外伝13話 VS 『歪ミ喰ラウ模造神』

タイジャ村 

蛇祀りの洞穴前


 目覚めてしまった邪神『大蛇神』。

 この手に握っている光輝く長剣を、その第七の瞳へと差し込むためにリベルと共に駆け出していく。


「…ヴオォォォォォォ!!!!」


 その体に秘められているストリヴォーグの力を解放し、強靭で筋骨隆々な姿へと変身するリベル。

 彼は飛び掛かってくる邪神の分身をなぎ倒しながら進み、こちらは剣で切り進んでいった。


「くっ、数が多い…!!」


 大蛇神が弱ったとはいえ、元々這い出てしまった分身が減る訳でもない。一体一体倒していくと時間を浪費され、大蛇神が復活してしまうかもしれない状況。

 だからこそ、私は手に持っていた剣を彼へと一旦預けた。


「リベル、持ってて!! 私が蹴散らす!!」


「…! ヴォォ!!」


 剣を渡した後、素早く腕の属性を『水』へと切り替え、力強く腕を真下へ打ち付ける。

 地面から噴出させるのは、そこに含まれていた大量の水元素。それを、分身が集まっている場所を覆うように展開させる。

 そして属性を『雷』へと変え、渾身の力を込めて放出する…!!


連鎖オーバー……放電ディスチャージ!!」


 前方の超広範囲を襲う、荒れ狂う稲妻。かなりの体力を消耗してしまうから滅多に使わない技だったけれど、効果は覿面てきめんだった。


「ヴオォォォォォォ!!」


「はあ、はあ…!! うん、行こうリベル…!!」


 まず、目指すのは邪神の腹部。痺れて動けなくなった分身達の間を掻き分けるように再び走り出し、第七の瞳へと進撃を開始するのだった。


───────────


大蛇神 腹部


 ようやく辿り着いた邪神の腹部。

 しかしその皮膚は、その異様な光沢から読み取れるように、リベルの腕力を持ってしても登れない程に突っ掛かりがなかった。


「この高さだと風力増幅シルフィードでも上がりきれない…!!」


「ヴオォォォォォォ…!! ヴォ!!」


 その時、リベルが両腕を前に付き出して『乗れ』とジェスチャーを送ってくる。


「…乗れってことだね。分かった、それじゃあいくよ!!」


 確かに、二人で力を合わせれば大蛇神の背中へと降り立つことが出来るかもしれないと、風力増幅シルフィードをしてから彼の腕へと脚を乗せる。


「ヴオォォォォォォォォ!!!!」

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 彼の振り上げに全力の跳躍を合わせ、上へ上へと昇っていく。その勢いは大蛇神の背中まで届いていき、その背中へと降り立つのだった。


──────────


大蛇神 背中


 遂に辿り着いた邪神の体。しっかりとそれを踏みしめながら、その頂を目指して走り出す。


(着いた…! 必ず、止めてみせる!!)


 その道中にも、大蛇神の背中から這い出てくる分身達。だけどその数は、この剣でも対処出来る数だった。


(いける! このまま…第七の瞳まで!!)


「はあぁぁぁぁ!!!!」


 ひたすらに脚を止めずに、切り進む。腕の疲れなどには構わず、がむしゃらに突き進んでいき…やがて、その頭部は目前という場所まで迫っていた。


──────────


大蛇神 頭部前


「着いたっ、ここが……!」


 ようやく見えた『第七の瞳』。あそこに長剣を突き刺せば、大蛇神の暴走は止まる…!


『────!!!!』


「…! 大蛇神が動き始めた…!!」


 身動ぎをするように、体を震わせる大蛇神。振り落とされないように獲物をその体へと突き刺して、耐える。

 やがて動きを止める邪神。しかし、あと少しという場所で新たな邪魔が入る。


『────!!!!』


「…!! あれは、大蛇神の分身…!? 最後まで抵抗をする気か…!」


 その首筋から現れたのは、こちらの身長の三倍はありそうな、人を象った触手。

 その頭部らしき場所には紅い核のような物が光っており、通さないといわんばかりに模倣した両腕を広げている。


(もう力を取り戻しつつある…! 急がないと!!)


「そこを退いて…!! 水元爆破ファイアリボルト!!」


 先手を奪うように、怪物の頭部目掛けて爆発を引き起こす。しかしそれは有効打とはならずに、反撃として強引に振り回しを通そうとしてくる。


「なら、腕ごと切り飛ばす!!」


 横へ振り回された腕に対し、その勢いを利用して剣をぶつけることで腕を切り飛ばす。

 分離して、大蛇神の体から落ちていく怪物の一部。だが、その体はすぐに再生されてしまった。


(時間がないのに…!!)


 まるで時間を稼ぐように、大蛇神を守るように立ち塞がってくる触手。赤い核に剣を差し込めば倒せるかもしれないが、その高さから至難の技だろう。


『────!!!!』


「くっ…!!」


 腕を叩きつけ、そして振り回して暴れる怪物。単純に質量のみを利用した防御は、こちらの時間を奪うのに最適だった。


(何か、突破口を探さないと…!)


 怪物を倒すのなら、この剣を投げるか風力増幅シルフィードで直接頭部を狙うか。

 だけど、前者はかわされてしまったら終わり。

 後者は長時間、自由の効かない空中にいなければならないという大きなリスクを背負うことになってしまう。

 せめて、動きを止められた怪物になら剣を投げても避けられるリスクは無いのにと、そう考えた時。


(…止まっている、対象なら?)


 暴れ狂う怪物。その後ろに控えている、第七の瞳。この怪物を倒すリスクが大きいのなら…はずだ。


(…暴れ狂う怪物を、利用する…! これしかない!!)


 怪物の腕が届く範囲へと飛び込んでいき、風力増幅シルフィードで攻撃を避け続け、ひたすらにのみを狙い続けて耐える。

 長いようで、短い攻防。そして…遂にその好機が訪れた。


(…来た! 大きく体を捻った、振り回し!!)


 怪物の攻撃でも威力のある、危険な一撃。それをギリギリの距離でかわして、その腕へと剣を突き立てる。


 円を描きながら腕ごと振り回される体。

 一瞬の衝撃をどうにか耐え、タイミングを見計らう。

 そして、勢いが衰えかけてきた瞬間に…剣を引き抜きいて宙へと飛び出す──


 ──その飛び出した場所こそ、正に大蛇神の頭部だった。


(……捉えた!!)


 見えたのは、開きかけていた瞳。身をひるがしながら、大蛇神の前方へと吹き飛ばされるように辿り着く。



 もう猶予は残されていない。チャンスも一度だけだ。機械の腕で、剣を一層強く握り締める。


 もし外せば、大蛇神は村を…周囲の生物を喰らいつくはず。この一撃に、全てがかかっている。


 この瞬間、呼応するように共鳴して光輝く長剣。この剣を差し込むのは──


 ──黒く輝く、大蛇神の『第七の瞳』!!


「止めてみせる!! リベルのために!! 村の人達のために!! そして、コタクさんのためにも!! 」


 狙いを済ませて、放つは光輝なる剣。それは吸い込まれるように大蛇神へと白い軌跡を描き──




 ──その瞳へと、突き刺さった。


『────!!!!!!!!』


「当たった……!!」


 悶え苦しむ大蛇神を見届けながら、そのままの勢いで地上へと落下を開始する。

 ここから下まではおよそ数十メートル。普通に着地したら、間違いなく致命傷を追う高さだ。


(早く風力増幅シルフィードを使わないと、間に合わなくなる…!!)


 横方向に回転しながら、風の力で体勢を整えようとするが上手くいかない。

 緊張の糸が切れてしまったのか、体を巡る元素を操ることが出来なかった。


「まずいっ……!!」


 なす術なく、地上へ向けて落下を続けていく。目前まで迫ってきている『死』のイメージ。

 その刹那に聞こえたのは…魔物の雄叫び仲間の声だった。


「…………ヴオォォォォォォォォォォ!!!!!!」


 地面へと激突する瞬間、飛び込んできたのはリベル。勢いよく抱き止められながら横方向へと転がっていき、衝撃を全て肩代わりしてくれたのだ。


「……っっ!! リベル…! ありがとう、助かったよ……」


「ヴ、ヴオォ……」


 なかなかに堪えたのか、いつもより低く唸る彼の姿は弱々しく感じたけれど、頼りがいはいつもより十分にあった。


 ボロボロの状態で、二人支え合うように立ち上がってから大蛇神の方へと向き直る。

 するとそこには、全身にヒビが入り、その隙間から目映い程の光を放っている姿が映った。


『────!!!!、──、──────!!!!!!!!』


「光が、大蛇神を…」


「ヴォォォぉぉ…………やった、のか…? 俺達…」


 限界だったのか、変身を解除して膝を付くリベル。大蛇神の邪悪な鱗は光と共に剥がされて、霧散していく。

 悲鳴を上げながら、大蛇神の体は崩れていき…やがて、かの邪神は地に倒れ伏した。


「…やったんだ、私達……大蛇神を、倒したんだ……」


 その体が消えていく様子を見て、私も膝を付く。長かったようで、たった一晩での出来事。

 私達は……大蛇神に勝ったんだ。


「見事だ」


「え……?」


 安堵している最中に聞こえた、聞き覚えのある声。振り返ると、そこにはいたのは白を基調にした鎧の人物。そう、『サバキ』だ。


「あなたは、あの時の…」


「サバキと、そう人々には呼ばれているな。付いてこい、四元術師エレメンタラー


「えっと、四元術師って…私…だよね」


「そうだ、行くぞ」


「え、ちょっと、お前誰だよ…っておい! 無視すんなよ!」


 リベルとは面識が無いようで、彼の言葉を無視するように大蛇神がいた場所へと歩いていくサバキ。

 その姿に若干警戒していたリベルだが、ここは大人しく彼に付いて行くことにするのだった。


──────────


大蛇神の中心地


 少し歩くと、見えてきたのは所々に倒れている人影と、小さな白い何か。よく見るとそれは小さな白蛇で、弱っているようだった。


「……爺さん!?」


 倒れていたのは襲われた村の二人と、村長と、コタクさん。その姿を見た瞬間、リベルがその側へと駆け出していく。


「コタクさん、良かった……」


 その横でサバキは、地面に落ちていた剣を拾う。

 その立ち姿を見てようやく思い出した。この剣は一度、仮倉庫の戦いで助けられた際に見たものだと。


「…そうだ、その剣はあなたの…!」


「覚えていたか」


 再び剣を構え直して、白蛇へと向けるサバキ。彼は、その命に止めを指そうとしていた。


「…! 待って!!」


 咄嗟に、白蛇を庇うように飛び出す。真意は分からないが、だからこそいきなり殺すのには納得がいかなかった。


「そいつは依り代だ。人間に捕まったら、また歪んだ神となるかもしれないぞ」


「そうだとしても、いきなり殺させはしない…! 待ってて、今治療するから…」


 普段から自己回復ばかりで、他者を癒す行為は苦手だけど…今はそうも言っていられない。

 小さな命へ素早く手をかざし、水元素の流れを操る。


高速循環クイックリペア……」


 意識を集中させて、治療を開始する。辛抱強く続けていると、ぴくりと白蛇の体が動き始める。

 やがて、その目を開く白蛇。何が起こったのか分からない様子で、こちらへ目を合わせてきた。


「…………シュルル?」


「よかった、回復してきたんだね…」


「シュルル!」


 こちらの言葉を理解しているように、舌をチロチロと出しながら返事を返してくれる白蛇。その姿は、とても大蛇神とは似ても似つかなかった。


「それで、どうする気だ」


「えっと、この子を…ってことだよね。それなら、ってあ、ちょっと…!?」


 サバキに白蛇今後について説明しようとしたけれど、彼は隙を見てフードの中へと入ってくる。

 今は外しているからいいけれど…そこから我が物顔で、蜷局とぐろを巻きながらこちらを見ている。可愛い。


「シュルルー」


「…ふふ、そこがいいんだ。じゃあ、少しそこにいてね。だからサバキさん。この子は…私が預かろうと思う」


「そうか。勝手にしろ」


「うん、勝手にする。それでその、私のこと四元術師って呼んでたけど…この体質について何か知っているの?」


 先ほど呼ばれた四元術師エレメンタラーという呼び方。今まで一度もそのような言葉は聞いたことがないのに、彼はごく自然に使っていた。


「俺はお前の体質も、その血の意味も知っている」


「え…?」


「だが、知りたいなら生き残れ。もうすぐこの大陸に争いが生まれる。もし再び会った時に生きていたなら、必ず四元術師について話そう」


 驚きの言葉から続けられる、生き残ったら教えるという言葉。話してみて分かる、人間味のない話し方。

 彼が何者か、微塵も教える気がなさそうなのもひしひしと伝わってくる。


「…今は教えてくれないんだ」


「ああ。その方が都合がいい」


「…うん、分かった。じゃあ約束だね。次に会ったら、絶対に教えてもらうから。それと…助けてくれてありがとう」


「感謝は止めろ、ただの実験だ。お前が四元術師であるか確かめるためのな」


 どうやら善意で助けてくれた訳ではないが、それでも助けられたのは事実。ならお礼を述べるのが筋だろう。


「…かかか、いや、嬢ちゃん達…よくやって、あたたたた…」


「おい、あんまり無理するなよ爺さん。あんた、脚の骨折れてんだから…」


 よろよろと、リベルに支えられながら歩くコタクさん。それを見ていられなくなったのか、リベルが彼をおぶり始める。


「おっと…お? かか、こりゃあいい! すごい安定感ってもんだ、ちっと毛が痛いがな!」


「コタクさん…本当に、無事で良かった…」


 右足を骨折してしまっているようだけど、命に別状はなさそうな様子のコタクさん。それを見て、心から安心した。


「…話したいことは話した。俺は立ち去らせてもらう」


「あ、サバキさん…」


 もう会話の必要は無いといわんばかりに、早足で去っていく。その姿は森に消え、すぐに見えなくなってしまった。


「…なんでい、変な兄ちゃんなもんだ」


「本当だよ…レジーナ、お前の知り合いなのか?」


「えっと…多分、知り合い…なのかな」


 なんと言っていいのか分からずに、曖昧な返事をしてしまう。正確には知り合い…ではないはずだ。助けてもらったのは二度目だけども。


「まあ、今は何でもいいさね。それにしても、ジジイには堪える夜だったもんだ…んじゃ、そろそろ帰るとしようや。わしらの村にな」


「…はい。帰りましょう」


 亡くなった二人と村長は後日弔うことに決め、まずは三人(と一匹)で村へと帰ることにする。

 きっとエイコさんとラッツには驚かれるけれど、そこはコタクさんが上手くやってくれるだろうと考えながら、森を抜けるのだった。


──────────


タイジャ村 森の前


「…じゃあ、俺はここまでだな」


 村の明かりが見えてきた頃、リベルがコタクさんを私に渡してくる。さすがに彼が村に戻ることは出来ないのだろう。


「リベル…今日はありがとう。私、あなたがいなかったらきっと…死んじゃってた」


「かか、わしもだ。立派な息子を持って、わしは嬉しいもんさ!」


「や、止めろよ爺さん…じゃあ、俺はもう行くから。その、レジーナもありがとうな。そんなにボロボロになってまで俺達を…村を救ってくれて」


「どういたしまして。困った時はお互い様だから」


「シュルル!」


 私の分まで胸?を張る白蛇。助けて貰ったことを理解しているのだろうか、かなり懐かれているようだった。


「かかか! その蛇小僧はすっかり嬢ちゃんに夢中みたいさね! んで、名前はもう決めたのか?」


「…うん、実はさっき考えてた。この子の名前は『シロビー』。白蛇の、シロビーにする」


「シュルルー!」


 我ながら良い名前だと思う。シロビーも喜んでくれているようで良かった。


「シロビー! 単純が一番ってやつだな、かかか!」


「お前がそいつを預かってくれるんなら、安心だ。それじゃあ…またな、爺さん、レジーナ」


 別れの言葉を伝えて森へと帰っていくリベル。しかし、それをコタクさんが引き止めた。


「おーい、リベルー!!」


「ん…?」


「脚が治ったら、酒でも飲もうや!! お前の隠れ家でなぁ!!」


「…爺さん…………ああ、いいよ! だから、とっとと骨くっ付けろよな!! それまで、待っててやるから!!」


「おう、任せとけぇ!!」


 親指を立てながら彼を見送るコタクさん。

 親子の絆を感じるやり取りを見届けながら、リベルは暗闇へと姿を消していった。


「…んじゃ、帰るぞ。わしらの家に!」


「はい…!」


 彼を支えながら、その家へとゆっくりと歩き出す。家の扉をノックすると、初めに飛び出してきたのはラッツだった。


 祖父の無事に、泣きじゃくる彼を抱き締めるコタクさん。その様子をからかうようになだめる彼もまた…笑顔で、涙を流していた。



~大蛇神伝説編 完~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔神ノ輪廻 前編 ソシオ @Warazimusi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ