好きな人の眼球を抉り出してシチューにしちゃう話

榮倉慶

ゆうたくんのあじ

「ゆうり、ご飯食べよ 」


 いつからそう誘われなくなってしまったのだろう。私はそう思いながら一人で気持ちよさそうに寝息を立てる恋人の顔を撫でた。彼はいつも毎晩毎晩しつこく私をご飯に誘って、少しでも食べられない私を心配してくれるのに。この頃は私の体の細さを見てもどうでもいいような顔をして生活している。


「ねえ、ゆうたくん」


 起きてるかどうかを確認するために呼びかけてみるも、返事はない。どうやら深く眠りについたようだ。となりに彼女がいて、しかも泣きそうになってるのにも関わらず寝れるなんて、とんだ無神経さね。そう思い鼻をつねってみるも全く起きる気配もない。このままずっと眠り続けてしまうのではないだろうか。ふとそんなことを思い不安になるも逆にこの状況を利用してやろうと閃いた。


「ゆうたくん、スマホ借りるね、ありがと」


 一応許可は取ったということを言い訳にして彼のスマホをこっそり手にもつ。少し古い型のため、最近流行りの顔認証ではなく、指紋認証で開くようになっている。彼の骨張った硬い手を持ち上げ、気づかれないように親指をホームボタンに乗せた。


 成功だ。スマホはなんの抵抗もなく、スルッと開き、ホーム画面がうつった。さて、何からみよう。最近なんとなく様子がおかしいのには気付いていた。どこの女と浮気しているのだろうか。


 まずは王道にLINEを開く。すると、パスコードもかかっておらず怪しい会話もない。仕事の会話ばかりだ。ハズレ。次はカメラロールを開く。怪しい写真、なし。彼が大好きなゲームのスクショ画面がたくさん乗っているだけだ。ハズレ。次はインスタを開く。dmを見てもいいね欄を見てもクリーンだ。ハズレ。やっぱり勘違いだったのだろうか。最近疲れているから、私を気にかけてくれる気力も残っていないのだろう。それはそれで寂しいが、その分私が支えなければ。


 何もなかった事実にホッとしつつ、携帯を閉じようとしたその時。一つの通知が目に飛び込んできた。



 ぬん:ねえ、さみしい。彼氏のことで、ちょっと困ってるから相談乗って



 ピコン、という聞き馴染みのある音が響く。Twitterだ。そういえば、最近はいつもTwitterを更新している。挙げ句の果てに食事の時にもいじるようになっていたっけ。


 まさか、このメッセージの主が原因なのか。猜疑心の赴くままにアプリを開いてdmを開く。するとそこには「ぬん」というユーザーネームの可愛らしい女の子のアイコンからのdmのやりとりがあった。


 やれ彼氏がどうだの、やれ私はこうして欲しいだの、全て直接その人と話し合えばいいような内容が書いてあり、ゆうたくんは律儀にも全てに返事をしていた。挙げ句の果てにはぬんちゃんのこと大好きだよ、可愛いなどとリプを飛ばしあい仲良くしている。喉奥から吐瀉物が上がってくるような、胸の奥から何かの塊が逆流してきそうな気持ち悪さを感じる。私のゆうたくんなのに。私のゆうたくんに手を出しやがって、私の好きな人に……


 だいたい彼氏がいるのであれば普通他の男にプライベートにメッセージなんて送らないだろう。リアルで繋がりのある人間や兄妹ならまだしも、会ったこともないTwitterの男になんて尚更ありえない。沸々と湧いてくる怒りをなんとか宥めようとするもその度に頭が真っ白になり、泣きそうになる。もうゆうたくんは私のことどうでもいいって、別れたいって思ってるのかな。


 そこまで考えてふと不安になる。そういえば、私たちはそもそも付き合っているのだろうか。思えば、どちらからとも付き合おうと言ったことはない。愛してる、大好き、好きなどと言葉をたくさん紡いできたけど付き合おう、と言ったことはないのだ。結婚しよう、同棲しよう、ずっと一緒にいようねとはたくさん言ってきたけれども、それらの言葉で何になるのか。確かに付き合っているという確証には足りない言葉ばかりだろう。それに、結婚しようなどと言いあってきた昔の彼氏たちとも結局別れている。


 もう一度ぎゅっと彼の鼻を摘んでみる。このまま目覚めなければいいのに。そんな淡い殺意と共に口も塞いでみようとするけど、今起きてしまったらまずい。勝手に彼の携帯を見ているのを知られたらよく思わないだろうし、なんならそれが原因で別れを切り出されるかもしれない。


 となると、彼を逃がさないようにしなければ。他の女の存在を全て忘れさせて私だけを認識させて、彼の頭の中に私だけを置いて、私だけで頭をいっぱいにしてもらわなければ困る。私と彼の二人きりの世界を作らなければならない。そうすれば誰も邪魔者はいなくなるから。


 ふとテーブルに置きっぱなしにしてあるスプーンをみて思いつく。ゆうたくんの眼球を抉り出して、盲目にして、私がいないと生きていけない体にすればいいのではないだろうか。そうだ、名案ではないか。私が一生ゆうたくんのお世話をして、食べる時も、寝る時も、トイレの時も、お風呂の時も、全部全部私がついていてあげればきっと私なしじゃ生きていけなくなる。そしてある日突然丸一日放置して不安にさせるだけさせれて態度を戻せば、いよいよ私に依存するようになるだろう。


 早速実行に移さなければ。思い立ったが吉日というし、寝ている今のタイミングがチャンスだろう。彼の四肢を起きない程度にゆっくり動かし、口枷をはめ、全身を拘束する。このままでも絶景だが、これから彼の体の一部分を貰い受けることができると思うとぞくぞくする。


 スプーンを掴み、準備する。苦痛で暴れられる前に終わらせないといけない。一瞬で目を抉り取らなければ。


 実行に移す前に何度も何度もイメージトレーニングをする。人間の目はただただ丸い眼球が空洞に嵌め込まれているわけではなく、ちゃんと結膜で袋状になっているため、捻りながら膜を切断しないと出てこないだろう。少し可哀想な気もするが、それ以上に腹立たしい。


「私は処女膜を捧げたもんね、だからゆうたくんも結膜くらい破らせてくれるよね?」


 なんの返事も返ってこないことを肯定としてみなし、作業を進める。消毒液でスプーンを殺菌し、そこでふと手が止まる。


 どうせなら、直接素手でゆうたくんの眼球を感じて抉りたいな。そんな邪な考えが浮かんできてスプーンを片付けてしまう。しばらく悩んだが、彼は浮気と同等のことをしたのだ、気遣う必要はない。


 やっぱり、直接抉ろう。直接抉り取って、彼の体温を、血を、痛みを、感触を、全てをこの手で感じ取りたい。これからは彼に降りかかる不幸も幸福も、苦痛も快楽も、全て私から与えられるもので構成される。そう考えると下腹部が締め付けられるように悦んだ。


「ごめんね、でも、ゆうたくんが悪いんだよ。他の女の子に可愛いなんていうから」


 言いながら、彼の頭の位置を調節する。瞼の上に両手を持っていき、三本の指を眼球に添える。瞼越しから伝わってくる感触は思ったよりも硬くて。なんだか少し柔らかいゴルフボールみたいな感触に愛しさが込み上げる。これからこの眼球が両方とも私のものになると思うと興奮してやまない。彼の長いまつ毛も、私の狂熱を代弁するかのように小刻みに震える。


「行くよ」


 短く声をかける。


 彼の瞼を上下に開き、表面のぬるつきを愛でる。なんだか私たちの初めての夜を思い出してしまう。あの時は私が痛い思いをしたから、今度はゆうたくんが痛い思いをしてくれる番だよね。そう思いながら違和感で起きてしまう前に指を眼孔の奥に差し込む。膜が破れる感触がして、とても気持ちいい。爪先に皮膚が食い込み、血が奥から少しずつ溢れ出てくる。


 ぐじゅり、という湿った後とともに彼が絶叫しながら起きる。ちゃんと拘束しておいてよかった。男の人の力じゃきっと振り解かれちゃうもんね。


 叫び声に構わずに差し込んだ指を中で動かす。彼の温かい中身を直に感じられる。彼も、私の中に初めて入った時こんな気持ちだったのかな。暖かくて、柔らかいものに包まれている感触が心地いい。溢れ出る血液を指でかき混ぜる。かわいいな。なんか、かわいい。痛くて痛くてたまらないという悲痛な叫び声もかわいいし、彼の血が流れ出る眼球もかわいいし、あまりの痛みに口から涎が止まらなくなっていることも全部かわいい。


「ゆうたくん、他の女からのdmを読んじゃうようなおめめは、ぽいしちゃおうか?」


 まるで幼児に話しかけるようにいうと彼は泣き始めた。なんだか愛しさとともに怒りが込み上げてきて、指を引き抜いて彼の顔を拳で殴る。じわじわと焼けるような痛みと血液の冷たさを拳に感じる。


「そうやってかわいこぶっても、もうだめ。許してあげないんだから」


 言葉に出すと尚更憎しみが込み上げてしまう。鬱憤を晴らすようにもう一度殴り、眼球を掴む。


「でも、ちゃんとゆうたくんのことは愛してるから。だからもう一気に終わらせてあげるね」


 言い終わる前に指を再度突っ込み、回しながら引き抜く。ずるる、という音ともに彼の眼球は両方出てきた。丸くて、綺麗な眼球が出てくる。ぬるぬるしてて掴みづらい。感触を確かめるように握ったりしてみると、力加減を間違えてしまったのか、左目に爪を食い込ませてしまう。このまま捨てるなんてとんでもないけど、保存も難しそうである。


「あーあ。もったいない。食べちゃお」


 口の中に放り入れて咀嚼する。噛んだ瞬間、中から水分が肉汁のように口に広がり体がぞくぞくして絶頂した。硝子体がコラーゲンと水分でできているためか、心なしかゼリーのような弾力も感じられる。しょっぱさが口の中に広がって、食べ覚えのある味を感じた気がした。しばらく考え、答えに辿り着く。牡蠣だ。牡蠣の味がする。


「ゆうたくんのおめめ、美味しいねえ。お裾分けしてあげる」


 そういえば今日はご飯をまだ食べていないんだっけ。怯える彼の声をbgmに、夜ご飯のことを考え出す。牡蠣に似た味なら7回めのデートで食べた牡蠣シチューを再現しちゃおうかな。喜んでもらえるかな。


「ゆうたくん、夜ご飯作ってくるからいい子でお留守番してよっか」


 そう声をかけてキッチンへと向かう。眼球は火を通すと白く濁って硬くなってしまうので、もったいないけど薄くスライスして入れようかな。眼球をワインで蒸し煮して、玉ねぎとマッシュルームを炒める。そこに水を加えてルウを入れた途端ミルクの甘い匂いが鼻孔を刺激した。


 上機嫌で鼻歌を歌いながらシチューを煮込む。どろどろに溶けていくルウを見て、眼球のコラーゲンもいっぱい溶け出してるのかな、なんてことを考える。ゆうたくん、美味しいって言ってくれるかな。もう目が見えないから、私がこれから一生お世話しないと。沸き上がってくる昏い気持ちに少しの罪悪感を感じながらも、シチューが完成することには罪悪感もどろどろに溶けてなくなった。


「めしあがれ、ゆうたくん」

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好きな人の眼球を抉り出してシチューにしちゃう話 榮倉慶 @eikurakei

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