第19話「リベンジマッチ」
「なんだかざわついてない?何かやってるの?」
「相波くんが竹富にリベンジマッチしにきたんだって!」
「相波くん……あっ、この前辞めた2年の子か。リベンジマッチってなにそれ面白すぎるでしょ!で、どっちが勝ちそうなの?」
「お前らどっちが勝つと思う?」
「相波が辞めたのって、確か2週間前くらいだろ?もしかしたらあるかもな……」
「いやー、さーすがに竹富でしょ。部内の選考会でも竹富が勝ったし。」
「つーかさぁ、非常識だろアイツ。大会前の調整の時に乗り込んでくるとかマジであり得ねえ。」
「それな。何考えてるやら。」
「竹富先輩への嫌がらせ?それとも目立ちたがり?」
「嫌がらせじゃない……っていうより、出場枠取られた腹いせ?」
「選考会で負けたんだから当然だろ」
「まあそうなんだけどね」
「そういえばあいつ、蓮華祭の実行委員になったらしいぜ」
「マジかよ……つーことは目立ちたがりじゃん!」
「だな。これで負けたらマジでカッコ悪ぃぞ?何しに来たのって感じ」
「あっはっは、竹富先輩が勝つしいいギャグだわホント。相波が負けたら2年に言いふらそうぜ。」
「そ、そうだな……ハハハ。」
「部長さんよ。アイツらに競争させて良かったのか?」
「仙田先生がいないからな。俺が許可すればそれでいい。」
「それはそうだけどよぉ、竹富のメンタルとか部の雰囲気とかあるだろ。相波のアップを見るに……もしかするぜ?」
「頼人もそう思うか?」
「相波、確実に選考会の時より調子がいい。まあ、レースってのは実力が拮抗してれば実際に走ってみないと分からねえから確定じゃねえが。万が一、竹富が負けちまったら、竹富が荒れるのは間違いないとして部全体もざわつく。」
「相波は2年の中では……いや、3年を含めても爆発力はピカイチだ。2年短距離で唯一、実力で出場枠を取れる可能性があった。」
「そーだな。」
「その相波が選考会で竹富に負けて総体予選に出場できず、さらに退部した。それからの陸上部の雰囲気はどうだ?1年と2年の男子のやる気が全くない。」
「人望はなかったけれど実力はあったからなぁ。良くも悪くも後輩たちの起爆剤だったわけか。まあ、自分の同学年が先輩たちを喰って出るってなりゃあ、他人事ではないもんな。」
「ああ。」
「……お前、さては竹富が負けてもいいと思ってるな?」
「あいつの最近の態度は目に余るからな。」
「そうだな。でも仕方ないんじゃないか?どう贔屓目に見ても、竹富じゃあ県大会に進めない。地区予選で準決勝には進めるだろうが、どう足掻いても決勝には届かないだろう。部内選考会に勝って最後の大会に出場できた時点で、気持ちがゴールしてしまっても無理ないって。」
「そんな態度が許されていいわけがない。部内選考会で勝って出場する以上、負けて出られなくなった奴の分も精一杯足掻く義務がある」
「義務はないだろ。取り組み方はそいつの自由だ。」
「そんなことが許されていいわけがない。そうでないと……県大会に出るために、自己ベストを更新するために、地区予選に焦点を当てて一か八か努力の限界を尽くした奴が、報われないじゃないか」
「不器用だよな、お前も相波も……いいね、相波が勝って、気持ち良くなってくれたら、陸上部に戻ってくるかもな?さっすが部長、陸上部の未来まで考えてて偉いなぁ!」
「竹富をコケにしたいわけではない。相波が戻ってくることももしかしたら、くらいだ。」
「まあいいさ。ほら、もう始まるぞ?楽しみだなぁ!」
***
トラックの第三コーナー、200Mのスタート地点に立つ。
ゴール地点は遠く対角線にあるが、気持ち近く見える。調子がいいようだ。
トラックに予め設置されているスターティングブロックを持ち上げて角度を調節して設置し直し、カチャカチャとフットプレートの足数を自分好みに調整する。スタートの進行方向と、クラウチングスタートの姿勢に直結する、重要な要素。
機器の調整が終わったら、レースの前のスタート練習をする。大会本番ではないけれど選考会の時もしたので、今回もしていいだろう。
「おっとっと」
筋トレの成果とレース特有の興奮によって、想定外のパワーが出て体がブレた——あぶね、本番前に調整できて良かった……
先にスタート練習を終えてスタート地点に戻る。
竹富先輩もスタート練習をして、歩いて戻ってきた。
「おいおい、スタートがガタガタじゃねぇか。待ってやるからもう一本やってこいよ?」
レース前のスタート練習は基本1回——つまり完全に煽り。それを聞いて、スタートの号砲を鳴らしに来ていた根治がヘラヘラ笑う。
選考会の時なら言い返そうとしただろうが……今はどうでも良かった、自分でもびっくりするほどに。
「大丈夫ですよ、自分の調子の良さに驚いただけなんで。」
「へぇ〜、とてもそうは見えなかったけどな。まさか俺に勝てる気でいるわけ?」
根治も「強がるなって。ブランクあるんだし言い訳の準備してもいいんだぞ?」と煽るが無視しとこう。
「どーなんでしょ。先輩が自己ベスト更新したら負けるかもしれません」
「なっ」
「さっ、やりますか。お互い、いい走りをしましょ。」
「チッ。根治、スタート。」
「は、はい。」
「スゥー……3レーンと4レーン使いまぁぁぁす!」
『ハーイ!3レーンと4レーン使いまぁーす!』
根治がトラックの競技者たちに呼びかけ、俺たちのレースを見ている蓮高生も応えて呼びかける。
第3レーン相波真也。
第4レーン竹富涼。
走路から人がはけ、舞台は整った。
「オンユアマーク」
手をプラプラして、3度ジャンプ。そしてトラックに手をつけて、静止する。
心は凪いで、五感は研ぎ澄まされている。
雑念が浮かぶ余地がない。あるのはただ1つ——自分の本気に対する期待。
「セット!」
腰をあげると、理想の姿勢でビタッと止まった。
部活を辞めても続けてきたトレーニングの成果に口角が上がった。
そして——パンッ!と号砲が鳴った。
思いっきりブロックを蹴った。同時に手が地面から離れる。
1歩目、2歩目、3歩目——スタート練習で想定内となった、想定外の出力を前傾した全身で受け止めて体のブレを抑制する。
その後、10歩目くらいまでは地面からの反発を楽しみながらピッチを刻み、前傾したまま加速を続ける。
前傾をもう少し続ける?——必要ない。スタートから16歩が俺の前傾区間だ。
出力を落とさなくていい?——必要ない。本気に耐える準備を積んできた。
竹富先輩の位置を確認する?——必要ない。俺のベストを尽くした結果だけを迎えに行け!
ただこの1歩に。ただこの瞬間に。ただ——全力を。
コーナーを曲がる時は体をトラックの内側に傾ける。まるでそこに壁があるかのような安定感に体を預ける。
そして達するトップスピード、そして直線区間へ。
あとはもう、流れに身を任せて。
***
「やっば!二人とも速ぇ!」
「相波のやつ……なんつー加速だ」
「陸上部やめてアレ?」
「で、どっちが先頭なんだよ?」
「コーナーを抜けるぞ!先頭は……相波だ!」
「嘘だろオイッ!がんばれタケトミぃ!」
「相波くんってあんなに速かったっけ?」
「まあ、自己ベスト22秒台だし。」
「誰かタイム測ってる?」
「測ってないよ、どうせ参考記録だもん!」
「あぁ〜もう!これが記録会とかだったら良かったのに!」
***
背後から相波の足音が聞こえてた。コーナーを曲がり切ると相波が俺に並んだ。直線に入ると——相波の背中が見えた。
はぁ?なんでおまえが俺の前にいるんだ!?ありえねえッ!
嘘だ!選考会で俺が勝ったじゃねえか!それに退部して練習だってしてねえはずだ!
このままじゃ負ける!追いつかねえと……そうだ、あいつは練習してねえんだ。あのスピードを保てるはずがねえ。これは200Mなんだ。きっと大丈夫だ。あいつは体力が切れて減速するはずで、努力してきた俺が最後に抜くはずだ。
残り70M。相波が少し遠ざかるがまだ大丈夫だ
残り50M。相波との距離が離れなくなった。よし大丈夫だ。
残り30M。相波との距離が——縮まらない。
くそ!スピード落ちろよ!こっちは毎日走ってるんだぞ!オカシイだろうがよ!
落ちろ、落ちろ、落ちろ……落ちてこいアイバぁ!
残り10M。あと30Mあれば、昨日練習してなければ、疲労が残ってなければ、睡眠不足じゃなければ、本番のレースだったら、不意打ちじゃなければ、きっと俺が勝っていた。
***
緑豊かでのどかな休日のグラウンドが、不釣り合いな熱狂に包まれていた。蓮高生だけでなく、他校の生徒たちまでも。それを生んだのは、来週に地区予選を控えた高校生が集まるグラウンドで行われた、何気ない200M走。
1着、第3レーン相波真也。
2着、第4レーン竹富涼。
私たち蓮高生はその結果をどう扱っていのかわからずに戸惑っている。
他校の生徒たちは、レースの勝者の衝撃的なスピードに対する興奮と、そいつが自分たちの脅威になる事実にどよめいている。
当の本人は、レースを終えて何気ない様子で私のところに歩いてきた。
「闇雲に走るだけが努力じゃないってね。焦りを殺して休養を取ったり、他人の背中に気を取られずに自分の足元の1歩に集中したり。俺の場合は筋トレもしたし3脚で固定してフォームの分析もした。」
「どういうこと?」
「種明かし。勝ったからな。」
レースの余韻に浸りながら、気持ちよさそうな笑顔でそれだけ言って、相波は離れていく。もう一人、このレースを許可してくれた部長にお辞儀をして、競技場を後にした。誰も勝者に声をかけなかった。
チャレンジャー! がらぱごす @4405-f
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