三枚目、罠

 歯を食い縛り自分の足に力を込める。


 しかし、動かない。金縛りにでもあったかのよう足が自分の思い通りにならない。


 負けるのか? こんなにも俺が有利な勝負で俺は負けるのか?


 俺とて名の知れたギャンブラー。数々の勝負を制して、ここにいる。しかし、往年、悪魔の罠師とまで呼ばれた神様には勝てない気がしてくる。クソッ。天花由牙(あまはな・ゆいが)なんて、とうの昔に忘れ去れた名の、この男に勝てないのか?


 俺は自分が勝った勝負を思い出し、自分の強さを再確認してから足に力を込める。


 また額から玉汗が垂れて顎へと伝う。


 ぽたりと床へ消えてゆく汗のしずく。


 ぽたり。


 ぽたり。


 ぽたり。


 クソが。


 クソッ!


 うぎぎ。


 あ、足が、足が一歩、前に出たぞッ!


 勝った。


 勝ったぞ。勝った。勝ったんだ。悪魔の罠師に勝ったんだッ!


「フフフ。それが罠なんだよ。この勝負、お前の負けだ。意味、分かるか? というか意味が分かっちゃ俺の名が廃るってもんだな。いいだろう、説明してやろう」


「へっ?」


 俺は、神様が言っている事の意味が全く理解できず、拍子抜けもした言葉を残す。


「お前は勝負が成立した後、すでに後ずさっているんだ。一番始めに賭けるものが命という重いもんだという事実を知って俺からプレッシャーで後ずさってるんだよ」


 懇切丁寧にも神様から説明されても、俺は、いまだに意味が理解できないでいる。


「やれやれだ。いいだろう。自分がどういう行動をしたか、今一度、確認する時間をやろう。それでも分からなければ、お前は、その程度のギャンブラーって事だ」


 そう言われてしまい、俺は俺が、ここに至るまでの行動を一つずつ確認してみる。


 そうして思い知った。俺の弱さをだ。


 始めだ。


 始めの始めに、俺は、こう行動した。


 …――額に玉汗が浮かんで、圧倒的なプッシャーに気圧されてしまい、後ずさる。


 と……。


 確かに、俺はこの勝負が成立したあと……、後ずさっていた。


「その顔は意味が分かったようだな。どうだ。俺が過去に悪魔の罠師と呼ばれていた事が良く分かっただろう。それとな。お前は表情が動きすぎる。それも弱さだぜ」


 と言われて俺は顔をヤバいくらいに赤くしてからうつむいた。


 そうだな。今も顔を赤くしているって事は弱いんだろう。神様が神様と呼ばれている事を思い知った。飄々として罠を仕組んだ。しかも俺が自分に余裕が在ると思わせる事すら自分の罠に組み込み。勝てない。この人には絶対に勝てない。やはり。


 この人には、全てが見えていて、それら全てが、この人に対して味方をしている。


 勝てるわけがなかった、この人には。


「まあ、安心しな。命までは取らんよ。拾った命で今後を大切に生きな。とは言っても、また鉄火場に戻るんだろうがな。命を削って生きる。仕方ねぇか……」


 と神様は言ってから寂しくも笑った。


 後ろ頭を乱暴にもかき乱しながらも。


「それが賭博師って生きもんだろうな」


 と続け。


 そして、俺と賭博の神様である悪魔の罠師、天花由牙との勝負が幕を閉じた。無論、俺は俺の腕を磨き、再び、彼と対峙する事を心に誓って今日という日を終えた。そして、また賭博の業火に焼かれ、磨かれる為、勝負の鉄火場へと身を投じた。


 神様が、最後に寂しく言ったように生き急ぐ生き方を選んで。


 お終い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

博徒 星埜銀杏 @iyo_hoshino

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説