ある日の『ゆうがたキラっと!』の「わが町しらべ隊!」

「つづいては今日もふわふわ可愛いこの方のコーナーです!」


 スタジオではひよりの母親と同年代の女性アナウンサーがマロメロオリジナルのハンドサイン(手のひらをカメラに向けて指を猫のように丸めたもの、未玖とひより考案のマシュマロメロンのイニシャル「m.m.」をイメージした形)を真似てVTRを振るのがお決まりの流れだ。

 このアナウンサーは若い頃にほんの少しだけグラビアアイドルをやっていたこともあり、そのポーズがひよりたちよりも似合うというのがマロメロのファンの中で話題になったこともあった。



「……はい! こちら『わが町しらべ隊』の隊長兼広報兼……せくしー担当? のマシュマロメロンリーダーのひーよんことひよりです!」


 画面下からぴょこんと登場するのはディレクターさんのアイディアだったが、「隊長兼広報兼○○」という三段オチにするのはひよりの提案だ。ただ、最近ではほとんどネタが尽きてしまっており、収録の前日にはグロウライブの配信ではファンによる大喜利大会になるのが定番だった。


「せ、せくしー?」


 と、画面の外からディレクターが声をかける。このやりとりが結構評判なのだ。


「あ、いやメンバーの中だとセクシー担当じゃないんですけど、今年はわたしも二十歳になったので大人の魅力も……ふふん、出していこうか――」


《そんなひーよんが本日やってきたのは……大洗港。なんでも、今が旬のある珍しい丼がいただけるとか》


 必死に話しているひよりの姿はばっさりカットされて、本日の取材先である大洗の漁港が映し出される。


「はい、やってきました。大洗港! って、え! こちらですか?」


「はい、今日は実際に獲るところから体験してもらいます」


 スタッフの黒字のテロップが出て、ひよりが頷くが、


「ま、待って。わたし美味しい丼がいただけるって聞いてたんですけど」


「いや、もう……」


 ディレクターが船を示して頭を下げる姿が画面端に見切れる。


「西村さん〜! 聞いてないですよ。あたし、お腹ぺこぺこにしてきちゃったんですけど」


 今度はナレーションを担当している男性アナウンサーの名前を呼んで、頬を膨らませる。これもお馴染みのやりとりで、こちらはファンの方というよりも周りの人――ひよりの家族や同級生からよく面白いと褒められる。



《ひーよん、頑張って! じゃあ早速着替えを済ませてまずは船長さんへのご挨拶!》


「こんにちはぁ〜。あっ、船長さんですか。わたくし、マロメロからきました……」


 防水のつなぎ姿のひよりの上にまるでグロウライブのギフトスタンプのように《???》のマークがポンと浮かぶ。


「あれ、あたし今……マロメロから来たって言いました? え、やっば。やっぱりそうですよね。ごめんなさい、ちょっとテイクツー。今のカットでお願いします」


《いやいや、可愛かったんで使わせてもらいます。……さて、こちらが今日ひーよんを案内してくださる船長の渡瀬啓司船長。なんと代々続く漁師の家系で息子さんの真司さんで八代目なんだそう》


 画面が切り替わり、ひよりと息子の真司さんが握手を交わす。


「よろしくお願いします、八代目。いちおう、あたしはマロメロってアイドルグループの一期生――一代目です」


「いや、それ全然違うから」


 鋭いツッコミはもう一年以上も一緒にやっているディレクターならではのやりとりだ。



《と、そうこうしているうちに船は沖合へ向けて出発。今回、七代目と八代目が行うのは海中に網を設置して行う『刺し網漁』。網目に魚が刺さったように見えるから『刺し網』と言うんだとか。今回は我らがひーよんがその網の引き揚げをお手伝いさせてもらいます!》


「ひよりさん。ここが今朝、わたしと父で網を仕掛けたポイントです!」


 風や波が絶えずやってくる海の上でのやりとりは自然と声が大きくなる。ひよりが船上ロケをするのはこれが初めてではなかったが、そのことはすっかり忘れていた。


「たった数時間で獲れちゃうんですね!」


「……次第です」


 さすがに豪華な民放キー局と違って追跡用の船などは用意されておらず、サブカメラマン兼ディレクターとメインのカメラマン、そしてひよりの三人のクルーが慣れない漁船の揺れに耐えている。


「ごめんなさい、もう一度!」


 言ったのはひよりのリアクションを見て聞こえていないと悟ったディレクターの方だ。


「いや、獲れるかどうかは、ひよりちゃんの運次第!」


 大きな声で八代目が言う。


「運次第! じゃあ、もう早速獲れますね!」


 カメラに向かってウインクを決めるひより。が、ここで画面が暗くなり、


《と、自信満々のひーよんでしたが……》


 と不穏なテロップが表示される。



「さて! ではでは早速、八代目と一緒に網を上げたいと思います」


 船に設置されたローラーのようなもので網を巻き取っていく。時折魚がかかっていることはあるものの、


「船長! この子、違う?」


「それでねえ」


 と訛りの強い七代目が言う。


 次の魚が揚がってくるまで映像が早回しになる。


「あ、この子は? なんかちょっと平たい……」


「違いますね」


「えー、なんのお魚なんだろう」


 と、また映像は早回しになり、網がくるくると引き揚げられていき、やがて漁場の端まで船が移動して、画面が暗転する。



「はい。えー……運が良ければ、八代目の真司さん曰く、運が良ければ獲れるお魚とのことでしたが、えー今日は石田さん(ディレクター)の不安があたしの強運をかき消してしまったようで……。ヒラメやらコチっていう平たいお魚さんばっかり獲れました!」


 安っぽい効果音と共に口を尖らせたひよりがアップになる。


「まぁあたしも地元民としてコチ、大好きなお魚なんですけどね。あの、こう……炊き込みご飯とかね。

 ただ! ただですよ、みなさん。本日の目的はあくまでも『今が旬の珍しい丼』ということで、八代目……! どうにかならないでしょうか」


「わかりました。では昨日水揚げしたばかりのやつがありますので、そちらをどうぞ」


 ディレクターの指示で台詞はかなり棒読みになってしまったが、水揚げについてはまったく演出ではなく、本当に獲れなかったので若干気を落としていたとオンエア後のグロウライブでひよりは語っていた。



「さぁ、ということでこちらに用意していただいたのが……じゃじゃーん!」


 場面が変わって、海を背にしたひよりがカメラを自分の顔から手元へと誘導する。最初のうちは慣れなかったが、テレビやネットの動画で勉強をして最近ではようやく映る側の振る舞いを心得てきた。


「見てください、このジューシーな唐揚げ! 美味しそうでしょ?」


 カメラが丼の上で美味しそうに湯気を立たせている唐揚げに注目をする。


《ほんと、からっと揚がって美味しそう! でもひーよん、これ……まさか鶏の唐揚げじゃないよね?》


「で……真司さん。こちらの唐揚げ丼なんですが、一体何のお魚なんですか?」


「えー、はい。こちらはですね、北茨城名物鮟鱇あんこうの唐揚げになっています!」


「あー! なるほど、確かにこの時期の大洗といえばあんこう鍋、有名ですよね。いやね、どおりでちょっと光ってるなぁと思ったんですよ」


 と、場の空気が凍ったように静かになる。

 「・・・」というテロップ。

 さらに数秒して、ひよりがにわかにチョウチンアンコウのちょうちんの部分をジェスチャーで示すと、ようやく合点のいった八代目がまともにこう言った。


「あ、いや、これはチョウチンアンコウとは違う種類であって、そのチョウチンも揚げちゃったら光らないんですよ」



 まるで自分がそう決めたかのように申し訳なさそうにするので、ひよりもついつい頭を下げる。「いや、あの、冗談……あ、まぁ、いいです」


「さて! 軽くすべったあとは早速、あんこうの唐揚げいただきたいと思います! ……んーっ! あっ……つひ……ひはが……」


 大きな唐揚げを豪快に頬張って、にこにこと食べる姿は意外にも視聴者やスタジオで観ている番組関係者からの評判がいい。ただ一人、ひよりのおばあちゃんだけは「みぐせえ」とまともに観てくれなかったが。


「いや、これ……! すっごい。あの、あたしよくあんこう鍋は食べるんですけど、もうぜんっぜん違います。身がぶりぶりしてて、あんこうのもう……なんて言うんですかね。あの、いいところをこのさっくりした衣が引き立たせているというか、お鍋にはない新食感! 鶏肉とも全然違います!」


 リポーターを任されるようになって最初のうちは、この食後のコメントがあんまり採用されなかったのをひよりはよく覚えている。もちろん、内容はともかくとして一口食べるごとに今と同じくらいの量を喋っていたはずなのに、冒頭の感嘆の「うん……!」しか使われなかったのだ。そのあとはナレーションベースになったことがかなりショックで、グロウライブで食べ物をいくつか用意して特訓をしたこともあった。



 そのときに比べたらかなりましになったとひよりは自分でも思っている。もちろん、この番組も大切ではあるけれど、いつかもっと大きな番組にも出てみたいな、とも。


「だめだ、これ。ほんとに止まんない! え、絶対またこよう。メンバーにも食べさせてあげたいです」



《……というわけで、今回のしらべ隊は大洗港の『あんこうの唐揚げ丼』。ひーよん、結局このあと全部ぺろっと食べちゃいました》


「みなさんも大洗にきらっせー」


 完食した丼を見せて、ひよりがカメラに微笑みかける。


「ひよりさん、ほっぺにお米」


「えっ、うそっ」


 と、頬に手を伸ばしたところでVTRが終わって画面はスタジオに戻ってくる。



「はい、今日もとっても無邪気なひーよんことひよりちゃんでした。ありがとうございます。いやー、唐揚げ! 美味しそうでしたね〜」


 アナウンサーが頬を改めて指差し、微笑む。恥ずかしいけれど、それで誰かが笑ってくれたのならそれでもいい。

 このところのひよりはプロ意識というほどではないが、そんなふうに考えるようになり、緊張していた収録も楽しめるようになってきた。


「次はどこで何をしらべてくれるのでしょうか? 楽しみです――さて、つづいてのニュースです……」

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現実《リアル》だよ! 二次元じゃないよ?! ファンと結婚、あり得るよ?!?! 大宮れん @siel-n

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