EXTRA 罪人は業火に焼かれ 後編

 黒魔術部の部室は真っ暗だった。雰囲気作りが大切なんです――といって部長の三浦君が部屋の蛍光灯を全部外していたのを思い出す。


 私は室内にある机に向かった。するとその途中で床にあった何かを蹴った。


「なに?」


 しゃがんで目を凝らすとそれは蝋燭だった。よく見ると床に何やら怪しげな落書きがあった。


「まったくもう」


 高校生にもなって床に落書きとは……


 しかも蝋燭からは焦げたような臭いがしてついさっきまで火が点いていたことは明らかだった。


 ――あたし過去に戻って証拠を集めたんです――


 再度鳥海さんの言葉を思い出す。


 彼女たちは本当にこの部屋で怪しげな儀式を行っていたのか。


 私は机の上に分厚い本を見つけそれを開いた。携帯電話のライトを使って本の内容を検める。そして見つけたのは『時遡じそ呪法じゅほう』の文字。


「ダメでもともとじゃない」


 誰に言うわけでもなくつぶやいて私はその本に従って儀式を始めた。


 ……………………


 …………


 気がつくと私は黒魔術部の部室に倒れていた。


「儀式は、成功したの?」


 窓の外に目を向けると空には星が――


「あら?」


 違和感……


 そこにあったはずのカーテンが失くなっていた。それに床の模様も蝋燭も消えて失くなっていた。


「本当に過去に戻ってこれた……の?」


 私はとりあえず部室を出て職員室へ向かうことにした。その途中守衛さんに声をかけられた。


「こんな時間まで何をやっていたんですか先生!? もう夜中ですよ!?」


 彼はすごく驚いた表情をしていた。


「夜中?」


 そんなに遅くまで私は気を失っていたのか。


 すると驚いていた守衛さんは何かを思い出したように深刻そうな表情に代わった。


「そう言えば――! 先程この学校の女子生徒が校内をうろついているところを発見してですね」


 深夜に女子生徒が忍び込んだという話は今朝も聞かされた話だ。ただ、その話では女子生徒の侵入があったのは月曜の早朝だと言っていた。それが今彼はつい先程と発言した。


 そこからわかることは……


 私はどうやら本当に過去の世界へやって来たみたいだった。


 つまり私はもう警察に追われなくても済むということだ。


 ――――


 職員室に戻った私はそこにあるはずの自分の荷物がないことに気がついた。不思議に思いつつもとりあえずその事は一旦諦め、家に帰ろうと思って駐車場に行ったら今度は車がなかった。最初は盗まれたのかと疑ったがよくよく考えて1つの結論に至った。私は未来から過去にやって来たのだからこの時代には“本来の自分”が存在しているのだということに。

 仮にこのまま家に帰れたとしてももう1人の自分と鉢合わせる可能性があり、何となくそれが危険なことのように思えた。


 私は仕方なく最寄りにある24時間営業のファストフード店で一夜を明かすことにした。


 …………


 朝目が覚める。時刻は月曜の8時。


 ――ヤバい遅刻!?


 私は勢いよく席を立ち上がった。


 そこで店内がやけにガランとしていることに気がついた。外もいつものこの時間なら出勤通学の人の往来があるはずなのにやけに人通りがすくなかった。


「あ、そっか……」


 今日は月曜日だが祝日だ。


 それに冷静になって考えてみれば出勤しなければいけないのは“本来の私”であって私じゃない。


 すごく気が楽になった。


 だがこの後すぐに私の心は再び焦燥感に苛まれることになった。


 私の耳に商店街のぼろアパート、例の幽霊屋敷が全焼したというニュースが飛び込んできた。警察は犯人の行方を追って捜査を続けているとのことだった。


 その犯人はもちろんこの時代にいるもうひとりの私だ。

 しかし、その私と私は同一人物。DNAも指紋も顔も声もまるっきり同じで、警察には見分けがつかない。最悪の場合私が警察に捕まってしまう可能性だってある。


 過去に戻ったはいいものの実際には何の解決にもなっていないということに気付かされた。


 一難去ってまた一難。


 その日1日、今後どうすべきかを考えるのに費やした。


 ……………………


 …………


 火曜日の朝、私は一限目が行われている時間帯を狙って学校へと向かった。


 いろいろ悩んだ結果この状況を打破するために思いついた方法は『時遡の呪法』が掲載されていた例の本に頼ることだった。この状況を作り出す原因になったのがあの本ならそれを解決するのもまたあの本なのではないかという単純な考え。

 けどそのためには生徒たちと先生たちそして学校を訪れている警察の目をかいくぐって黒魔術部にたどり着かなければならなかった。だから私は、生徒と先生は授業中で警察も事情聴取のため空き教室から出てくることはないこの時間帯を狙って学校へと赴いた。


 私の考えは完璧でまったく人目につくことなく部室棟の3階まで来ることができた。しかしここで予想外のことが起こる。驚いたことに黒魔術部からひとりの生徒が出てくるではないか。しかもそれは私のクラスの生徒の鳥海さんだった。


 彼女を目にした瞬間、私の中の教師の部分が反応を示し、彼女に向かって声をかけていた。もっともらしい注意をする私。そんな私から逃げるようにして鳥海さんは去っていった。


 声をかけたあとで後悔していた。誰にも見つからないようにここまで来たのにすべてが水の泡だ。


「職業病ね……」


 私は私が思っている以上に教師だったみたいだ。


 ――――


 黒魔術部の部室に入ると、


「あら?」


 部屋の窓には失くなっていたはずのカーテンがかけられていた。それはさておいて、当初の目的を果たすべく私は本の確認に移った。


 すると偶然にも、机にの上には本が置きっぱなしで丁度『時遡の呪法』のページが開かれたままになっていた。


 さっと目を通す。


「……え?」


 私は目を疑った。間違いないか確認するためにもう一度その部分を読み直した。


 『時遡の呪法は不可逆的な呪法であり、一度過去に戻った者は二度と元の時代に戻ることは出来ない。――しかし、方法がないわけではない。そもそもこの時遡の呪法とは短時間遡行によって小さな出来事のやり直しを実行するためのものである。

 例えば昨日のテストをやり直したい。出題される問題を知っている状態で過去に戻れたらとそんななふうに思ったことはないだろうか? そんな時に役立つのがこの時遡の呪法である。

 先の例えで言えば、最初に普通にテストを受け一日を過ごしたあと時遡の呪法で過去に戻りテストを受け直せばいいのである。

 ただしここで一つ注意しなければならないことがある。それは過去に戻ったその先にはもう一人の自分がいて、本来ならそのもう一人の自分がテストを受けるということだ。つまりこの術を使用して過去に戻った場合どこかのタイミングで自分が自分に成り代わるという手はずを踏む必要があるのだ。

 そしてその方法とは“自分が過去の自分を殺すこと”である。なんの事情も知らぬ相手には自分はまるでドッペルゲンガーのように映ることだろう……』


 ――殺す……? 殺すの……? 私が、私を……?


 そんなことできるはずが……


 しかも仮にそれができたとしても、もう一人の自分に成り代わるのでは意味がない。私の目的はあくまで警察の目から逃げることなのだから。


「……でもちょっと、待って。これはいけるんじゃないかしら?」


 私が私を殺すということは、私の死体が1つ出来上がるということで、もしそれが警察に見つかったらどうなるだろうか? 私が死んだと思って捜査をやめるのではないだろうか?


 この時、天啓とでも言うのだろうか、私の頭にある閃きが降りてきた。


 それは、という筋書きだった。


 今後警察は私に疑いの目を向ける。だがもしも疑いを向けていた私が自殺という手段をとったらどうなるだろう? ――当然事件は犯人の自殺という形で幕を閉じる。そこに自らの罪を告白した遺書が見つかれば誰もそれが他殺だなどと疑わないだろう。


 その後この世界で私は私とし生きていくことはできなくなるが、そこは整形でもして新たな人生を歩めばいいだけだ。


 私は早速準備に取りかかった。


 ……………………


 …………


 この日、自分がひとりになる時間帯は私がよく知っていた。放課後職員室に刑事さんが現れてその後廊下で鳥海さんたちに出くわする。その後私はたったひとりで黒魔術部を目指すことになる。そこが狙い目だ。


 時は過ぎ――


 私は私がひとりで職員室を出るのを確認した。その後誰もいない職員室に入って事前に用意しておいた遺書を私の机の引き出しの中に仕舞った。


 筆跡も指紋も同じ疑いようのない私の遺書だ。


 それから私は黒魔術部に向かった私を追いかけるために職員室を出た、その時だった。


「おや、先生じゃないですか?」


「!?」


 声がした方を向くとそこにいたのは守衛の男性だった。


「こんな時間までお仕事ですか? いやぁ、教師っていうのは実に大変な仕事ですなぁ」


 私の気持ちなど知る由もない彼は世間話を始める。


 ――早くしなければ私が過去に飛んでしまうというのに!!


「ええ、まあ」


 と適当に相槌を打つ私。


 中々終わらない話にしびれを切らした私は用事があるのでと無理やり割り込んだ。


「用事ですか?」


「ええ。先程まで部の生徒たちが残って活動をしていたので最終チェックをと思って部室に」


 適当なでまかせを言ってその場をやり過ごそうとする。


「それでしたら私がチェックしておきますよ。見回りのついでに――」


「――結構です!!!」


 いきなり大声を上げた私に驚いて守衛さんがたじろぐ。


「あ、すいません大声出して。でもこれは私の仕事ですから。これも生徒たちとの信頼を育むためのものですから」


 正直自分でも何を言ってるのか理解できていなかったが、まくし立てた私は急いでで部室に向かった。


 本来なら世間体を気にして模範的な対応を取るところだけど、今はもうどうでもいいのだ。例え守衛さんの私に対する印象が地に落ちたとて、どうせ“私は死ぬ”のだから。


 やっとのことでたどり着いた黒魔術部。私は呼吸を整える間も惜しんで勢いよく扉を開けた。


 しかし、時既に遅し――


 私は今正に過去へ跳ぼうかという瞬間だった。


 円陣の中心で強力な重力に押しつぶされそうになっているもうひとりの私は、それに耐えるので精一杯で私が部屋に入ってきたことに気がついていない。


 私はなりふり構わずもうひとりの私に襲いかかろうとしたがあと一歩及ばず。もうひとりの私は消えてしまった。


「そんなッ!?」


 もうひとりの私に襲いかかろうとしていた私はその勢いを制御できずに、思いっきり床にダイビングした。その衝撃で床に立ててあった蝋燭が倒れ私の肌を焼く


「あっつ!?」


 火から身を守ろうと反射的に私の体が動くと近くにあった棚にぶつかった。


「ぎゃあっ!?」


 その衝撃で上から落ちてきたガラス玉が私の頭に直撃してコロコロと床を転がる。


 鈍器で思いっきり殴られたような衝撃に私は意識を失いかける。すると今度は何やら焦げ臭いニオイが立ち始める。


「え……な、に……?」


 臭いのもとをたどるとそこには小さな焚き火が出来上がっていた。それは、私が『時遡の呪法』の呪文を読み上げるために使っていたもので、床に置きっぱなしになっていたそれに火が燃え移ったのだ。


「え!? うそっ!! ちょっとまってよ!!」


 消化しようと起き上がろうとしたが思うように体が動かない。さっきのガラス玉の衝撃のせいだ。


 ――あつい!? あついいいっ!!


 体が熱を感じているのに。それをなんとかしろと脳が命令を出しているのに思うように体が動いてくれない。


 その火が私の服に燃え移り体全体を焦がしていく。


「なんんで!? なんんんでぇええ!?」


 私の体を這う炎はもはや自分ひとりでどうにかなるようなものではなくなっていた。



 ――罪人よ、業火に焼かれて己の罪を存分に悔いるがいい――



 私はあのとき彼に対して言い放った言葉を思い出していた……

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The Doppel ~ 罪人は業火に焼かれ ~ 桜木樹 @blossoms

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