第二話 きっかけ-1
「いずみ」は特別な古本屋だ。
まず、古本屋といっても金銭で本をやり取りするような場所ではない。ここは「手放したいのに思い入れが強すぎるがゆえに処分ができない」本を引き取ることを主とする場所だ。
想いが詰まりすぎた本は、普通の本屋では引き取れない。想いは「呪い」となって次の持ち主を苦しめてしまうからだ。そこで、「いずみ」の出番である。
引き取るのは本そのものだけではない。本に込められた想いも、お客様の話をききながら回収していく。
もしかすると現代的な言葉を使うならば「カウンセリング」といったほうが近いのだろうか。
お客様の気持ちの整理ができ、本の浄化が終わればお取引は成立だ。お代はいただかない。
希望されれば、お客様は以前に他の人が依頼した、もうすでに浄化が終わった本を一冊、お店の在庫が並ぶ本棚から選んで持ち帰っていただくことをもできる。
お取引が終われば、本とそこに入れ込んだ思い出たちはすべてお客さまの記憶からは消えてしまう。そのため、取引終了に要望があれば、思い出を一冊の本にして後日郵送させていただくことになっている。主人公の名前はお客様ではなくどこかの誰か。客観的な思い出として残すこともできるのだ。
そして誰しも訪れることができるわけではない。選ばれたお客様は、お店の住所が書かれた招待状が届くことで初めて場所を知ることができる。もし場所をほかの人に教えてしまうようなことがあれば、教えた人も教えられた人も、その招待状及び「いずみ」に対する記憶はすべて消えてしまうのだ。
ここまでが古本屋「いずみ」が設定したルールだ。
摩訶不思議なお店の存在。そして想いを引き取るという非現実的ファンタジーな業務内容。理解しずらく夢かうつつか怪しくなる。しかし確かに、いずみさんが晴をスカウトしたとき、そう告げられた。
しかしこのお店で働く晴といったら「ごく普通の大学一年生」と説明するのにこれ以上のものはない。切りっぱなしの黒髪セミロングに黒縁眼鏡、化粧っ気のない顔、服装はいつも似たようなTシャツにジーンズ。これを見て「普通」と思わない人は果たしているのだろうか。もしかしたら普通以下と評するかもしれない。
パッとした明るい性格でもない晴は、特に大学で仲が良い友達もできず、高い教室棟のビルを見上げながら毎日を空虚に過ごすばかりだった。
晴の趣味は本を読むこと、本屋で本の背表紙を眺めることだ。
大学の近くには広く、多数のジャンルに分かれたコーナーをもつ本屋がある。晴は毎週の本屋通いを趣味にして生きづらい世の中を生きていた。
大学が始まってから早一か月がたったある休日、授業で使用する本を探すため、いつもの本屋に晴は行くことにした。まだ日焼けのしていない白い足を、履きなれてきた靴に押し込み、外に出る。
最寄り駅にいそいそと歩き出した晴はまだ知らなかった。この日、自分が見知らぬ老婆に声をかけられることを………
古本屋「いずみ」 酢酸 @saku_sakku
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