第3話 音楽の女神ミューズが教えてくれたこと その2
さて、五人目のミューズの登場です。グレーの羽衣を身に纏い、話す声は低くて静かに響く声。
「ソフィー、愛の終わりの歌よ。五人目の女は、愛する人と同じベッドで眠るとき、酒場で恋人と踊りながらも、遠く離れていくふたりの愛を感じてる。忘れるしかないのだと絶望の深淵にたたずんでいるわ。」
絶望の暗いメロディー。三連譜がアコールディオンとヴァイオリン、そしてピアノが深く深く命の音を刻んでいくよう。命をかけた恋、儚い幻、愛の終わりはベッドのビロードさへあなたの腕さへ重くのしかかると歌っている。頬を寄せて踊っていても、遠く遠く二人の愛は離れていくと・・・。女が最後に呟く言葉〜私はひとりきりで、全て忘れましょう〜
ソフィーは、眠れぬ夜を過ごす女の横顔を見つめていました。この女から、愛の終わりは命の終わりなのだと教えられたのです。ソフィーは深いため息をつきました。
六人目のミューズが語りだしました。美しいピンク色の羽衣と同じくピンク色の竪琴を持っています。
「時空を越えてここへやってきたわ!この森はとても深いのね、ソフィー。」
なんて美しい声だろうとソフィーはその声に思わず聴き惚れてしまいました。
「六人目の女は、愛は時空も越えてふたたびめぐり逢えると信じている女。人間はわたしたち女神や妖精とは違って、短い命の中で人を愛して人生を謳歌して絶望して、希望に燃えて、悲しみに暮れて・・・と忙しく苦しいのよね。だから、愛し合う者どうし、命が消えてしまった後でも、どこか時空を越えて愛し合えたらどんなに素晴らしいかと思ってる人々もいるのね。」
少しだけ不思議な音階で始まる歌・・・やがて落ち着いた優しいメロディーがゆったりと流れ時空を越え、宇宙に届いていくような広がりのあるメロディーに変わり、エンディングは高みへ登りつめたような高揚感で歌い上げる。
ソフィーは妖精だから羽で自由に飛べるけれど、この歌の中で飛んでいくのは、もっと高くて広大な宇宙。ソフィーはそんなことを感じたのです。
どんなに愛し合っていても、この世では一緒になれないこともあるわ。でも、違う世界ではまためぐり逢って愛し合えると思えることもあるんだわね。
七番目のミューズの登場です。白いドレス姿のミューズ。一番落ち着いている感じだわ。
「こんにちは。七人目の女は、日常を揺るぎなく生きて日々愛を積み重ねている女よ。片時も離れずに、ささいな出来事も大きな夢も全て見守って、残りの人生も共に生きたいと願っているのね。あなたとめぐり逢えた奇跡、日々の暮らしの中で語り時には涙、悲しいときも辛いときも片時も離れることなく生きてきた。命の限りにあなたを愛すると歌っているのよ。」
ミューズは一呼吸置くと、こんなことを言ったのです。
「人間にとって、日々の暮らしの安定や約束はとても大切なものなのよ。」
このこともまた、ソフィーには手も届かないように分からないことではあったが、その朴訥とした誠実な愛情というものは、何となく想像することはできたのでした。
静かなピアノの前奏に続き、とつとつと語るように歌うメロディーは不思議な音調も織り交ぜられていて、音域も広く、人の心の複雑さや、心のひだ、人生の起伏を表現しています。今までの中で一番穏やかな歌。でも、深く心に入り込んで、ソフィーはしばらく花びらの中で休みたいと思ったほどでした。
「そして、最後の女の人生ね。私が最後のミューズね。」
そのミューズのオーラはまた一層と美しく光り輝いていました。ソフィーは思わず見とれてしまったほど。
「私は人々が音楽を聴いてくれる舞台が大好きだし、酒場では踊ったりはしゃいだりもするし、ひとりで泣いている女には優しい雨の音を聴かせたりもするわ。そして、私はね、ソフィー、時々神様に会いにいくのです。神様の声をその女に届けなくてはいけない時もあるのです。
深く魂の底から愛し合う人にめぐり逢えたら、その人はなんて幸せ者でしょう。何もいらない・・その愛だけで充分・・でも、人の運命は時に残酷です。この世では二度と逢うことができない命の終り。
でも、哀しみの中、女は心に誓います。命をなくしたとしても、私たちを、深く愛し合うもの同士を引き裂くことはできない。魂の出逢いは永遠で、いつか神様が私たちを再びめぐり逢わせてくれて、何にも囚われず自由に愛し合うことが出来ると信じている。
だから、その時まで、私はあなたへの愛を貫いていくと・・・。」
荘厳で気高い音楽。神様に歌い、神様に祈っている歌。胸に突き刺さるようなメロディーから始まり、最後までずっとずっと神様に近づいていくような敬虔な祈りが込められた歌。ソフィーは感動で体が震えたほどでした。
命の終わりと言う概念は、妖精のソフィーには全くと言っていいほど何もないものでした。命が終わり肉体もなくなり魂だけになったその姿・・・そんなこと想像も出来ないわ・・・魂で愛し合うなんて。人間の愛情というものは、なんて純粋で崇高で、深くて大きくて、素晴らしいものなのでしょう。
妖精であるソフィーにはまだ女たちの気持ちは、本当には理解することは出来なかったけれど、深く人を愛したことの想い、夢や大切なこと、嘆き、絶望、悲しみ・・・そんな繊細な人の感情というものに少しだけ触れて、色々な想いを抱いたのです。
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