迷子
夢。
とてもリアルで、本当に体験したかのようなそれ。
体が溶けてなくなる光景は、グロテスクで本当に夢だったのかと疑いたくなるくらいだった。夢は、自分の過去の記憶が再構成されてぐちゃぐちゃに放送されている番組みたいなものなのに。
記憶。
今までのそれがないだけで、何百何千も繰り返しているのかもしれない。エンドレスエイトの悪夢のような。
「前のループを思い出したってことは、この世界じゃ俺すげーって?」
そんなわけはない。
宝くじの当選番号を知って、そのくじを買える日に戻る。
そんなことはできない。それも、今回は知らない世界で知らないうちにループをしたのだ。何回目なのかは知らないし、どうすればいいのかも分からない。
ただ、言えることは。
「神の光」
これが、何かの鍵であることは間違いない。
それは、直感かもしれない。
それでも、間違い無いと思った。
立ち上がって遠くに見える王都を見据える。
リシテアがどうして俺を忘れているのか。それに銀狼の姿が見えないことにかなりの不安が襲った。
実を言えば、もう動きたくないし帰りたいのが本音である。
しかし、リシテアが居ない屋敷に戻ったところで、不十分に思えた。
記憶にあるリシテアの顔。
死ぬと分かって「幸せ」だという彼女が報われない。
「俺も、助けられたしな」
全てを捨てて山を買った俺も、何もかもに絶望していた。その時リシテアを見つけて精神的にも助けられたのは俺の方だったのかもしれない。
こうやって、自発的に動こうとするのは、この2、3年でなかった経験だ。
賑わっている市場にたどり着いた。
野菜うりの男絡まれる前にリシテアを確保するのが最優先だった。
次に、独房にいた巨躯の男に話を聞く事ができればいい。
簡単そうなのはリシテアを捕まえることだった。
あの目立つ汚いローブを探せばいいのだ。
だが、そう言えばと思い出した。
時間がわからないな。と。
「なぁ、ニイちゃんよ」
時間がわからないが、場所は知っているのだから、張り込めばいいじゃないかと
「おいってば」
野菜うりの男の店の真正面に店を構える陶器売りの店の影。
「聞いてんのか? 買うの? 買わないの?」
「いや、この場所で」
「だから、邪魔なんだって」
さっきから幼女主人に怒られながら張り込みを続けていた。
喉が渇いたなと、幼女主人にもらった水を飲みながらかれこれ数時間が経過していた。
「なんなんだよ。
水くれっていうから交換してやったのに。
こんなに居座られるとは思いもしなかったぜ」
「少しは手伝ってるから感謝して欲しいね」
忙しそうな幼女主人の仲間は王都の中に買い出しに行っているようで、一人で忙しそうな幼女主人を助けるべく商品を運んだり動かしたりしていた。
金勘定は、こちらの世界の通貨がわからないので幼女主人に任せっきり。それでも、なにも言わずに手伝う俺をジト目で見るだけだったが。
今は、もう商品が少なくなって来て他の店よりも客足が減っているのが目に見えて分かった。こうして、幼女主人が俺に小言、いや文句をいう時間ができたわけだ。
「まぁ、それはそれだ。
何が目的? この店はご主人様のものだから勝手はできないよ。私もそう。
手伝ったからって報酬はないぞ」
「いや、それはどうでもいい。
いやー肉体労働は気持ちがいいなー」
なんて言いながら視線はずっと野菜うりの男の店に置いていた。
「気になるの?」
「これからくる人に用があってね」
「ふーん。それまで手伝ってよ」
「食べ物をくれたらね」
そんな軽口を言いながら、ふと視線の中に入るのは小汚く茶色に汚れたローブを深々とかぶった、あまり身長の高くない彼女だった。
「いた」
「私のお弁当を半分ーー」
「ごめん。来たみたいだ」
「そう。助かりました。ありがとう」
と、お辞儀をする幼女主人を尻目に、俺はローブを纏ったリシテアだろう人影に近づく。
人混みをかき分けるほどではないが、昼過ぎの田舎のショッピングセンターのように走ることはできそうもない。
早歩きをしながらその影を捉えた。
「リシテア!」
「!?」
ローブの彼女はびくりとかたを震わせて俺を見上げるようにしてこっちを向いた。
影になって見えないがその瞳がギロリと光ったような気がした。
「少し、話を聞きたいんだけど、今いいかな?」
「やっ!」
という掛け声と共に、リシテアの拳が俺の鳩尾に深く入った。
「うぐっ」腹を押さえながら「な、なんで?」という前に
「まだ追ってくるのか!?」
回し蹴りが、避けるそぶりを見せない俺にクリーンヒットしてたたらになる足が縺れて、そのまま野菜うりの男の店に背中から倒れ込んでしまった。
「な、何をするんじゃわれ!!」
怒りの声が聞こえて、笛の音が高く鳴った。防犯ブザーのような役割のそれは、即座に警備の兵士たちの足音になって近づいてくる。
目まぐるしく動く展開に、頭が動かない。
その瞬間にリシテアが逃げる姿を確認した。すでに、もう手が届く範囲にはいない。
俺に馬乗りになって襟元を掴む野菜うりの男は
「やっていいことと、悪いことがあるよな」
と、原因であるリシテアを知らないのか、俺が全ての元凶だというように拘束する。すでに、息がうまく吸えず、過呼吸気味になりながら
「ま、待ってくれ。あの女を!」
と指をさすが、すでにそこには誰もいない。というより野次馬が集まって逃げて行くリシテアの目立つローブすら見えなかった。
「ちょっと、待ってくれよ!」
聞いたことのある声がして、そちらを向くと、低身長ながら胸を張って大きく見せようとする幼女主人がいた。
「タンクール。すぐ怒るんじゃないって!
彼は悪くないよ」
「だが、俺の野菜がっ」
「それは、彼を突き飛ばした人が悪い。彼は被害者だよ」
「それでも」
「じゃない。ここに目撃者がいるのに信じられないの?」
というと、幼女主人は有名人だったのか周りの市場に店を構えていた店主たちが首肯しながらタンクールと呼ばれる野菜うりの男に呆れるような視線を向けた。
「だがな」
規則正しい足音が聞こえて、野次馬が分かれて道ができる。
そこから現れるのは、兵士たちだった。
また、囚われるか。
「何があったかを説明せよ」
「茶色いローブを着た小柄な人が男を突き飛ばして逃走。
突き飛ばされた人間がタンクールの店に飛んだ。野菜を潰されたタンクールがキレて、突き飛ばされた人間を拘束したところです」
幼女主人ではない、隣にしゃがむ少し偉そうな男が幼女主人の頭を撫でながら淡々と答えた。
兵士は少し考えるようにして
「タンクール。男を解放せよ。
ジャン。門から捜索隊を編成して茶色いローブを探せ」
「はっ!」と元気な声で答えた兵士が人混みの道ができたそこを走って門へと戻った。タンクールは俺を解放して無理やり腕を掴んで立たせた。
やっと息が深く吸えたが、痛みは消えないまま。喉に溜まった痰のような物を吐き出すとそれは真っ赤だった。
「貴様。話を聞く。歩けるか?」
兵士が俺に聞く。マスクを被っているのでどんな表情をしているかわからない。
だがその声音は少し俺を心配しているように聞こえた。
「あ、あの」
「なんだ?」
「い、いや何でもないです」
リシテアのことを聞こうとしたが、やめておいた。独房にいた男が言っていたようにリシテアは帝国?から追われているのだろう。それにその他にも訳がありそうだった。深く事情を探られないようにして、俺とあの茶色いローブの人は無関係という設定でいこう。と決めて、俺は兵士に連れられて、二度目の独房へと入れられた。
この際、隣にいた男から話を聞きたかったが、やはりタイミングや状況が違えば入れられる部屋は違っており、そこは前と違って人が横になって3人くらい寝られるくらいには大きい部屋だった。
それは、独房と言っても大きすぎた。
「立て込んでいてな。話を聞く前に、いくつか片付けるものがある。ここでしばらく待っておいてくれ」
と、その部屋に用意されていた小さなテーブルにコップと皿に入ったお菓子のようなそれを置いて兵士は出て行く。
そのお菓子というのは、真っ黒い球体で一見チョコレートのように見えた。
突っつくと、見た目に対して重量があって、チョコではなさそうだ。
コップには無色透明な液体。
あまり、こう言った状況下で出された物に手をつけるべきではないことは重々承知しているつもりだった。水はともかく固形の食べ物を食べるのは久方ぶりすぎて、その警戒も少しだけ下がっていた。
数十分。それと見つめ合うのも限界だった。少し、食べてもいいだろうか。
一口。
フルーツのような、かなり濃厚な液体が中から溢れてきて、あまりの甘さに咽せた。
それでも、不味くはないし吐き出すのは忍びないので飲み込んだ。
カルピスの原液を何倍にも煮詰めて濃ゆくしたような印象だ。
固形の食べ物、というより何かと混ぜて飲む飲料のような気がしてならない。
コップの液体。これに溶かして飲むのだろうか?
よし、試してみよう。
と掴んだその時、扉の鍵が開けられる音がした。
「ローブの女だったな」
「…………女、かどうかわかりません」
突然の質問に少し考えて、見知らぬ人間設定を思い出して知らないと答えた。
「まぁ、それはいい。でてけ。
別に何もしてない人を入れておくほど暇じゃねえ」
兵士、と言っても着ている鎧も先ほどの兵士とは全く違う物。マスクも違っていた。その形で階級とかを表しているのだろうか? そんなことを聞くまでもなく、豪華になったということは先ほどよりも位の高い兵士であることは間違い無いだろう。
「もっと、調べなくて、いいんですか?」
「知らん。商会から無実だと言われればそうするまでよ。
面倒な手間なんてかけたく無いからな」
「商会?」
「ん? あのロリコン商会だろ? 縁があってことだ。それは大事にしろ。
さぁさぁ、出て行け出ていけ」
追い出されるようにして、その兵舎を後にした。
空はすでに陽が傾き、タイムリミットが近づいているように思えた。
「最後に、聞きたいことがあるんですが」
また囚われるかもしれないと思いながら。入り口まで連れてこられて、すぐに帰ろうとしていたその位の高い兵士に
「『神の光』って知っていますか?」
「聞いたことがあるかもしれないし、無いかもしれない。
帝国の新兵器って聞いたかもしれないし。
なんだ? お前帝国のスパイか? だがオレは何も聞かなかった。
さぁ、どっか行け」
はぐらかされた様に思ったが、特に殺されることもなく外へ放り出された。
「こんな展開、知らないっての」
誰に文句を言うのか。
逃げた人間を、知らない土地で探すのは無理難題だ。
どうにかして新しい情報を見つけるべきだった。
あてもなく歩いているときに気が付いた。
<解放されたのは門の内側>で、今歩いているここは<王都の中>だった。
「おっとぉ。ポカミスかぁ?」
意図せずに門の中へと入ることができた。
だが、リシテがこの中にいることなんて限りなく少ない様に思える。
逃げた方向は、王都の門とは正反対だったからだ。
「今更外に行ってもなぁ」
幼女主人にはお礼が言いたいが、その前に、神の光について探すべきだった。
今心当たりがあるのは、あの独房に入った男だけ。
一番知識があるのは彼だと思った。まず先にコンタクトを取るべきだろうが、兵舎の中に入ることは叶わないだろう。一般人の俺が職業軍人に敵う通りがない。
有識者が集まる様な場所はどこだろうか、と役所の様な機能を持った建物を探すことにした。
腐っても王都。王立の役場は人に聞いたらすぐに教えてくれた。
その道すがら。ふと、一人の女の子を見つけた。
街の人より一目見てわかるくらいには豪華な服を身につけている。
そのせいか、遠目にしか彼女を見ないし、避けている様にも思える。
「大丈夫?」
背丈は俺の胸より小さいくらいで、小学中学年位の年代だろうか。
泣いてはいないが、その場から動こうともせず不安な顔をしていた。
「あ、リエル」
「ん? 知ってる人を見つけたのかな?」
「ううん? リエルでしょ?」
俺が話しかけると、ぱあっと顔を明るくさせて、いかにも俺を知っている様だった。しかし、名前は全く違うし、俺はこの女の子のことを全く知らなかった。
「え? 俺が?」
「あ、ああ。ごめんなさい。まだあなたじゃなかった」
「は? 確かに俺はリエルって名前じゃないけど」
不思議な言い回しだと思った。
まだ、俺じゃない?
いや、小さい女の子のいうことだ。あまり気にするべきではないだろう。
言い間違いは大人でもよくあることだ。
「お父さんか、お母さんはいないのかな?」
迷子の女の子を助ける様にして俺は聞いた。
役場に行って何かを調べるよりも、民間人から雑談の様に話を聞いた方がいいと判断した。建物引きこもって調べ物より、外で歩きながら調査の方が性に合っていた。
前回、と言ってもいいのか。記憶が正しければ陽が落ちて完全に真っ暗になったときに「神の光」が降ってきた。
まだ外の市場がやっていたので、あまり遅い時間でもないのは確かだ。
ゆっくりと暗くなっている現状、また飲み込まれて死んでしまうのだろうなと思いながら迷子探しを始める。
この親子も、今日までの命か、と儚い命だとカッコつけながら。
「お父様と一緒にきたの。
王様と話してるって」
爆弾発言だった。貴族とかなんだろうな。とは思っていたけれど、王様と話せるくらいの階級のお嬢様とは思わなかった。
だが、そのお父様が娘に意地を貼って嘘をついている可能性も考えられる。
そう思って迷子の女の子と一緒に歩き始めた。
逆煌世界ーータイムキーパー 藤乃宮遊 @Fuji_yuu
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