トルミを救援せよ
その1週間後。
リン達は急遽、出発の準備を整え、トルミ領へと向かう事になった。
それはほんの数時間前の事だった。
―
「あれ? ……ラヴィリア!? マヤも! 急にどうしたの?」
突然、魔鳥ハンムラビがギルドの庭に降り立った。
背に乗せていたのはラヴィリアとマヤだった。
「リン!」
「リン様!」
マヤは満面の笑みだったが、ラヴィリアは笑顔とも真顔ともつかぬ表情だった。
その後、背に誰も乗せていない、何羽ものハンムラビが彼女達と同じ様に降り立つ。
「これは一体……?」
そう呟くリンの後ろからレイジットも顔を出し、
「何か嫌な予感するなあ」
ポツリと言った。
2人を酒場に通し、落ち着いて話を聞く事にした。
リンはリヴマール茶をグラスに注ぎ、ラヴィリアとマヤの前に差し出す。ラヴィリアはそれを一気飲みすると、フゥとひとつ息を吐き、意を決した様に言った。
「リン。私と一緒にトルミに行って」
一瞬キョトンとしたリンだったが、すぐにラヴィリアの意図に気付く。
「トルミ……ひょっとしてイリヤさん?」
ラヴィリアは眉を上げ、無言で頷く。
そこにマヤが口を挟んだ。
「前領主の末期から領政がおかしくなり始めたのですが、イリヤ様に代わった後、件の魔術士による領兵殺害が数百に達し、今、トルミは過去最高に混乱している様です。民間人にも多くの被害が出ていて、かつての商業都市の面影は全く無くなっているそうです」
「アロイジウスの霊符があっても見つけられなかったって事か……」
リンの力無い声にラヴィリアの捲し立てる声が重なる。
「それも含めて詳しい状況が分からないの。ニケから私達にトルミ救援の命令が来たわ。私の代わりのニツィエ代理領主も送って来た。報酬は1千万ベイ。お願いリン。私と一緒に来て」
基本的にギルドのミッションは領内のものが多い。各領にギルドがある為だ。
だが王都からニツィエにその様な命令が来るという事はトルミの自治が混乱している事を示し、ギルドも正常に機能していないのだろうと考えられた。
「しかし何でニツィエに来たんだろうね。王国から直接救援に行けばいいのに」
「そこは私にはわからない。何か動けない理由があるのかも知れないわ」
「ふむ。……ライラには言ったの?」
「別の使者が飛んでるわ。インマル、オットーのギルドにも。でもハンムラビを用意できたのはここだけなの。皆、後から来てくれると思う」
断る理由は無かった。
国からニツィエへの命令であり、信頼出来る領主、ラヴィリアから各ギルドへ依頼が出ているのだ。
何より以前、ラヴィリアはアロイジウスに接触するという危険を冒してまで、イリヤを助けようとした。居ても立っても居られないに違いなかった。
(これはラヴィリアにここで留守番しててって言っても無駄だろうな)
リンはシャオに煌鎖について説明した後から、父ロンが言っていた事を思い出していた。祖父は若い頃、常に御守りの様に煌鎖を体に巻き付けて戦っていた、と。
その姿をリンは知らないが、2本になった煌鎖を暫く眺め、やがて意を決してそれを体に巻くとラヴィリアに向き直った。
「レイジットとランドルフを残し、今いるメンバー総出で向かう」
涙ぐむラヴィリアは手を合わせ、小さく「有難う」と言った。
依頼遂行中のレオとリュード、留守番のレイジットの護衛としてランドルフを残し、5頭のハンムラビにのる。
リンとラヴィリアとマヤが同じハンムラビの背に乗った。
同じ様にマルチネとローズ、ジャネットとアクセル、アルフォンスとシャオ、そして大柄なギットは1人で魔鳥に跨った。
リンが手綱を引くと、ハンムラビは大きな翼を広げて砂埃を立てる。
「リン様! みんな! 気ぃ付けてや!」
心配そうな顔で大声を出すレイジットに手を上げて返事をし、あっという間に大空へと舞い上がった。
―
その夜。
上空から山の中に小さな灯がいくつかあるのを見つける。高度を下げるとそこに山村がある事がわかり、一行はそこで一夜を明かす為、降り立った。
5羽のハンムラビを村の外れの大きな木に繋ぎ止め、まずリンとローズの2人が村に交渉しに行った。
コンコン。
こんな山奥の小さな村でも旅人が来る事があるのだろう、そこは宿屋であり酒場でもありそうな施設であり、丸太を組んで作られた小さな建物だった。
「もう寝てるのかな?」
「何言ってんだ。仮にも宿だろ? 誰か起きてるだろ」
2人でそんなことを話しながら暗闇の中、待つことしばし。何度目かのノックでようやく中から人の足音が聞こえて来た。
「……誰だい?」
中から顔を覗かせたのは50代位のやつれた男だった。
「あ、すみません。俺達旅の者なんだけど今日、一泊させて貰えないかと思って」
「あ? ああ、お客さんか。2人かい? ……ん?」
「あ、いや全部で10に……」
「あんた、生きてたのか!?」
宿の男はリンの顔を見て突然驚愕の表情を浮かべ、大声を出した。
「え? は?」
驚くリンの顔を穴が空くほど見つめていたが、やがてふと肩を落とし、
「……あ、いや違うか……すまん。暗くて見間違えた。あの男はこんなに若い奴じゃなかったな。すまん、忘れてくれ。えっと10人だって?」
リンはそれに答えなかった。
この男は一体自分と誰を見間違えたというのだろう、自分よりもっと年上で似た男、と考えていくと思い当たるのはただ1人、父親のロン・ウィーしかいなかった。
不審に思ったローズがリンを見上げて肘でコツンと突く。
「リン?」
「……あ、いや、うん。そう、10人だよ」
「部屋割りはどうする?」
「女性6人、男4人が寝れるふた部屋を」
「空いてるよ。風呂もある。飯は美味くねえよ」
「十分だよ、助かります。有難う」
男は頷き、中へ引っ込んでいった。
それを呆然と見送るリン。閉まった扉の前で立ち尽くす彼を見て、
「リン、どうした?」
ローズが怪訝な目付きでリンの顔を覗き込んだ。
「ローズ……今、あの人は俺を誰と見間違えたんだと思う?」
「あ? そんなの知ら……」
と言い掛けてローズもハッとした。
「まさか……」
「ローズ、みんなを呼んで来て貰っていい? 俺、ちゃんと話を聞いて来るよ」
「わかった。任せとけ」
リンの背中をポンと小さく叩き、ローズが来た道を引き返す。
リンは扉を開け、中へと入った。
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