第6話 二人の先生

 この「シセ王子惨敗事件(もしくはファイアルト、キレるの巻)」が、あってから、俺の毎日は急激にスピードを上げていった。 


 しかも上昇気流に乗ってますって感じの、かなりの充実度でさ。


「お前なー! 何度言ったらわかるんだよ? そこは、こう入らないと、後ろ取られるだろーがっ!」


 遠慮なしのファイアルトの指導が飛ぶ。

 ついでに言うと、あの日以来、ファイアルトは完全にタメ口だ。


 ……いいけどさぁ、別に。


「で、でも! こう向いたらここががら空きになるじゃんか!」


「違う! こっちから、こう回り込めばいいのっ!」


「……あ、ホントだ……」


 というわけで、ファイアルトの指導は、口は悪いが武術指南の腕は確かだ。


 っていうか、俺のレベルの問題って感じもするんだけど……とにかく、技のひとつひとつが、ちゃんとモノになってるって実感がする。


 こういう練習は、キツイけどかなり楽しかった。


「こら! なにボケッとしてんだ! もう一度、最初ッから!」

「は、はい!」


 あわてて、構えなおす。その時。


「失礼します」


 新しい声が加わった。見ると、護衛兵が敬礼して立っている。

 ファイアルトが、俺を一人前の王子として指南を始めてから、俺に対する周りの扱いも少しは変わってきた。


 いやぁ、ファイアルト様サマだぜ。


「たった今、王子を襲った刺客の居所が掴めたとの連絡が入りました」


 ほら、こんな風にレノマールの事件に関する情報も直接入ってくる……ってオイ!


 俺とファイアルトは、思わず顔を見合わせる。

 それこそ、待ちに待っていた情報だった。


「良かったなー、王子! これでレノマールの仇が討てるぜ」

「おう! ついにこの時が……ヤッたるぞー!」


 ガッツポーズの俺の頭をガシガシと撫でながら、ファイアルトは護衛兵に、


「で、どこからの情報だ?」


 と聞いた。何気ない問いに、護衛兵はなぜか言葉をにごす。


「それが……グランシス大魔導師様でして……」


 ファイアルトの顔色が変わった。

なんだよ? ガッツポーズのまま、俺も固まる。


「あ~何だ……王子、お前はここにいろ」

「な!」


 なんでだよ! 反論しようとする俺を、ファイアルトが目で制する。


「とにかく俺が詳しい話を聞いてくるから、王子はここで待機。いいな?」


 なんか、まずいことあるのかな……あるんだろうなぁ。


 ――でも!


「ヤだよ、俺も行く!」


 そんな簡単に納得できるかっつーの、そうだろ?


「師匠に逆らう気か? 罰として素振り百回だ」


「そんなの十分で片付けて、すぐあとを追ってやるからな!」

「じゃあ千回にしよう……頑張れよ」


 ガーン……いらんこと、言うんじゃなかった。


「なんとか話、着けてきてやっから。おとなしく待ってろ」


 緊張した横顔のまま、ファイアルトはそう言った。



 で、俺はファイアルトの言ったとおり、おとなしく千回の素振りをして待機――なんて、するわけがない。


「絶対、ついてっちゃうもんねー……」


 小さな声で、ひとりつぶやきながら中庭の植木をガサゴソと移動する。


 ファイアルトの影は、宮殿の豪華な中庭を横切り、その奥にあるコテージ風の建物に入っていく。

 全面に大きなガラス張りの窓があり、中にはとりどりの観葉植物と品の良いテーブルセット……その椅子に、ひとり腰掛けて読書している人を発見した。


(んん……女の子……?)


 最初はそう思ったけど、よく見ると違ってた。

 色白でキレイでほっそりした、いわば美少年って雰囲気の――ひょっとして、アレが大魔導師様ってやつ? 


 イメージ違うよな、もっと貫禄のあるおじいちゃんとかと思ったぜ。


 ファイアルトは、その少年の正面に腰掛けた。

 

 何か言ってるが遠くて聞き取れない。もう少し近づかないと――。


「……せよ、そこから叩くしか……だろ?」

「……」

「けど……ってたら……」


 ああ、くそ!

 

 大魔導師様の声が小さくてまったく聞こえない。

 俺はそのコテージの裏側に、さらに近づく。


「それはそうと貴様、最近シセ王子相手に、真面目に稽古をつけてやってるそうじゃないか?」


 よく聞こえるようになったと思ったとたんに、俺の話題だ。

 盗み聞きってだけでもドキドキなのに、おれの話題となると――なんか照れるよなぁ。


「そうなんだよ、グランシス。俺も意外なんだがな、あのバカ王子、この頃良い感じだぜ?」

「ふん、どうだか……」


 グランシス大魔導師様は、冷たく鼻を鳴らした。――これまた、キツイ話だよ……まぁ、良いけどさ。


「それで、さっきの話だが、王子も連れて行きたいんだ。レノマールの仇をとらせてやりたい」


 おお、ファイアルト偉い! 俺は思わず拳を握り締める。


「断る」


 はやっ! 


「足手まといもいいところだ。それに……王子に、レノマールのことを気安く口にする資格などない」

「グランシス……」


 その言葉を聞くと、ファイアルトも黙ってしまった。


 俺だって胸が、痛い。

 レノマールのことを考えると、今でも激しい後悔の気持ちで息が詰まる。


 でも――今の俺に出来ることが、他に見つからないんだ。


「そりゃ、王子の失態がレノマールを殺したかもしれない。だが、今はあいつなりに、その傷を埋めようと必死なんだよ」


 ファイアルトの声は、心なしか小さくなってる。

そりゃ、そうだよな、図星だもん。


「それがこの態度ってわけか?」


 突然、俺は大きな風に包まれた。


「わわ!」


 俺を隠してくれていた草木が一斉に揺れ、気がつくと目の前に、呆れ顔のファイアルトと、依然、厳しい表情のグランシスが立っていた。


「ご、ごめんなさい」


 えっ……と、とりあえず謝っとこ。


 だがグランシス大魔導師様は、俺の「ごめんなさい」など聞いてなかった。


「もう一度言う。レノマールの敵討ちなど絶対に断る。王子だからって甘えるな」


 そう吐き捨てると、踵を返して去っていった。


 これは難しいぞ、とファイアルトが顔をしかめる。


「あいつ――王子嫌いで有名なんだ。わざと敬語を使わないのもそのためだ」

「なんで?」


 王子が、とファイアルトは、腕を組んで考え込んだまま短く言った。


「バカだから」


 ああ、なるほどね――納得。


 コテージに、やたらさわやかな風が吹き抜けていった。

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