第11話 最初の仕事は完璧に

 朝、市場にやってきた俺は『茶色い雀』……ではなく『野獣の牙』のロックが現れるのを待っていた。


「おぉ、早いな。待たせたか?」


 呑気にあくびをしながら『野獣の牙』の頭領ロックが歩いて来た。

 この魔王を待たせるなど無礼にもほどがあるが、今回は許してやろう。


「よしんじゃ店に行くか」

「ん、店?」

「俺たちのアジトだよ。俺たちはみんな店って呼んでる」


 なるほど、世間に正体がバレないようにしているというわけだな。軽そうな若造だがその辺りはしっかり意識しているようで安心した。


 ロックに案内されて我は『野獣の牙』のアジトへ向かう。

 市場を東側に抜けてを移動する。

 西側と違ってこっちはガラの悪い小僧どもが少ないな。


「ほれ、見えてきたぞあれが俺たちの店だ」


 我が到着したのは一見レストランのように見えるアジトだった。

 窓から中を覗き込んでみるが客の姿はない。

 それはそうだろう、ここは『野獣の牙』のアジトなのだから。


「こら、窓から覗くな。とにかくこっちだ、ついてきてくれ」


 レストランの入口から店内へ。

 ここまでは普通のレストランに見えるが、おそらくここから先は物騒なアジトになってるのだろう。


 ホールを抜けてロックが奥の扉を開ける。その先には白い衣装を身に纏った数人の男女が、忙しそうに室内で動き回っていた。


「あ、ボスおはようございます!」

「おう、おはようさん。仕込みはちゃんとできてるか?」

「へい、開店時間には十分間に合います」


 ガタイの良いコックと話しをするロックの会話内容はレストランのそれっぽい。

 何故だろうか、何かすごく嫌な予感がしてきたぞ。


「よし、みんな手を休めて注目してくれ!」


 ロックが手を叩くと全員の目が我らに集中した。

 おぉこの感じ。部下たちを従えてた頃を思い出す。


「昨日話をした通り今日から新しいメンバーが加わった。こいつの名前はヘキサ、みんな仲良くしてやってくれ。ほれ、何か一言頼む」

「我は500年前にこの世を混沌に導きし魔王ヘキサ! 今日から貴様ら『野獣の牙』の特別顧問として協力してやる、ありがたく思うがいい!」


 完璧すぎてどいつもこいつも、アホみたいに口を開けてみておるわ!

 しかし、なんだろう嫌な予感が拭えぬ。


「えっと、だな。こいつはちょっと変わった奴で、自分を魔王だと思い込んでやがる。多分根は良い奴だと思うから、今のはこいつの魔王ジョークとして受け止めてやってくれ」

「待て若造ロックよ。思い込みではない我は本当に魔王なのだぞ」


 困った表情でぽりぽりと頭をかく若造ロック。

 あーとかえーとか言いながら次の言葉を探しておる。

 こやつまさか我が魔王だと信じてなかったのか!


「ま、まぁみんな、ほら拍手で迎えてやってくれ!」


 ぱちぱちぱちと感情の籠っていない拍手をされる。

 全然嬉しくない、我全然嬉しくないぞ!


「んじゃまぁ、お前ら今日も仕事をよろしく頼むぜ」

「はい!」


 ロックの掛け声で人間どもが各々配置につく。

 そしてまた忙しそうに働き始めた。

 我の勘違いだろうか?

 どうにもギャングとかマフィアとかそういう組織に見えない。

 どこからどう見てもレストランとただの従業員だ。


「ロックよ、どういうことか説明しろ」

「説明も何も店って言ったろ。まぁ確かに裏がないわけじゃねぇが、レストラン『野獣の牙』はこれが本来の姿だ。で、俺はこれからやらなきゃいけねぇ仕事がある。だからお前のことは、おーいレインちょっと来てくれ!」


 レインと呼ばれた小娘がすたすたとこっちにやってきた。

 紫の髪に猫のような目をした小娘だ。


「なんですかオーナー?」

「ちょいとこいつの面倒を見てやってくれねぇか」

「はい、まぁ良いですけど」


 小娘レインは我の顔を見てお辞儀する。

 ロックと違ってなかなか立場を弁えてるではないか。

 我は満足だ、うむうむ。


「んじゃまぁ、初日だしホールのほうを頼む」

「はい」


 がんばってくれよと一言残して、ロックは奥のドアの向こうへ行ってしまった。


「ヘキサ君こっちだよ」


 レストランのホールに戻ってきたが、何をやらせるつもりだ?

 レインが奥の小部屋からなにやら棒を持ってきて手渡してきた。

 うむ、モップだな。掃除をする時に使うあのモップだな。


「掃除は……特に教えることないよね?」

「掃除くらいは知っておる。汚れたところを綺麗にすることだ」

「うん、大丈夫そう。じゃあ一緒にがんばろうね」


 我とレインは2人でホールの床をモップで磨いていく。

 ……我は何をしてるんだろうか?


「待て待て待てーい! どうして我が掃除などしなくてはいかんのだ!?」

「え、だってオーナーによろしく頼まれたから」

「違う、我は掃除しにここに来たのではない! 『野獣の牙』の企みに協力するために、特別顧問としてここに来たのだ!」


 レインはぽかーんと口を開けて我を見つめている。

 そしてうんうんと2回頷いてから口を開いた。

 お、ようやく伝わったか?


「この店は王都ナンバーワンを目指してるからね」

「うむ……うむ?」

「ナンバーワンを目指すなら掃除もしっかりやらないとね」


 伝わってない、我の言ってることが120%伝わってない。


「よし、じゃあ引き続きがんばろう!」


 レインは1人で盛り上がり掃除を続ける。

 ここでモップを放り投げて帰っても良いのだが、せっかく見つけた金のなる木をこの程度のことで捨てるわけにはいかん。『野獣の牙』には我のために金を作ってもらわないとだからな。


 だから我は掃除した。

 レインと一緒に店内をぴかぴかにしてやった。

 文句はあとでロックに盛大にぶつけてやる……!

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魔王レベル1~勇者に封印された500年後に復活を果たしたが、女神の祝福(呪い)のせいで力を使うと弱くなってしまう我は、レベルを上げて今度こそ世界を混沌に陥れようと思う~ つづく。 @tuduku

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