二枚目、成立

 神様は俺の言葉には応えず、勝手に話を進める。


「それでいいと言ってるんだ。それにしておけ。それよりも賭けるもんだが、お前には重いもんだ。それでも勝負を受けるか。受けるだけの胆力はあるか。どうだ?」


「負けない勝負で賭けるものが重くても変わらないでしょうが」


 と神様が言っている事の意味が分からず、とても間の抜けた答えを返してしまう。


「よし、分かった。たとえ、それが命であっても、いいんだな」


 い、命?


 いのち?


 命だと?


 それは、すなわち負けた方が死ぬって事なのか?


「……ッ」


 命と言われて重さを肩で感じてしまい絶句する。


「ククク。どうやら怖じ気づいたようだな。まだまだ若い。どうだ? 止めるか?」


「いや、こっちが聞きたい。本当にいいんですか」


「俺は構わんよ。どうせ老い先短い命だ。散っても、なんの問題もない。むしろ、お前が勝つ事で賭け事の世界に、なんらかを遺せたら本望とでも言っておこうか」


 するりと滑るように神様の口から出る言葉たち。


 死ぬのが怖くないのか? バカな。あり得ない。


 神様が、なにを考えて、なにを思っているのか、まったく理解できない。無論、余裕を示す事で有利な立ち位置を確保しようとして逆に有利な立ち位置を確保されてしまった。これこそが、この男が賭博の神様と呼ばれている由縁なのかと悟った。


「お前は俺が不利だと言う。だったらハンディをくれ。俺から賭けさせろ。答えは聞かんぞ。お前も、自分が、いっぱしの賭博師だと自負しているんだろうからな」


 完全に呑まれてしまった俺は、深呼吸で気持ちを落ち着けつつ、ゆっくりと頷く。


 そののち、神様が静かに佇んで言う。


「じゃ、俺は、お前が足を後ろに出すと賭けようか。いいな?」


「じゃ、俺は己の足が前に出ると賭けるわけですね。分かりました。いいでしょう」


 と息を飲み込んだ俺が静かに応えた。


 そうして、話は冒頭へと戻ってゆく。


「さてと」


 と背伸びをした神様はあくびを一つ。


「下らない茶番も、そろそろお開きだ。いまだに、お前は勝ちを確信しているんだろう? でもな。この勝負で、お前は、お前の弱さを思い知る。痛感するわけだ」


 弱さだと? 一体、何が弱さなんだ?


 俺は、この後、足を一歩、前に出す。


 一歩だけ前に出せば俺の勝ちなんだ。


 眼前にいる賭博の神様に勝てるんだ。


 とは思うが、めまいがするような異様な雰囲気と神様から発せられる毒ガスのような臭気に脳が揺さぶられる。ともすれば足を後ろに出さなくていけないような気にさえなる。もちろん錯覚なのだが、プレッシャーが凄すぎて錯覚が真実にも思える。

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