とフローライト族の鬼はこの時の共闘をきっかけに意気投合して数年後に結婚したそうだ。文献によると、極東の人間と大陸の鬼で初めて結ばれたのはこの二人だと言われている』
『まあ……素敵ね』
『……といっても、実際は記録に残っていないだけでほかにいたのかもしれないし、戦争中に敵対する相手と愛し合ってしまったっていう悲恋の物語も伝わっている……実際戦争が終わるまで血が一切混じらなかったなんてことはなかったんだろうよ、捕虜とかそういうのを無理矢理手篭めに、ってのもあっただろうし……ただ、一般的に極東の地と大陸の血が混じったのはこの二人がはじめてだということになっているし、実際結ばれたことを初めて祝福されたのもこの二人だったんだろうな』
『ふうん……ところでさっき、蛍族の族長さんが女性じゃなかった説が出てるって』
『女性じゃないとは言ってない、儚げな少女ではなかったんじゃないかって話……実はめ筋骨隆々としたたくましい女傑だったんじゃないかとか……男性説も一応あるらしいが』
『でも結婚したんでしょう? 鬼の青年と』
『それが作り話だっていう説と、実は鬼の青年は青年じゃなくて男装した若い女だったんじゃないかって説があるらしい。先生によると先生が大陸に来る少し前くらいから鬼の青年が男装した美女、蛍族の族長を女装した美少年だったていうていで書かれた作り話が空前のブームになってたらしい』
『それは……ちょっと気になる』
『私も気になる……いつか私も実際にその作り話を読んでみたい……なんでも小説みたいに字じゃなくて、漫画っていう絵で物語を綴ったものらしいんだが……』
『絵で? 小説の挿絵とは違うの?』
『違うらしい。一回先生が4コマ漫画? ってやつを描いてくれたんだが……絵が下手すぎてよくわからなかった……あの人、蜻蛉玉作る時は普通に模様入れられるのに、なんでペンを持つとああなるんだろ……』
『ふーん…………あら、ちょっと待って、今何時? ……あ、やっちゃった』
『え? 今日仕事あるの?』
『うん……今から行っても確実に遅刻ね』
『うっわ、悪い……話しすぎた』
『いいのよ別に。時間を一切気にしなかったわたしが悪いのだもの』
『いやでも怒られるだろ? もしシアン様とかボスの人に怒られたら私が引き止めたせいだって言ってくれ』
『言わないわよ。それに誰もわたしを怒れたりしないわ』
『そうなのか?』
『ええ、だってわたしはこの夜を支配する女王だもの。シアンだってお父様だってわたしを罰することもできないし、好き勝手に命令することもできないの。今はただお願いを聞いてあげてるだけ』
『は、はあ……』
『でもうるさいお小言を言われるのはイヤだからもう行くわね。それじゃあ良い夢を、わたしのかわいこちゃん』
『お、おう……じゃあな』
……また窓から飛び降りていった。
毎度毎度のことだから慣れたけど……あいつの身体能力ほんとすごいな。
それにしても……今の話、突っ込んでも良かったのだろうか……?
というかこれ使用人というか奴隷が知っていい話だったんだろうか、あの口ぶりだと文脈的にあいつの父親って……
でも、シアン様が一人息子、なんだよな……
それでもって、一族の汚点……
考えるのを、やめよう。
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