第4話 ソフィーの命 アルゲイへの愛

 アルゲイが国へ帰る日が近づくと、アルゲイはソフィーを抱き寄せ言いました。

「僕の国へ一緒に行こう、もう一瞬も離れて暮らすのは嫌だ、世界中どこでも良い、一緒に暮らせるならね、お願いだからソフィー、僕と一緒になっておくれ・・・。愛しているよ、ソフィー。」


ソフィーもアルゲイも涙を流しました。

「ええ、私、あなたに付いていくわ。約束します。もう一瞬も離れているのは嫌だわ。

愛しているわ、アルゲイ・・・。」


 ソフィーは人間になることを決心しました。



 これから先に起こる事への恐ろしさを感じました。そして魔法使いが途中までソフィーに囁いた話を思い出しました。人間になるという条件とは、一体どんなことなんだろう。

 身も震えるような恐ろしさや不安はありましたが、アルゲイのそばにいたいという気持ちはソフィーにとってそれ以上に強いものでした。




 満月の晩、ふたたび魔法使いキーランが現れます。ソフィーの心はもうお見通し。

キーランは言いました。

「人間として生きていくことを決心したようだね。」

ソフィーはしっかりと魔法使いの怖ろしい眼を見つめながら答えました。

「ええ、わたしは決心しました。人間として生きていきたい!でも、あなたは魔法使いキーラン。怖ろしい交換条件の続きを教えてちょうだい。」

「さあね!怖ろしいかどうかは考え方しだいさ!」

キーランはソフィーにそっと耳打ちします。ソフィーはハッと息をのんでしばらく眼を伏せて

考えていましたが、やがて深く頷きました。

「それじゃ、望みを叶えてあげようじゃないか。」

キーランは大きな笑い声をあげ、そのまま消えました。




 ソフィーはアルゲイと旅に出ました。森から出るときには体が震えましたが、しっかりとソフィーの手を握るアルゲイの大きくて暖かな手がソフィーに勇気をくれました。



 ソフィーとアルゲイはアルゲイの演奏活動に合わせて世界中を飛び回り、二人はとても幸せに片時も離れることなく愛し合いました。

 二人の生活そのものが、まるで音楽のメロディーのよう。柔らかな風が花びらや木々の葉を撫でるように、お互いの心に寄り添い、求め、まさしく音楽の調和を表すような愛情深い人生を送ったのです。

 ソフィーは一日一日を感謝と愛の祈りで終える事ができました。

そして、アルゲイが時々ソフィーのために作ってくれた曲に、詞を書いて歌いました。そんな時、アルゲイは微笑みながらソフィーの歌を聴いてくれました。

ソフィーは、アルゲイの優しい微笑みを見ているときは、これから先の不安も忘れる事ができたのです。




 長い月日が流れ、アルゲイは歳を取りました。

「ソフィー、君は本当にいつまでも若くて美しいのだね。出逢ったころと少しも変わらないよ。今まで、ひとときも離れないで、いつも僕のそばにいてくれて、本当にありがとう。とても幸せな人生だったよ。」


 やがて、アルゲイの命は天に召されました。


ソフィーは哀しみのあまり、体を動かすことも眠ることも出来なくなりました。

ソフィーはひとりぼっちになりました。


 ほどなくして、ソフィーは、白い大きな花の木の森に帰ってきました。森に入った途端に、ソフィーは花の妖精に戻りました。


 あの時、魔法使いが囁いたこと・・・

最初に囁いたのは、ソフィー、お前からは何も奪わないよ・・・

その時ソフィーはまだよく意味がわからなかったのです。

何も奪わない・・・永遠とも思えるほど長い命を持つ妖精、その命の根源となるものを奪わない・・・

 それは、花の妖精の命は永遠とも思えるほど長くて、愛する人が死んでしまった後に生き続けていくことの苦しさや寂しさがソフィーに課せられるものだということでした。

妖精に戻っても、人間として生きていたときの記憶はそのままです。アルゲイにどんなに逢いたくても、もう再び逢うことは出来ないのです。命が尽きるのは、永遠との思えるほど先のこと。

 

 ソフィーは寂しくて泣いてばかりいました。ソフィーの悲しみで森が枯れかかってしまいました。



 長い長い歳月が流れ、ソフィーは少しずつ生気を取り戻しました。今は寂しくても、アルゲイと一緒に暮らしてきた歳月は本当に幸せだったのだから、歎き悲しんでばかりいてはいけないのだと思えるようになったのです。

枯れそうになった森も息を吹き返し、花々が咲き、緑が大地を覆うようになりました。


 どれほどの時が流れたのでしょう。

 女神ミューズがこの森にやってきました。もうすぐ春になるというのに、雪が一面に降り積もっています。

「遠い昔、この森を訪れたことがあるわね。」

女神はソフィーの白い顔を想い出しました。

そして、雪の陰から、大きな白い花の影が動いて、遠く歌声が聴こえたのです。



 


 春の光が花びらに触れる音が聞こえるのだとしたら、きっとこんな音色だわ。ミューズはそんなことを思いました。少しだけ霞がかかった森の中、白い花の妖精がふわりと飛んで羽がキラリと光る。花々は春の大気を吸ってこれでもかと競い合うように美しく咲き誇り、小鳥が鳴き、湖の水鳥も羽を広げて太陽の光を浴びている。草も花も木々の葉も風にそよいで、その風の中で聞こえてくるメロディー。ひとたび、短調の調べが流れると森の様子は一変して、太陽さへ遠慮がちになるみたいね。

歌とピアノが織りなすメロディーはこの上なく美しく、豊かな音調はミューズの住む聖地にまで届きそうな美しさね。

アルゲイがソフィーの為にかいた歌。どれほどの愛情をソフィーにそそいでいたのでしょう。



 ソフィーの静かで優しい声は、花びらの間から漏れ聞こえています。


 女神ミューズは、そっとソフィーに寄り添い、ソフィーが儚く微笑むのをそっと見つめていました。


 ソフィーは今ではこう信じているのです。今は愛するアルゲイと逢えなくても、いつかきっと神様はこの深い愛を分かってくださって私たちを逢わせてくれると。

その時初めて、ソフィーは妖精であるという束縛からも解き放たれて、自由にアルゲイと愛し合うことができるのだと。




 ごく稀にこの森を訪れる人は、運が良ければソフィーが大好きな歌〜アルゲイがソフィーのために作ってくれた歌を聴くことができます。女神ミューズも一緒に歌っています。

 ソフィーの歌を聴いた人は、森の中のどこからともなく流れてくる優しい歌を聴いて、とても幸せな気持ちになるのでした。




                終わり

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森の中の出来事 織辺 優歌 @poem_song_6010

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