閑話 雪の想い

『こんチャオ~、今日はAREXランク配信するぞ』



:久々のAREXきちゃ

:沼配信期待してます



 陽と悠さんの件が片付いたその翌日、私は推しの配信を見ていた。

 最近、配信を休みがちだったアル様の久々のAREX配信だ。

 コメント欄にいじられるアル様のリアクションや、敵に撃たれた時のヘタレな声が大好きなので楽しみだ。


「それにしてもほんと、陽の声にそっくりだなあ。この声にずっと助けられてきたんだよね」


 久々の配信を見て、初めてアル様の配信を見た日を思い出す。


*


 酷い出来事があって羽生くんが学園に来なくなった。


 ずっと彼が座っていた机は酷い有様に変貌し、だというのにクラスのみんなは誰一人として彼の話題を出さないようにしていた。

 心にぽっかりと大きな穴が空いたような気分だった。


 昨日まで羽生くんと過ごしていた屋上で、私は一人寂しく食事をしていた。

 教室にはいなかったけど、学園には来てるんじゃないか。昼にはひょっこり、顔を表してくれるんじゃないかと心の中で祈っていた。


 しかし、彼は来なかった。

 いつもなら耳に入ってこなかった、校庭で遊ぶ人達の声がやかましい。


 羽生くんはあんな目に遭ったのに、どうしてそんなに楽しそうにしているんだ。

 そんな、どうしようもなく理不尽な八つ当たりを心の中で繰り返した。


「今、どうしてるんですか……もう、会えないんですか……」


 連絡先なんて知らないし、家がどこにあるのかも知らない。彼の状況を知る手段など、何一つとしてない。

 私と彼との接点はこの屋上しかなかった。しかし、それはすっかり途絶えてしまい、本当に悲しく空虚な気分だった。


 せめて羽生くんとの繋がりが欲しくて、その日私は彼の好きなVTuberの世界に飛び込んでみた。

 アニメや漫画とは違う、リアルタイムで配信者達が生のリアクションをして、コメントに答えてくれる。

 最初はよく分からなかったVTuber文化に、私はあっという間にのめり込んでいった。


「VTuberアルフォンソデビューします……か」


 それはほとんど偶然だった。

 VTuberの世界にハマって、色んな配信者を調べていたら、偶然見た目が好みのVTuberがデビューするというツイートを見掛けた。

 そして、折角なので初配信を見てみたら、私は驚いた。

 なにせ、そのVTuberは羽生くんに声がそっくりだったのだ。


「嘘……羽生くん……?」


 いや、まさか。そんな偶然、あるわけがない。


 そうは思いながらも、どうしてもその声が頭から離れられなくて、彼がいなくなった喪失感を埋めるために、アル様を追っかけるようになった。

 見た目こそ大違いだが、その話し方や雰囲気は羽生くんにそっくりで、その反応が見たくて夢中でコメントを打った。


 収益化が通ってからは、初めての投げ銭までした。

 今日までにいくら投げたかもう覚えていないほどだ。


「羽生くんとこんな風に楽しくゲームしたかったなあ……」


 時々、羽生くんが恋しくなった事もあったけど、少なくともアル様は私の心の支えだった。

 でも、まさかそのアル様が、私と羽生くんをもう一度巡り合わせてくれたなんて。


「オ、オタクくん、どうしてあなたがここに……」


 アル様の初グッズが発売されたその日、私は放課後に池袋のアニメショップへ走った。

 するとそこで、ずっと会えなかった彼と再会したのだ。


 心の中で小躍りした。


 だって、ずっと会えなくて、もう会えないと諦め掛けてた人に会えたのだから。

 何を話そう。どんな顔をすれば良いんだろう。私、気持ち悪い話し方してないかな。今日の髪型なにか変じゃないかな。


 頭の中がぐるぐるし始めた。

 だって、覚悟なんてしてなかった。そんなところで会うなんて思いも寄らなかった。

 でも、折角の機会を逃したくなくて、一生懸命彼と話した。


「もちろん、分かってるって。それじゃあな」

「あ、ま、待ってください……」


 だから、帰り際に思わず引き留めてしまった。

 ここで別れたら、もう二度と会えなくなるんじゃないかって、そう思った。


 そして、私はVTuberになりたいと相談した。

 本当は、なったら面白そうだなぐらいの漠然とした思いだったけど、折角掴んだ彼との繋がりを逃さないためにはこれしかないと思った。


 それから私達は頻繁に会い、VTuberになるための準備を始めた。

 初めて家に呼んで、初めてデートをして、彼のお母様と妹さんにモデルまで作ってもらえた。

 そして、VTuberとしてのデビューを果たし……


 私はついに、陽と付き合うことが出来た。


 本当に嬉しかった。陽も私と同じ気持ちだと知って、天にも昇る気分だった。

 それまでの溜まった気持ちが爆発して、自分でも恥ずかしくなるような大胆なこともしてしまった。


 でも、それぐらい私にとっては大切で記念すべき日だった。

 人生で一番幸せで最高のクリスマスイブだった。


 ――雪は俺の大切な恋人だ。彼女が心変わりしない限り、絶対に何があっても未来永劫、君なんかには渡さない。


 私には婚約者がいた。

 女子には人気だけど、私にとっては苦手で嫌な人だった。


 だけど陽は、そんな悠さんに向かって絶対に私を渡さないって言ってくれた。

 その言葉で、私は身体の底が熱くなるような気分になった。

 本当に嬉しくて嬉しくて、私こそ絶対に陽を手放したりしないと決意した。


 退屈な私の日々は一変したのだ。


*


 陽にとっての切っ掛けが、悠さんと揉めたあの日なら、私にとっての切っ掛けはアル様だった。

 アル様のおかげで私はVTuberの世界にハマり、陽と再会し、恋人にまでなれた。


「アル様のおかげで、人生で一番幸せな日を迎えることが出来ました。本当にありがとうございます……と」


 私はアル様に、限度額一杯のスパチャを投げる。

 これが私に出来る精一杯のお礼だからだ。


『ごふっ……!! ゆ、ゆずねこさん。グラッチェ、スーパーチャット……その……よ、よく分からないけどおめでとう』


 急にアル様がむせたのだけど、一体どうしたんだろう。

 スパチャのタイミングが悪かったのかな?

 ま、いっか。



:そういえば、妹さんとコラボしないんですか?



 ガタッ。


 しばらく配信を眺めていると、突如流れてきたコメントに動揺して、私は思い切り立ち上がってしまった。


『コラボ? あー……俺、誰かとコラボとかしたことないしな』


 確かにアル様と仲の良いVTuberは見たことがない。

 個人勢でも、他の個人勢や企業勢と繋がってコラボする人も珍しくはないが、アル様は光栄ある孤立を選んだ。


:ぼっちだもんな

:陰キャだもんな

:バーチャルシチリアンぼっち……



『うるさい、うるさい!! 俺だってその気になればコラボの一つや二つできらあ!!』


 次々に寄せられる煽りに、アル様が大声で反論する。



:お、言ったな

:言質とった



「流れ来てる……流れ来てるかも!!」


 よし、あとで陽に連絡しよう。

 今後のVの活動も色々相談したいし、それにそろそろ陽がどんなVTuber活動してるのか聞いてみたいし。


『げほっ……ごほっ……』


 再び、アル様がむせた。



:風邪?

:今日はちょっと咳多いね。ちょっと心配

:お薬代です \500

:暖かくして寝るんやで



『いや、大丈夫。急にむせただけで風邪とかじゃないから。誰か俺の噂してるのかな……』


 急にアル様心配ムードになるコメント欄を見てほっこりしながら、私は陽に送る文面を考える。


「あ、そうだ。そういえば、そろそろ陽が学校に通ってみるって言ってたっけ」


 私はある名案が浮かんだ。


「ふふ、楽しみだなあ」


 陽が学園に来なくなってから本当に寂しくてしょうがなかった。

 だけど、これからは陽と一緒に過ごせるのだ。


 もちろん、あんなことがあったので不安なこともあるけど、その時は私が陽を守る。

 だって、彼は私の大切な恋人なんだから。今度は絶対に、あんなことにはさせない。


 そう胸で誓いながら、私は初登校の日のことを頭の中でシミュレートするのであった。

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