第5話 努力の成果なんて何もなかった
十日ほど経ったある日。
「よう、バカ王子! 最近、剣術に精を出しているんだって?」
聞きなれない声が稽古場に響く。
素振りの腕を止めて顔を上げると、俺と同じぐらいの年恰好の少年が立っていた。
王子である俺にタメ口きいてるとこや家来を引き連れているあたり、位の高そうな感じではあるが――。
「誰だお前?」
俺は正直に聞いてみることにした。
「だ、だれって、お前! 従兄弟の顔も忘れたか?」
従兄弟?
俺が本当の王子じゃないって知ってる唯一の人間、レノマールがいなくなってから、新登場されても困るんだよなあ。
「ファイアルト、このバカ王子の面倒見るのも大変だな」
「とんでもございません、キサ王子。シセ王子も最近はずいぶんご熱心に剣術に打ち込まれておりますよ」
ファイアルトがにこやかに答える。
生徒がバカ王子呼ばわりされてるんだぜ?
ちょっとはフォローをしろっつーの!
思わず突っ込みそうになるが、それよりもこの会話の収穫は名前だ。
「ああ、キサ王子だったっけ? ごめんごめん、俺、バカだからさぁ……」
この従兄弟殿の名前が聞き出せただけでもよしとしよう。ほっとした俺は、かなり素直に喜んだだけだったんだが――。
「シセ! お前俺のことバカにしてんのかっ!」
キサ王子が、怒り出した。
「バカになんてしてないって。バカは俺だって言ってんじゃん」
わかんねー奴だな。頭が悪いってのがこの王族の血統なのか?
「う、うるせーぞ!」
顔が赤い。ふっ、すぐムキになるあたり俺より子供だな……このキサって従兄弟殿、けっこうカワイイ性格してるのかも。
だが、次のセリフがいけなかった。
「いい機会だ、シセ! お前の腕を試してやる……決闘だ!」
キサは腰の長剣を抜くと、勢い良く俺にかざす。
ファイアルトが慌てて止めに入った。
「シセ王子はまだ剣術を始められたばかりですゆえ、今回のところはお許し下さい」
その言い方にカチンときた。
だって、これじゃあ、俺が戦わずして負けたようなもんだろ?
「その勝負、受けてやるよ」
ほとんど無意識に、俺はそう言い返していた。
毎日の地味な練習の中で、そろそろ成果もみたいところだったし。
運動神経にいまいち自信のない俺だけど、自分なりにこの十日間、必死に頑張ってきたんだ。
俺はゆっくりと自分の長剣を抜く。
間合いの詰め方をひとつずつ思い出しながら、大きく息を吐いた。
大丈夫だ、あれだけ頑張ったんだから何らかの結果は出るはず――。
だったのだが。
「!」
一撃、だった。
俺を打ちのめしたキサ王子が、家来を引き連れて笑いながら帰っていくのが見えた。
仰向けに倒れた俺の目に、青い空が映る。
それが、やたらキレイでさぁ――。
情けなさ過ぎて、涙よりも笑いが出た。
マジかよ……俺はこんなに弱いのか?
それなりに頑張ってきたつもりだったのに。
努力してもまったく無駄なことってさ、世の中にあるんだよな。
「シセ王子……大丈夫ですか?」
ファイアルトが心配げに声をかける。
「大丈、夫……」
そんな心配しなくても大丈夫だよ、あんたが悪いんじゃない。俺がダメ人間なだけだ。よく分かったよ、良い機会だった。
「もーやめ、やめ!」
大きく息を吸い込むと、俺はやけくそみたいに大きな声でそう言った。
そうだよ、最初から俺には無理だったんだ。
目の前で、人が死んだもんだから、ちょっとナーバスになって熱に浮かれてただけ。
肩の力を抜くと、世界が急に明るくなった。
それが、今の俺にはなにより嬉しかった。
何てことない、元のバカ王子に戻れば良いんだ。
レノマールの仇を討つなんて大それた事を考えたから、こんなみじめな自分を思い知らされる。
あの部屋に帰って、今度こそ王子が見つかるまで一人でのんびり過ごそう。
何も頑張らなくて良い。誰にも誉めてもらえなくて良い。
「!」
そのとき、俺は突然、胸倉をつかまれた。
「バカヤロウ!」
目の前には、ファイアルトの怒った顔があった。こんなに怒った先生を見たことがないってなぐらい――怒っている。
「だからお前はダメなんだよっ!」
「あ、あの……先生?」
これが、あのファイアルトか? カンペキ人格が変わっているんですけどっ!
「しっかりしろよ! すぐにやめるとか言うな!」
俺の胸倉をつかんだまま、ファイアルトが強く揺さぶる。し、視界が回る……。
「でも才能ないですし……頑張っても無理だってわかりましたので」
一応、俺、王子なんですけど、剣幕に押されて思わず敬語使っています。だって、ファイアルト、怖いんだもん。
「まだ十日だろーが。才能とか頑張ったとか気安く言うなよ、バカ!」
と同時に、手を離される。
当然、俺はそのまま地面に背中を打ちつけられた。
はっきり言ってかなり痛い……。
「す、すみません……」
とりあえず謝ってみるものの、ファイアルトの怒った理由がよくわからなかった。
だって、不甲斐ない王子に腹を立てるなんて、今まで一度もなかったんだぜ?
ファイアルトの、王子に対する接し方をずっと見てきた俺からすると、何をいまさらって感じで――。
王子さんよ、とファイアルトは自分の赤い髪をかき上げる。
「……俺はな、レノマールの仇討ちをしたいって言ったあんたを、全然信用してなかったんだ。どうせ、また気まぐれで言ってるだけだって――けど」
強い瞳を俺に向ける。
「毎日、別人みたいに頑張るあんたを見て、なんか嬉しかったんだ」
そこには、初めて真剣に俺と向き合っているファイアルトがいた。
「俺は……嬉しかったんだからな」
ファイアルトは、それっきり黙った。
二人の間に沈黙が流れる。
俺はなんだか、ファイアルトの顔を見ているのが辛くなって、背を向けるように、身体をくの字に曲げた。
そのまま、自分の膝を抱くようにうずくまる。
切れた唇が痛い。
肩も腹も……全身が悲鳴を上げている。
でも、なんかもっと胸の奥の方が一番痛くて。
熱いものが喉までこみ上げてきて――またそれを堪えるのが大変でさ、正直。
……まいった。
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