最終話 二人のこれから

 冬休みが明けた頃、俺は学校に再び通うこととなった。


 きっと、冬休み明けに何食わぬ顔で現れた俺にみんなは目を丸くするだろう。

 まあ、それは別にどうでもいい。問題は別にある。


「朝はええ……」


 都内の私立進学校に通う最大の欠点は電車通学があることだ。

 もちろん、通う学校によっては自転車通学も可能だが、俺が選んだ学校は電車で20分は掛かるところにある。

 始業時間に間に合うようにするには七時には起きないとまずいのだ。


 え? 電車で20分は楽? 七時起きはつらくない?

 すっかり夜型になってしまった俺には辛いのだ。


 既に時間は深夜二時。

 夜の配信を終えて、これから寝るというところだが、睡眠に当てられるのは五時間しかない。

 ロングスリーパーの俺にはなかなかつらいところだ。


「それに雪、変なこと言ってたな……」


 先ほどの配信を思い返す。

 いつも通り、ゆずねこさんこと雪がスパチャを投げてきた。きたのだが……


「人生で一番幸せな日……か」


 どの日のことだろうか。

 俺にとっては彼女と過ごす日々はどれも最高の日だったが、彼女にとってはどれなのだろうか。

 VTuberデビューを迎え、俺たちが付き合うことになった日か。それとも、婚約を解消しご両親に交際を認められた日か。


「思い過ごしじゃなければ、俺とのこと……で良いんだよな?」


 一応、雪は俺の正体には気付いてないようだが、その分こうして無邪気にスパチャを送ってくる。

 俺への想いをスパチャ越しに伝えられるのはなんというか、心臓に悪い。


「それにこれ、まるで俺が雪に養われているかのような……」


 そう考えるとなかなか複雑な想いだ。


「やっぱり、正体を明かした方が良いんだろうか」


 当初は彼女の夢を崩さないようにという理由だったが、今の俺と雪の関係ならきっと普通に受け入れてくれる。

 そうは思うのだが、なかなか踏ん切りが付かない。なんとも妙な関係になったものだ。


「ま、それはおいおいということで」


 とりあえず今日のところは早く寝てしまおう。

 明日は久々に早起きだ。俺は支度を済ませると、ゆっくりと意識を落としていく。


*


「……て」


 なんだか、甘い声が聞こえる。

 聞き慣れたというか、心安らぐというか、怜奈とも母さんとも違う、とても胸が温かくなるような声だ。


「ん…………」


 そうか。夢の中まで雪が会いに来てくれたのだろう。

 その声に惹かれて、俺はそっと腕を伸ばす。


「え……!?」


 そして、愛しい人をそっと抱きしめる。

 夢の中だし、これぐらいは良いだろう。


「~~~~~~っ!! ね、寝ぼけてるの!?」


 雪が恥ずかしそうに身をよじる。

 夢の中とはいえ、本当に可愛いやつだ。

 俺は幸福感に包まれながら、雪を抱きしめ続ける。


「い、いい加減起きてよぉおお!!!!」


 その時、腕の中の雪が大きな声を発した。俺はその声に驚き慌てて飛び起きた。


「な、何が起こったんだ!?」


 寝ぼけた頭で周囲を見渡す。

 すると、布団の中に雪が潜り込んでいるのに気付いた。


「え、え? どうして雪が俺のベッドに……」

「私がじゃなくて、陽が無理矢理引きずり込んだの……!!」

「俺が……?」

「そう」

「ふーん、雪は温かいなあ」


 俺は再び雪を強く抱きしめる。


「だから、起きてぇえええええ!!!!」


*


「陽がこんなに寝起きが悪いとは思いませんでした」

「いやあ、昨日寝るのが遅くて……というかなんで雪が俺の家にいたんだよ」

「お母様が普通に上げてくれたんです。その……陽の彼女ならいつでも歓迎だ……って言って」


 雪が言いながら顔を伏せている。

 きっと自分で言って恥ずかしくなってるんだろうなあ、なんて思う。


「というか朝ご飯まで食べてったし」

「お母様から連絡頂いて、食べていかないかって。ついでに陽も起こして欲しいって頼まれたし」

「いつの間にか連絡先交換してたのか……」


 なんだか、どんどん俺の外堀が埋められていってる気がする……

 いやまあ、俺としてはなにも困ることはないんだけど。


「それにしても、こうして一緒に登校して良いのか?」

「どういうこと? 陽は嫌なの?」


 雪が不安げな表情を向けてきた。

 ちょっと、言い方がまずかった。


「そういうことじゃなくて。俺は雪と登校できるの凄く嬉しいし、部屋にまで起こしに来てくれるなんて幸せだなって思うよ。だけどほら、俺久々の登校だし、多分色んな人から変な目で見られると思うし、雪まで変な目で見られたりしないかなって思うし」

「なんだ、そういうことか……」


 雪が呆れとも安心ともとれるようなため息をついた。


「そんなの答えは決まってるでしょ?」


 雪が俺を追い越して、目に立ちはだかった。


「周りとかどうでもいいの。私は陽とやりたいことをするんだから」


 そう言って雪は、いたずらっぽい笑みを浮かべた。


 屋上で、俺をからかう時に何度も俺に見せたあの笑顔だ。

 俺はその笑顔が好きだった。


 からかいはするけど、そこに邪心はなく、普段クールでおとなしいキャラを演じる彼女が、俺にだけ見せてくれる素。

 俺は彼女が、それを表す瞬間がどうしようもなく好きだった。


 前はそれを眺めてるだけで幸せだったが、今はその先にだって行ける。

 俺はそっと前に歩くと、雪の右手を握った。


「え……?」

「その、嫌か? 一緒に手を繋ぐの? どうしても、したくなったんだ」

「……じゃない」


 雪がぼそりと呟いた。


「全然、嫌じゃない。私だってこうしてみたかったもん」

「じゃあ、今日は手を繋いで歩こうか」

「うん!!」


 この一年、色んな事があった。

 嫌なことも良いこともあった。俺の周りの環境はめまぐるしく変化した。

 そして、今この左手の中にあるのは、この一年で俺が得たものの中で、最もかけがえがなく、最高に幸せな温もりだ。


 決して手放さずに、大切にしよう。


 俺は心の中でそう誓う。

 大声を上げて泣きわめく金髪の青年が俺たちの側を通過したような気がするが、それは気にしないでおこう。


 俺たちは初めて繋ぐ手のぎこちなさをおかしくも、愛おしく感じながら二人で歩き始めるのであった。




 完




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 お読みいただいてありがとうございます!!

 ひとまず、このお話はここで一区切りとさせていただきます。


 こちらの作品、現在開催中のカクヨムコンに応募いたしております。


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VTuberを始めたら学園一の美少女"氷姫"が高額投げ銭でデレてくるガチ恋勢になっていた 水都 蓮(みなとれん) @suito_ren

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