初めての手掛かり

「そうか、あんた、ロンの……」


 リンの考えは的中していた。


 2年前、ロンはユウリとここを訪れたと男は言った。


「父さんと母さんはここには泊まっただけ? ここからどこへ行ったんです? 何かここに残してない?」

「待て待て、落ち着け」

「オヤジさん、初めてなんだ。初めてなんだよ、父さん達の手掛かりは。何でもいいんだ、思い出して教えてよ!」

「分かった分かった、ま、待て。とにかく落ち着け。隠してる訳じゃないし忘れてる訳でもない。全部話してやるから」


 掴みかからんばかりのリンの剣幕に防戦一方の宿屋の主人だった。


「フゥ……大人しく見えるが、やはりロンの倅だな。怖い怖い」

「そんな事はいいから!」


 胸の前で両の手の平を詰め寄って来るリンに向け、男は話し始めた。


「分かった分かった……2年前、ロンと奥さんの2人がここに来た。ここで人と待ち合わせしているから来るまで泊まらせてくれってな」

「待ち合わせ?」

「ああ。なかなか来なくてな。その間あいつは暇だからと、当時この辺りに出没していた魔物を根こそぎ狩ってくれた。奥さんも相当強かったが、ロンの腕前は別格だったな」

「それで? それで?」


 急かしながらも両親を褒められるのは嬉しかった。


「で、10日程して、待ち人が来たんだ」

「どんな人!? 名前は? どこの人?」

「それが……」


 突然男は自分の腕で自分を抱き、ブルブルと震え出した。


「俺は……今まで50年以上生きてるがよ……あんな……あんな恐ろしい奴は見た事が無かった」


 当時の事を思い出してか、虚空を睨み、額に汗を滲ませる。


「何なんだアイツは……魔物でもねえのに悪魔みてえな……そう、一言で言うと悪魔みてえな奴だった。身の丈は3メートルほどもあり、一応人の形はしているが、腹が出てて体は黒いモヤみてえので覆われていた」

「と、父さんは何て言ってた!?」

「最初、ロンがそいつを見つけた時、俺達に2階に避難してろって言ったんだ。だからやりとりははっきりと聞こえなかったが、『マジンツキ』……と呼んでた気がする」

「ま、魔神憑き……だと!」


 こんな山奥の村でそんな言葉を聞こうとは予想だにしていなかった。


「おお、意味がわかるのか? じゃ、じゃあ合ってるんだな。そう、その得体の知れねえ奴をロンはそう呼んでいた。他にも魔術士や兵隊みてえなのがいたな」

「そ、それで!?」

「何やら話していたがそこは聞き取れなかった。が、突然、その悪魔みてえな奴がロンに襲い掛かった。そこから激しい、本当に見た事もねえような激しい戦いが始まった。この村が潰れちまうんじゃないかと思った程だ」

「それで! それで!?」

「ロンも奥さんも凄まじく強かった。最初は互角だったんだが、そのマジンツキって奴の魔法が奥さんを眠らせちまったように見えた。で、人質に取られてロンが手出し出来なくなり……」

「そ、それ、で……?」


 リンは途中から聞くのが怖くなって来た。もしここで決定的な事を言われでもしたら……望みは無くなってしまう。


 きっと生きている、この2年間、ずっとそう思って生きて来たのだ。


 だがそれは杞憂だった。


「奴らは何かの術でロンを気絶させると奥さんと一緒に連れて行っちまった」

「……!」


 体から力が抜け、脱力状態となった。思わず椅子から落ちそうにもなった。


「す、すまねえ。俺達はロンに恩があるというのに何も力になってやれなかった」


 謝る男だったが、リンは全く責める気にはならなかった。


「ハ……ハハッ。そうか……連れて行かれたのか……」

「本当にすまねえ」


 男は肩を窄めて頭を下げた。リンはそれを暫く見つめていたが、不意に我に帰る。男の肩に手を置き、


「いやいや……それでいいんだ。隠れてて正解だよ。父さんと互角に戦う様な奴相手に手を出しちゃあダメだ。むしろよく最後まで見ててくれたよ」


 ようやくリンは晴れやかな顔付きになった。男はそれが不思議でならず、


「そんな事を言ってくれるのは嬉しいが……お前さん、こんな話を聞いてどうしてそんなに明るいんだ?」

「どうしてって……父さんも母さんも死んでないじゃないか。この2年間、もしかして……いやきっと生きている、そればっかり巡ってたんだけど、魔神憑きが気絶までさせて連れ去ったのなら何か目的があったんだ。つまり、必ず生きている」


 男は感心した様に頷き、


「成る程な……そういう考え方も、あるか」

「そうさ! さっきも言ったけど、初めてなんだよ、こんな話は。今まで全く手掛かりは無かった。魔神憑き共はどっちに行ったか、わかる?」


 すると男は立ち上がり、窓の方へと移動した。リンもそれについて行く。


「こうやって隠れながら見てたんだ。で……あっちの方角へと消えて行った。あん時は2階の窓からだったが、この上に、ここと同じ向きに窓がある。だから方向は合ってる。あっちだ」


 男は手振りで方向を指差しながら言った。リンは聞きながら心拍数が上がるのを感じた。


(何てこった。トルミ……トルミの方向じゃないか。勿論方向だけだからもっと先のミリタリア王国か、ずっと先のフィラヴィヤ辺りかも知れないけど……)


 だがトルミへ行く時間、もしくは少しコースを変えていたらこの山村に寄る事は無かったと思うと偶然とは思えなかった。


(父さんからか、母さんからか。何かの報せの様な気がする)


 どれだけかかろうが必ず見つけ出し、救い出して見せる、そう決意した。

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